『忘れてもいいじゃない、また思いつけばいいのよ!』
最近、物忘れが多くなってきたと思う。
ちょっとした思い付きを、すぐに忘れてしまうのだ。
例えば、散歩中。
ふと思いついて、これはウケるに違いないとほくそ笑んだネタ。
さんざん散歩中に起承転結をああでもないこうでもないと模索したのに、家に帰ってドアを開け、クツが散乱しているのを見て怒り心頭で片付けているうちに…忘れる。
例えば、起床時。
面白い夢を見て、これはいいネタになるに違いないと確信して、メモを取ろうと手をのばした瞬間にスマホのアラームが鳴って、音を止めてペンを手にしたとたんに…忘れる。
例えば、入浴中。
髪を洗っていて、抱腹絶倒間違いなしのアイデアが下りてきて、忘れないうちにメモを取ろうと急いで泡を落としてバスルームを出て、身体を拭こうとタオル置き場に手をのばしたら一枚も無くて、また勝手に予備のタオルを持って行きやがったなと家族に対して怒りを覚えた瞬間に…忘れる。
あんなに集中してネタの事だけを考えていたのに、ふとした拍子にスゥッと消える。
こんなに面白いのだから忘れるはずがないと思うのに、サクッと忘れる。
絶対に忘れるはずがないと思うものほど、信じられないくらいあっさりと自分の中からいなくなる。
昔の嫌な出来事はいつまでたっても忘れないくせに、新しく私の中に発生した愉快な出来事ほど、あっという間に昇華していくのだ。
これが…年を取るという事なのかと、衰えるという事なのかと、もの悲しくなる。
きっと…こういう事を繰り返して、あっという間にすっからかんに忘れるようになるのだろう。
……書きたいネタがあったこと、内容が愉快であったこと、起承転結を組めたこと。
私はまだ…忘れたことに気付いているから、ましなのかもしれないとも、思う。
なにかを忘れたという事に気が付かずに過ごしている人は、たくさんいると思うのだ。
忘れたこと、忘れて残念に思ったこと、忘れたくないと願ったこと。
私はまだ…こういう事もあるよねと思えているから、大丈夫なのだとも、思う。
書きたいと思ったなにかは消えてしまったけれど、なにかを書きたいという気持ちは消えていないのだ。
忘れてしまったら、何度だって新しく思いつけばいい。
忘れてしまったなにかを追い求めるよりも、新しいなにかを想像すればいい。
忘れてしまう事を嘆くぐらいなら、なんでもいいから新しい発想を生み出せばいい。
……物語を書いていてよかったと、しみじみ思う。
物語を書いているから、書きたいと思うなにかが浮かぶのだ。
物語を書いているから、書きたいと思ったなにかを忘れたことに気が付けるのだ。
物語を書いているから、書きたいと思えたなにかを失って悔やむことができるのだ。
物語を書こうとしなければ、自分が忘れっぽくなっていることにすら、気付けなかったかもしれない。
……これからも絶対、物語を書き続けていこう。
私は心に固く誓って…今日もおかしな物語を書いている。