表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/16

14




 しん、と沈黙が落ちた。


 意を決して、反論してはみた。

 言ったそばから後悔がどっと押し寄せ、手のひらが冷たい汗に濡れた。


「……私のような若輩者が生意気を言って、申し訳ございません」


 声が震えそうになるのを必死にこらえながら、レティシアはぺこりと頭を下げた。


 盲人とはいえ相手はこちらの一挙一動、人間性までも鋭く感じ取っている。


 今さら隠しようもなく弱いけど。だけど弱くても。亡きラン爺のためにも、ここは退くわけにはいかなかった。

 ここで自分が揺らいだら。彼がなんのために力を尽くしたのかさえ、その尊さまで曖昧になってしまう。


「ただ感じるのです。はっきり『誰』とは言えませんが、この剣には正当な受取人がいるのだと。その方にお渡しできるまで、私が責任をもって預かります」


「つまり、儂にはその資格がないと?」


 オルテンは声にありありと不満をにじませる。短く刈り込んだ金髪をぼりぼりとかいた。


「申し訳ありません。……宝剣の譲渡はお断りしますが、他の事でならお力になれるかと」

「他の事とは何だ?」

「……私の魔法にご用があると伺いました」

「知らん」

「ええ?」


 レティシアは困惑した。『逆巻き姫』に用事だというから、てっきり魔法を使う話だと思ったのに。


「父さん。その話は私が、フェイお嬢さまにお願いしたの」


 ふいに声がした。もの慣れた様子でつかつかと入ってきたのは、すらりとした長身の若い女性だった。

 両肩をむきだしにした異国風の衣装に、腕には大きな赤い花の刺青。ぱっと目を引くあでやかさだ。


「キャム、赤ん坊はどうした」


 オルテンが驚いたように声をかけた。キャムと呼ばれた女性は、こともなげに応えてオルテンに歩み寄った。


「屋敷に置いてきたわ。乳母やと侍女がいるから大丈夫よ」


 二人が並んだ姿を見て、レティシアは、あ、と思った。


(似てる……)


 隣に寄りそうように立った女性を、オルテンは改めて紹介した。


「娘のキャムだ」

「お初にお目にかかります。レティシアさま」


 キャムは優雅な身のこなしで頭を下げ挨拶した。


「貴方さまの『時を逆巻く魔法』の話を街で伺いまして。ぜひにも、父の目を治していただきたく、お呼びしましたの」


 キャムの父オルテンは若い頃、戦で負った傷がもとで光を失ってしまった。魔法で時を戻して、その目を見えるようにして欲しいという。


 レティシアの力もキャムの依頼も、オルテンには初耳だったらしい。納得いかない様子で首をかしげている。


「時を逆巻く?それで目が治るのか?」

「それ、は……」


 是か非かで問われても。どう返事したものか、迷ってしまう。


 『治療』は苦手だ。誰だって、病気や怪我が治ったなら治ったままでいたい。魔法が解けて、元どおりに戻ってしまった時の失望を見ると、自分まで打ちのめされた気分になる。


「……私は医者ではないので、見えない目を治すことも、ましてや完治させることもできません。時を戻していられるのは、ほんの一時なのです。それでもよければ……」


 過剰に期待されても困るのだ。

 そしてオルテンは、そんな生ぬるい弱腰を看過してくれる相手ではなかった。


「そんなあやふやな魔法に、意味があるのか?」


 首元に刃を突きつけられたようで、ヒヤリとした。言われるだろうなと思ったら案の定だ。


「儂のこの目が光を失ってから。日々の暮らしも、仕事も、困難はすべて己の力で克服してきた。何ら不便はない。第一もうこの齢だ。今さら見えるようになりたいとは思わんよ」


 まして、魔法の力でどうにかしてもらおうなどと。……とは言わなかったけれど。


(ああ、この場から逃げ出してしまいたい)


 レティシアは両手で頬を覆う。恥ずかしくてたまらなかった。


 自身の忍耐と努力だけで立派に生きてきた相手に、何かできるなんて慢心もいいところだったのかも知れない。


「わかりました。さしでがましいことを申し訳ありません」


 あっさり心折れたレティシアに対して、キャムの方はしぶとかった。恐れげもなく食い下がった。


「でも、父さん。意味があるかどうか、試してみるだけでもどう?もしかなうなら、サリアの顔が見てみたいって言っていたじゃない」

「捨て置け。戯言だ」


 父娘の会話に、フェイも割って入って説得しようとする。


「そう馬鹿にしたもんじゃないぞ。こいつの魔法にかかると、もしも、が本当になるんだぜ。オルテン」

「くどいですぞ」


 レティシアはハラハラしながら三人のやり取りを見ていた。


 どうにも、言えば言うほど頑なになるようだった。

 その気のない相手に、魔法を押し売りしてもしょうがないのに。『逆巻き姫の出番』と呼び出されたのは、キャムの独断で、フェイの勇み足みたいだ。


「わかったよ。お呼びじゃないってことで退散する」


 岩山のような相手と堂々と渡り合っていたフェイは、ふいにあっさりと矛先を収めた。


「ただ、爺さんの剣は譲れない。それでいいな?」

「今日のところはそれで結構」


 結構とはほど遠い口調でオルテンが答えた。レティシアはずうんと気が重くなった。この問題はまだまだ続きそうだ。


「さ。帰ろうか」


 フェイは石化しかけていたレティシアを促した。

 立ち去ろうとするその背中から、オルテンが重々しく声をかけてくる。


「失礼だが。そのお相手は、男子の身で『姫』を名乗るなどるなどして、奇矯にもほどがある。それをマーレハスの一族の婿に?フェイ嬢さま、自棄(やけ)を起こされてはなりませんぞ」

「別に自棄なんて起こしてないって」


 苦笑するフェイに手を引かれ、レティシアは逃げるようにその会見の場を後にしたのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ