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「あーーーーーーーはっはっはっはっはっ!」





 威勢よく高らかに笑う声が、船底の奴隷部屋に響いていた。


 四角い小さな窓と、甲板のすきまからさしこむ光だけに照らされた、薄暗いほこりっぽい一角。鎖につながれた大勢の奴隷たちが、床を叩いたり足をばたつかせたりしながら、一緒になって大笑いしている。  

 船倉の床を磨いていたヨボヨボのラン爺さんまで、モップに寄りかかって肩を震わせていた。


 笑い飛ばされたレティシアは、恥ずかしさで頬を真っ赤に染めて問いかけた。


「フェイ!な、なにがそんなに可笑しいのです!」

「これが笑わずにいられるかって」


 フェイと呼ばれた少年は、檻の中で腹を抱えてひーひー笑い転げている。

 つややかな黒髪を無造作に束ね、日に焼けた頬はいつも傷だらけ。すらりとした足を鎖につながれたうえに両手に枷までされれているのに、まったく自然体のふるまいだ。

 年はレティシアより1つ下。他の奴隷たちよりは細身だが、喧嘩になった時の腕っぷしは誰よりも強い。


 王太后に命じられるままサリーナ国に嫁ぐ船の中で、レティシアは年の近いフェイと、身分の差をこえて仲良くなっていた。

 次第に打ち解けて、とうとう身の上話がサリーナ国王に嫁がされる原因にまで至ったのだけれど。


(ここまで笑われるような話をした覚えはないのに)


「フェイ、馬鹿笑いはそのくらいにしておけ……」


 絶句するレティシアをかばって、ラン爺がやんわりとフェイをたしなめた。その語尾だってまだしっかり震えている。

 ラン爺もまたレティシアと仲良くなった、この船の掃除夫だ。足が悪いので鎖はなく、そのぶん、船のあちこちでレティシアにかまってくれる。

 なおも笑い続けるフェイは、目尻に涙を浮かべながら言った。


「お前の周りはどんな間抜け揃いなんだ?時を逆巻く力なんて、そんな珍しい貴重な魔法を。よりにもよって年増女の見栄、若作りの道具にしか使っていなかったなんて!」

「だって。私の魔法が、他になんの役に立つの?」


 たとえば姉は治癒の力が使えた。人の役に立つ、素晴らしい魔法。病気も怪我も一度治せば当然のこと、魔法が消えても効果は残る。


 レティシアの力は魔法が消えるとすぐ元に戻ってしまう所が一番の問題なのだった。使いどころがないからと、王太后以外からは見向きもされなかったはずれ魔法。それが逆巻きの力だった。


「だからって王太后のいいなりに、サリーナ国王に嫁ぐつもりか?有名な強欲好色因業爺いだぞ。骨までしゃぶりつくされて、使い物にならなくなったらポイ、だ」


 フェイの下品な手つきにレティシアは眉をひそめた。

 サリーナ国王の、耳をふさぎたくなるような評判は知っている。だからといって拒否できるわけがない。


「王太后さまに口答えなんて畏れ多いわ。それに私……緊張すると声が出なくなるの」


 かつて国王の兵が屋敷に押し寄せてきた時。

 双子の姉が自分の身代わりになって、敵を引き付けると出て行った時にも。

 隠れていたレティシアは、ただ震えるばかりで声が出せずにいた。


 逆巻き姫というのは、つかの間だけ時をもどせる魔法にちなんだ呼び名であるし、逆賊の娘と揶揄する裏の意味もある。

 そんな名で侮辱され続けても、文句ひとつ言えず。ただ黙って耐えるより他に生きる道がなかった。

 

「自分でも嫌になるけど。悲しいくらい役立たずなのよ」

「そうかなあ。お前のその魔法。俺なら100通りでも有効な使い道を思いつくぞ」


 フェイが陽気に断言する。レティシアはどきりとした。 

 ずっと役立たずだと言われていた。なんの使い道もないと。

 

(フェイみたいに言ってもらえたのは初めてだわ)


 そこへ、頭の上から苛々とした声がかけられた。


「こちらですかレティシア姫」


 見上げると、赤い髪を揺らした長身の影が、梯子を使って甲板から下りてくるところだった。


「申し訳ありません。セザルさま。何かご用でしたか?」


 セザルはレティシアの婚礼の旅のために派遣された護衛剣士だ。

 王室主催の剣術大会で、何度も優勝している剣の達人だった。ラーマルス国のかつての剣聖ランドリュースから伝わる『剣聖』の証の宝剣を、いつも誇らしそうに腰に差している。


「こんな汚らわしい場所、ご身分にふさわしくないと、いつも注意しているのに」


 セザルは他の奴隷たちには目もくれず、つかつかとレティシアに歩み寄って手を掴んだ。


「レティシア姫、すぐに上に戻ってください」

「セザルさま、何事ですか?」


 いつも強引な剣士が、今日は殊更に急き立ててくる。

 さすがにおかしいと思って問いかけるレティシアに、セザルは苛々と答えた。



「敵襲です。海賊の船がもうすぐそこまで迫っています。捕らえられたらあなたも只ではすまないんですよ、姫?」



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