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 またたく間に魔法が解け、フェイはもとの少年の姿に戻った。


 とはいえ今はもう檻も枷も鎖も、すべての縛めから解き放たれている。破片を弾き飛ばし、セザルの前に進み出る足取りは、それは軽やかで。

 ようやく手にした自由の喜びが、華奢な身体いっぱい溢れそうに見える。


「フェイ、相手は剣聖さまよ。気をつけて」

「くそっ、余計なことを」


 セザルはちいっと激しく舌打ちした。どんなに険しく睨まれてもフェイは動じない。


「剣聖だか何だか知らないけど、王族に手をあげるなんて。レティシアは、いまはお前の主じゃないのか?」

「それが、許されるんだよ。なにしろ王太后さまのご命令だからな。逆巻き姫がこの旅の途中、不幸な事故にあって命を落とすようにと」

「ええっ、王太后さまが。まさか、どうして……?」


 耳を疑う話だった。

 怒りにまかせてレティシアの王宮での生活の何もかもを奪い、追放同然に婚礼の旅へと送り出した。それで王太后の気は済んだはずなのに。


「実は、サリーナ国の王妃は、わが国の王太后と歳が同じなのですよ」


 セザルは頬をひきつらせ、あざ笑った。


 王太后は懸念したのだという。

 レティシアの魔法を知れば、サリーナ王妃もまた当然、自らの若返りを命じるだろう。

 たとえ大恥をかかされた腹いせに追放した手駒でも、他人に利用されるのは面白くない。

 ならばいっそ先に始末してしまおう、と。


「まこと恐ろしいのは女性の、美と称賛への執念ですな」

「くそくらえだ」


 フェイが見張り用に置いてあった剣をとって、セザルに鋭く挑みかかった。

 しかしさすがに相手は国一番の剣の達人。いくら年若いフェイが腕に覚えがあっても、何合か打ち合ううちに、明らかに圧され始めた。


「なら、これでどうだ!」


 フェイは床に手をついた。その手元から、みるみる床が石化してセザルに向かって広がっていった。


「貴様、石使いか!?」


 セザルが魔法の攻撃を警戒するように後ずさり、梯子をつたって甲板に逃げようとする

 

「させるか。のびろ、≪石筍の槍≫!」


 床から生えた石がつららのように次々に突き立って、セザルの行く手を塞いだ。ぶつかりあって砕けた鋭い欠片があたりに飛び散った。


「きゃあっ!」


 細かな破片をあびて、思わずレティシアは悲鳴を上げた。

 ラン爺が不自由な足でよろよろと前に出てレティシアをかばった。


「止さんか、フェイ。お前の力は、こんなくだらない争いで使っていいもんじゃない」

「俺だって嫌だけど!他にどうしろって!」


 剣と魔法で戦いながらフェイが叫び返す。

 退路を阻まれたセザルは、腹立ちまぎれにランプを投げつけてきた。床で砕けたランプが油を散らしながら転がり、たちまち船倉に炎がたちのぼる。


 ラン爺さんは、間近に広がった炎にも怯まなかった。長い白髪まじりの眉で隠れた目で、レティシアをじっと見つめて訊ねた。


「姫。その魔法で儂を、あの男と同じくらいの齢にできるか?」

「それは……」


 思わず手が震えた。反射的に、無理だと思った。

 さっきは夢中だったけれども、王太后に叱責されてからというもの、魔法を使おうとすると恐怖に身がすくむ思いがする。


「ぜひにも頼む。姫にしかできない事だ」


 しわくちゃの油で汚れた真っ黒な手が、レティシアの手にそっと触れた。その声だけがふいに大きく耳に飛び込んできた。


(私にしかできない……そんなことが本当にある?)


 半信半疑のまま、レティシアはラン爺さんの手を握り返すと強く心に念じた。


「うんと逆巻いて、時よ……おじいさんの若かりし頃まで、戻って……っ」


 レティシアの魔法で、たちまち時が逆巻く。細い輪が下りてきて、きらきらと瞬きながらラン爺の体を包んだ。

 輝きが消えたとき、そこにいたのはセザルと同年代の男性。

 シミとツギハギだらけの粗末な奴隷の衣はそのままに。鍛え上げられた肉体をもつ若く壮健な戦士がすっくと立ちあがった。

 

 手を差し出し、朗々とした声で命じる。


「わが剣よ。この手に戻れ!」


 空気をふるわせて、その言葉が響いた途端。

 セザルの腰に、いつも見せびらかすように差してあった宝剣が、ひとりでに飛んでラン爺の手の中に納まった。


「ば、馬鹿な!?」


 目の前で起こったことが信じられないように、セザルが仰天して大きく息を吐く。レティシアも驚いて、自分が若返らせた相手を見た。


 剣聖の宝剣が、その命令に従ったということは。


(ランおじいさんって、まさか初代剣聖ランドリュースさま?本物?)


 50年も前にラーマルス国の大地を守り抜いた伝説の剣士……足の怪我がもとで表舞台を去った彼が、まさか奴隷身分にまで落ちていたなんて。


「これは貴様ごときが持って良いものではない。下郎が!!」


 雷のような一喝。


 真の剣聖は逃げ腰になったセザルとの間合いを一瞬で縮めると、宝剣を抜きざま一刀で切り捨てていた。






のびろ!とか、戻れ!とかいうと、如〇棒!って言いたくなる世代の人はいいねボタンで突っ込んでみてくださいませ(^^)

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