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 船は順調にフェイの祖国、マーレハスに向かっていた。

 レティシアは甲板に腰を下ろし、海風に吹かれながらぼんやり空を見上げていた。


 海賊の襲撃から数日。ラン爺を助けられなかった悲しみは癒えないまでも、二人とも、ようやく気持ちは落ち着いてきていた。


「レティシア、ほら。食えよ」


 フェイが差し出してきたリンゴを、レティシアは微笑んで受け取った。


「嬉しいわ。果物を直接かじるなんて久しぶり」

「普段はどんなもの食べてたんだ?」

「そうね。果物は、果汁をゼリーで固めてあったかしら。食事の中心はスープ類よ」

「……だからお前、そんな痩せてるんだな」

「美容に良いらしいの」

 

 他人事のように言って、レティシアはみずみずしい果実を口いっぱいにほおばった。


「フェイは、どんな食べ物が好き?」

「俺は、特に好き嫌いはないよ。なんでも食べる。でも陸に上がったらまずは……肉を腹いっぱい食いたいかな」


 山盛りの串焼きとか。鶏の丸焼きでもいいな。フェイはおどけて歯を見せて笑った。レティシアもつられてほほ笑んでいた。



 最初は捕虜として扱われるかと覚悟したものの。

 行動も自由にできるし、水も食べ物も必要なだけもらえる。海賊の船といえど待遇は悪くない。


 なにより武器を取り上げられなかったのが良かった。

 ラン爺が残していった宝剣は、いまはレティシアの手元にある。

 そのずしりとした重みを感じるたび、自分が魔法を使った事で、なにが起きたのか。そして自分になにができるのか。


(おじいさんは、私にしかできないことがあると言ってくれた)


 レティシアは形見となった剣を胸に、毎日考えている。





「フェイはどうして、私に求婚してくれたの?」

「ええ? それはだって、お前がすっごく綺麗で可愛いからだろ。宮廷でも求婚者が行列だったんじゃないか?」


 けろりとしてフェイが答える。こんなに堂々と容姿を褒められたのは生まれて初めてかも知れない。レティシアは苦笑した。


「とんでもない。私を望んでくださる人なんていなかったわ。フェイがはじめて」

「ちょっと信じられない話だなあ。ラーマルスの連中、みんな目がどうかしてるんじゃないか?」


 呆れた口調を聞いてはたと思い出す。

 そういえばフェイは、他国人なのだった。


「フェイたちは、どうしてあの船で囚われていたの?」

「海賊と間違えられて捕らえられたんだ。どのみち、この海域には大事な用があったから無理には逃げなかったんだけど」


 フェイはリンゴを齧りながら船べりによりかかり、帆げたに切り取られた空を見上げていた。

 暗がりの中で、くすんだ灰色だと思っていた瞳は、明るい太陽の下では銀色に輝いて見える。



「奴隷しながらでも、調査はできる……とりあえず一旦は故郷に帰るけど、またすぐ戻ってくるつもりだ」


 そう言葉を切って、フェイはそろそろだな、と身を起こした。


「こいよレティシア、いいもの見せてやる」


 フェイが船から手を突き出して、真下の海を指さした。


「なあに。何かあるの?」


 促されて波打つ海面をのぞきこむ。

 レティシアの視線の先、海の底ちかくに、なにか明るい色の固まりがきらりと光った。


「とても、大きなものが沈んでいるみたい。あれは……?」

「何に見える?」

「何って……」


 レティシアはじっと目をこらした。やがてはっきりと捉えたその輪郭に、息をのむ。


(まさか。信じられない。こんなところ、足元の海の中に……竜がいるわ)


 レティシアが今まで本物の竜を目にしたのは、王宮の奥に住まう守護竜に魔法を賜ったときと。はるか遠い空を飛んでいく姿を、地上から見上げたときと。あと子供の頃、夜の浜辺で海竜を見た時と。

 今までで指折り数えるほどしかない。

 それが海の中とはいえ、こんな間近にいる。


 桜貝を繋ぎ合わせたような、美しく輝く鱗の色彩が目をひいた。

 他のどんな生き物とも似ていない、比較にならない。

 この世でもっとも巨大で崇高で美しい存在。


「あれは……なんという竜ですか?」

「ああ。彼女、名を『桜御前』っていう」

「生きているの?」

「とりあえずは。でももう長くない。寿命なんだ」


(寿命?……こんな大きい竜に、寿命があるの?)


 竜だって生き物なのだから、いつかは寿命がくるのだろう。

 けれど百年も生きられない人間と比べたら、竜のそれは想像もつかないくらい、途方もない時の流れの先にあるものだ。

 

 レティシアは興奮に目を輝かせて、船べりから大きく身を乗り出して海を覗き込んだ。


「おいおい。海に落ちるぞ」

「それは……困ります。私、水が怖くて泳げないの……」


 心配そうなフェイに、どこか上の空で答える。

 ドクン、と。海の奥から届いてくる波動を感じた。

 見られている。


「視線を感じるだろ?」

「ええ。あの竜にはこちらが見えるのでしょうか?」

「もちろんさ。もっとも神に近い生物だからな。海の上で起こっていることを、海底からでもすべて察してるんだ」


 フェイが誇らしげに目をきらきらさせながら説明した。


「俺たちの見立てでは、桜御前は余命10年……それまでに彼女を海の底からどうにかしなきゃならないんだ」

「竜の命が、あと10年で終わるということでしょうか?」


 レティシアは首をかしげた。

 長い時を生きる竜にとって、残り10年というのはどれだけの価値があるのだろう。それなりに長いだろうか。それとも一瞬だろうか。


 船はぐんぐん進んでいるがまだ竜体は下に見えている。かなりの深海に沈んでいそうなのに、船の上からこれだけはっきり見えるということは。

 途方もない大きさだ。


「レティシアは、竜の墓場って知ってるかな。死期を悟った竜が向かう場所なんだ」


 桜御前は千年を超えて生きている長命種の竜だ。

 遠い地で高齢のあまり自力では動けなくなり、2年前、人の手によって竜の墓場に運ばれるはずだった。

 けれど途中で時化にあって、重さに耐えきれずに移送船が転覆。竜は船とともに海中に沈んだ。


「それ以来、ずっと誰も手が出せないまま海の底だ」

「ずっと海の底にいるの?息は続くのかしら」

「竜が水の中で溺れるかよ」


 レティシアの素朴な疑問にフェイは苦笑している。

 ずいぶんと竜に詳しいようだ。


「どうしてフェイは、そんな話を知っているのですか?」

「その時に、移送の指揮をとっていたのが俺だから。……はじめて任された仕事だったのに……しくじって……」


 悔しそうに眉を寄せたフェイは、ふりきるように顔を上げてレティシアに向き直った。


「俺たち一族は竜塚の守り。竜の墓場の管理人なんだ」




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