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「え……おん……女性?」


(どこが?)


自分をまるっきり棚に上げて、首をかしげる。

 急にそんなこと言われても。


 背は、すらりと高いと思う。ひとつ年長のレティシアとも目線が合う。

 たしかに体つきは華奢だけれど……凛々しくていつも颯爽として。見た目はともかく、中身が。こんなに誰より恰好いいのに。


「落ち着いたか?もう平気だな?」


 フェイはレティシアの顔をのぞきこむ。こわごわ頷くと、太陽みたいなまぶしさでにこりと笑った。


「急いで甲板に上がれよ」


 そう言い残して、足元の剣を拾うと身軽に走っていく。 

 レティシアの失望や無力感を、きれいに吹き飛ばして。


 本当のことをフェイに打ち明けたら、嫌われるか、呆れられるか。ずっと不安だった。もう、どうなってもいいと後先考えずぶちまけたものを、フェイは軽やかに受け止めた。そのうえ。


(なんだか……色々とひっくり返されてしまった気分)


 女性として通してきた自分は実のところ男で。

 男の子だと疑いもせず接してきたフェイは、本当は女なのだという。

 お互い、あべこべの性を演じていたということか。


(でもそれなら……それならフェイの手をとってもいいのかしら?)


 とまどいながらもレティシアは心を決めていた。

 ラーマルス国に戻ったら再び命を狙われるだろう。このままサリーナ国に嫁いでもただでは済まされない。

 そして乗ってきた船は炎をあげて今にも沈みそうだ。

 どのみち先の見えない道でも、前に進むよりほかないのだった。







「急いで乗り移れ!船倉の荷はもうあきらめろ!」


 船倉に繋がれていた奴隷には、もともとのフェイの仲間と、ラン爺さんのように囚われてから知り合った面々と、大きく二つのグループがあったらしい。


 フェイの仲間の奴隷たちは、襲ってきた海賊の頭と交渉して、実にうまく話をまとめてくれていた。


 焼け残った積み荷や財宝は、すべて相手に渡す。かわりに、こちらの乗員は炎に包まれかけている船を捨てて、全員が海賊の船に移れることになった。

 鎖を解かれた男たちは炎を恐れる様子もなく、フェイの指示に従って、次々に荷を運んだり逃げ遅れた船客を探したりしている。

 みな奴隷とはとても思えない。まるで騎士団のような統制のとれた動きをしている。


 皆の中心になっているフェイは、燃え盛る炎の間近に立ち、ラン爺さんとなにか話していた。

 状況が分かっているのかと問いたくなるほど楽し気な様子だ。周囲にはもうもうと煙がたちこめ、火の粉が舞っている。


 レティシアはさすがに不安になって声をかけた。


「フェイ。そろそろあなたも、向こうの船に避難しないと」

「お前がこっちに残っているようじゃ、まだまだだな」


 俺は最後まで残る、という言葉が途中で途切れた。はっとした鋭い声が響く。


「おい、気をつけろ、後ろ!」


 いきなり何を言われたのか、反応するゆとりもなく。煙の中から伸びてきた手が、レティシアの両腕をがっしりと掴んだ。


「はは、捕まえたぞ!」

「え……っ、セザルさま、どうして?」


 ラン爺から深手を負わされたものの命に別状はなく。皆に抱えられながら、隣の船に運ばれていったはずなのに。

 剣聖の名誉のためか、仕返しのためか。重症の身でありながら、執念でこちらに戻ってきたらしい。


「お前たち、よくも……よくも私を……」

「きゃあ!」

「レティシア!おい、止めろ、クソ野郎!」


 力任せに引き倒され、レティシアは悲鳴をあげた。

 相手は怪我人だ。力や体格の差はあっても、その気になれば跳ねのけることだってできるはずなのに。


 けれどまた、不意を突かれた衝撃で、身体が強張ってしまっていた。このままでは人質にされるか、それとも切られるか。


(怖い……誰か……)


 レティシアはぎゅっと目をつむった。


「姫!」


 呼びかける声とともに、どん、と突き飛ばされる。同時に船が大きく揺れた。

 振り返ると、もみ合いになったラン爺さんとセザルが、船べりを越えて海側に落ちていくところだった。


「……おじいさんっ!」


 レティシアは蒼白になり、慌てて船べりにかけよった。セザルを飲み込んだ海に、高い水しぶきがあがるのが見えた。


 ラン爺さんはかろうじて、外板に手をかけて残っていた。しかし老いた腕に、這い上がる力はない。


「もう一度、若い姿に戻れば……!」


 精悍な頃の力があれば、舷側など軽々と上ってこれるはずだ。

 レティシアはラン爺を助けようと、思い切り船べりから身を乗り出した。ぴんと伸ばした指先が緊張でぶるぶる震える。届きそうで届かなくて、もどかしさに泣きたくなる。


 逆巻きの魔力は、相手に触れなければ使えないのに。


「おじいさん、頑張って!どうかこちらに、手を……っ」

「ふんばれ爺さんっ!」


 駆けつけてきたフェイも、レティシアの横から必死に手を伸ばした。けれど相手は、静かに首をふった。


「およしなさい。そんな無理をしたら、姫たちまで落ちてしまう。それに……あんな奇跡は一度で充分だ」


 すべてを諦めたような言葉に、自棄になった響きはない。落ちついた最後の声を、海風が吹き上げてきた。


「儂の人生に、こんな幕引きが許されるなどと夢にも思わなんだ」


 レティシアは目を見開いた。

 ラン爺の手が力を失い、ゆっくりと海に落ちていくのが見えた。

 海中は鮫の巣だ。飛沫があがった後、海面がみるみる赤く染まった。


「おじいさん!……きゃあっ」

「……っ、くそっ!」


 つられて落ちそうになり、きわどい所をフェイに抱き留められる。

 強い力で引っ張られたレティシアは、身を起こした反動で船の中にどさりと倒れこんだ。


「フェイ。おじいさん……おじいさんが……」

「ああ」


 レティシアは今あったことが信じられない思いで、甲板に拳を押し付けた。

 力任せに、何度も打ち付ける。


「私、また何もできなか……っ!」

「そんなこと言うな」


 フェイがレティシアの拳を掴んで止めた。あふれる涙でにじんで、その表情は見えなかった。柔らかな手は小刻みに震えていた。


「この船に乗せられて2年、色々と世話になってきたけどさ。剣聖の証を自分で取り戻して……あんな嬉しそうな爺さん、初めてみたんだ」


 フェイはすがりついたレティシアの肩を、両腕でぎゅっと抱きしめて言った。


「お前の魔法は、すごいんだよ。だから泣くな」

「フェイ……」


 できることなら。自分がもっと強くて大きければ。フェイを抱きしめてあげられるのに。

 理想とはほど遠く。弱くみじめな自分を、今さらこんなにも残念に思うくらい。


 レティシアを懸命に慰めようとする、フェイの声の方がよほど寂しそうだった。



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