不埒なオープン、フリーサイズの罠
要は、ガーターベルトが身につけられれば、僕はそれでいいのだ。
「こ、これ!これ着けてみて…!!!」
彼女は、鼻息も荒々しく、僕にそう訴えてきた。
「これ…?」
いきなりこんなハイレベルな装備を要求するとは…
しかも何故か、…かなり興奮している。
問いかけに対して、操はぶんぶんと首を縦に振って肯定を示した。
「これ、これがいい!!」
言葉でも追従する。
…どうやら本気らしい。
思えば、夕べからの展開は嵐のようだ。
一度は絶望して涙まで溢したというのに…。
僕は、操に頷いて応えた。
頭のなかに、なぜかユニコーンガ○ダムの例のBGMが流れ始めた。
最近、フル装備で出掛ける機会は少なかった。
そう思いながら、サイドテーブルに必要な装備を一つづつ取り出して広げていく…。
残念ながら、カラーバリエーションはまだ少なく、納得の行く組み合わせは黒の一式しかない。
しかし、この組み合わせは自分の中でも一、二を争うほどの完成度だと思っている。
Wac○alの上下揃いのブラぱんつに、渾身の選択で手にした名も知らぬレースのガーターベルト、そこに合わせる黒のフリルのガーターリング、そして、黒のカップ無しスリップ…。
肩紐のずり落ち防止用のブラストラップ(もちろん色は黒)も用意する。
「じゃあ、……脱ぐよ?」
雰囲気を察して、操は重々しく頷く。
男物の服を全て脱ぎ去り、僕は全裸となる。
まず最初に、ガーターリングを装着する。長さを左右で合わせて、右足から通していく、そして左足も。
「さ、最初にそこなんだ…。」
次にガーターベルトを装着していく。かっこよく後ろ手でホックが留められればいいのだが、僕はまだ不馴れな上に、このガーターは幅広で鉤が4列なのだ。見えない位置で留める技はまだ身に付けていない。
前後逆に身体に宛がい、正面でホックを止めていく。全て止め終わったら、ぐるりと回転させて前後を正しい位置に戻してやる。
そして、垂れ下がっている6本のベルトを一つずつ、ガーターリングへと連結していく。
「ぉぉお……///」
操は頬を押さえながら、羞恥と興奮の入り交じった表情でその様子をじっくりと見ている。
計6本のベルトの連結が終わったら、弛んでいたベルトをループ部分で、きゅっ、っと締め込んでいく。
ぴんと張り詰めたベルトが雰囲気までも引き締めていた。
次はブラを装着する。
先程と同じように前後逆に宛がい、鉤ホックを留める。それから回転させて前後を元に戻し、左、右、と肩ストラップに腕を通していく。そして一度、カップ上のストラップの根本を摘まむように持ったまま、指を上に滑らせるように持ち上げ、隙間を作り捻れを取る。
ぱちん、と肩に戻してからカップの位置を微調整して左右バランスを整える。
操が、ふんすふんすと息も荒く食い入るように見ている。
次に僕は、脇に置いてあった小さな踏み台に左足をかけて立ったまま膝が曲がった姿勢を作る。
「……?」
操が怪訝な表情をしているが、僕は次の装備へ進む。
テーブルの上に用意しておいた、オープンクロッチの紐ぱんを、男性に被せるようにくぐらせ、ゴムの腰紐を左の太もも上で結んで固定する…
「え…、えっ?えっ?…ちょちょ、ちょっと…!」
突然、操が慌て出した。
……ん?
あ…、し、しまった……!!
僕は、《《いつもと同じように》》、全面レースのオープンクロッチショーツを装着してしまっていたのである…!
「な…にそれ…?!…ぇええ?!?!」
──オープンクロッチショーツ。
もはや、禁断の装備と言っていいのかもしれない。
下着でありながら下着の機能を一切備えていない、前身頃の縦中央部分に大きなスリットが備えられており、性器が露出する構造を持つ。
一般的な布地のものから、全面レース仕様のものまでその形状のバリエーションは数多く、今回穿こうとしたもののように、紐ぱん仕様のものまである。性的興奮を誘発させるための目的で主に性行為に臨む際に使用される、特殊な下着である。
「ななな、なんでそんなの穿くの?!…てか、なんで持ってるの?!?!」
「い、いや……、これは…その……。」
まずい…、せっかく容認されていたのに…。これではまた変態に逆戻りだ。
「す…すごい…!は、穿いてるのに…穿いてるのに、象さんが……!」
ぞうさん……
「はわわ……♪」
操はしゃがんで、ガン見している…!
僕は恥ずかしさのあまり、思わず股間を手で覆って後ろを向いてしまう。
「いや~~!☆彡…?!?!」
しかし操はさらに嬌声を上げた…?!
あ、いけない…!
このショーツは、後ろはタンガー(Tバック)仕様だった…。
「はぁ…、はぁ!え、えろい…えろいよぉ…!あまね…♪」
僕はどうしようもなくなり、その場にへたり込んでしまう。
一方の操は、狂喜と困惑が一体となった表情で目をぐるぐるさせている。
「お、おしりが…ぷりんっ…と…♪」
「い、いやっ!見ないでぇ……」
僕は悲鳴を上げる。
もはや、どっちが女かわからないような有り様だった。
……………
二人がようやく落ち着いて、事の次第を説明する段となった。
「で……、な、なんで、そんな…えろぱんつ持ってるの…?しかも、ナチュラルに穿こうとしてたし…。」
操は、へたり込んでいる僕にのし掛かりそうな体勢で質問している。
…これは、言い逃れはできそうにない。
「……その、…」
「うん」
「…あの」
「はい」
「え~と…」
「…ここまで来たんだから、恥ずかしがらなくていいじゃない」
そういうものかな。
二人で姿勢を戻して座ったまま向かい合う。
「昨日…話した、紐ぱんのこと…覚えてる?」
「あ、うん…。穿いてる感があって良い、ていう、あれ?」
「そう、それ…。」
当初の目的は別だった。
僕のぱんつサイズは最低でも3L、できれば4Lから5Lくらいは欲しいところ、なのだが…。
これは身体の大きな女性たちにも共通の悩みらしいが、大きなサイズになればなるほど、かわいいデザインのものが見つかり辛いのである。
そもそも商品ラインナップとして豊富なのはせいぜい3Lまで、大抵はLL止まりなのだ。
最初のうちはデザイン重視で買ってみたこともあるのだが、やはりLL等はかなりキツくてとても穿けたものではなかった。
そうして何枚か、泣く泣くお蔵入りさせてしまったことがある。
素敵なものは、本当に素敵で、諦めるのはまさに断腸の思いだった。穿けないならいっそ、額に入れて飾っておこうかと思ったくらいだった。
「──それは止めなさい」
「はい」
けっこう、落胆の日々が続いた。
あ、これ良いな…
と思っても、S・M・Lの3サイズのみの展開…。
大きなサイズで探すと、野暮ったくてダサい見た目のものばかりが出てくる。
これは、探していて辛かった…。
美しくきれいなぱんつたちが…僕に穿かれることを拒んでいるようで、とても切なかったんだ…。
その中で、小さいサイズに結構な頻度で混ざってくる、「FREE SIZE」の文字…。
詳しく見てみると、W72~95、H105くらいまで、等と表示してある。
ウェスト95なら穿けなくもないかもしれない。と思って、一つだけ注文してみたことがあった。
しかし結果はもちろん、あえなく撃沈…。
フリーサイズとはLサイズまでとほとんど変わらない意味合いだな…ということを改めて知った。
「…わかるな~…、あたしもぱんつ3Lだから、種類多くないのよね…。」
「フリーサイズって全然フリーじゃないよね…、すごく小さかったんだ。」
そんな満たされない思いが募ると、変な思考が混ざってくるもので……。下着に性的な要素が欲しくなって、えっちな下着を検索しまくってた事があった。
その時、目についたのが…同じくFREE SIZEながら、腰紐がゴム紐になっている過激なデザインのぱんつセット。
問題はこの腰紐…。
サイズ表記があてにならないのは承知の上だったけど、それでも76~127と圧倒的な幅がある。その上、写真のモデルの着用している姿では、結んだ先の紐が随分と余っている。
これだったら…、行けるかもしれない。
そう思った、思ってしまった。
本来なら躊躇するところだったが、3枚セットで980円という、随分な低価格設定だった事が、僕を後押ししてしまった。
一応、他の似たようなものも調べてみたが、どれもそんなに高くない。デザインが過激ではあるが、そもそも布面積が圧倒的に少ないのでこういう価格なのかもしれない…。
手元に届いた、3枚のえろぱんつ。
手に取ると、とてもイヤラシイ気分になってしまった。これは…危険だ、そう思いつつも試着してみた。
結果からいうと、2枚はいまいちだった。
紐の調整幅は思った通り、僕のサイズも許容してくれるほどの長さがあった。
しかし、女性用の、しかも布面積の圧倒的に小さいえろぱんつは、僕の部分を全く隠してくれず、そこそこ締め付け感もあったため実用にはならなかった。
しかし、最後の一枚。
ここで、奇跡が起こった──!
「──そこまで言う?」
「だって…、嬉しかったんだもん」
最後の一枚は、まさに今穿いているオープンクロッチの現物。
腰紐の調整幅でウエストは大丈夫。
その上、前身ごろはそこそこ大きく、そして、オープンクロッチであるがゆえに当然、睾丸を締め付けることなくぴったりと穿くことができたのである。
後ろ身ごろはごく小さく、タンガー形状でお尻へきゅっと食い込み、適度な密着感をも生んでくれたのは嬉しい誤算だった。
穿ける…、穿けるぞ…!
だがしかし、モノがものだけにこれを穿いて外出するわけには行かない。ぱんつとしての機能は全くない代物だからだ。
「そうだよね…、これどうするつもりだったの?」
操が聞いてくる。
「うん…、これはたぶん誰もやってないとは思うんだけど…。」
そういって僕は立ち上がる。
「ぞ、ぞうさんが…♪」
ぞうさん言うなし…
僕は、用意しておいたレギュラーぱんつを手に取る。
そして、そのままそれを穿いていく。
「こ、これって…!」
そう。
重ね穿きである。
機能が無いなら付け足せば良いじゃない、という発想での思い付きだった。
ぱんつのデザインの中にも重ね穿きを思わせるものがあった。そこまで変な穿き方、という訳でもないのかもしれない。
そしてこれは、思わぬ効果を生んだ。
普通のぱんつを穿いていても、紐ぱんの「装着感」が楽しめるのである。
これに気づいてから、紐ぱん以外にも選択肢の幅が広がり、また、一度に2つのぱんつが楽しめるという、僕にとっては良いことずくめだったのだ。
以来、どんなぱんつを穿くときも、内側にオープンクロッチを重ねるという穿き方が僕の中で標準になっていったのである。
「執念だね~…♪」
呆れられるかと思っていたが、操は感心していた。
「なるほどね、それでいつもみたいに穿き始めちゃった、って訳だったんだ。ふふふっ。」
ぱんつの数が多くなってくると、同じぱんつの順番が回ってくる頻度が少なくなる。
長持ちする点では良いのだろうが、僕はなるべく多くのぱんつを楽しみたい。
その為、特に問題がない場合は必ず内側にオープンクロッチを穿くことにしたのだった。
「…じゃあ、何枚か持ってるんだ?」
操が聞いてくる。
僕は引き出しの、3番目を開けて見せた。
そこには、小物入れのごとく小さなマス目状の収納ポケットが無数にならんでいる。
その一つ一つに、オープンクロッチが畳んでおさめられている。布面積が小さいので畳むとこんなにコンパクトになるのだ。
「これ、全部そうだよ」
「全部?!」
頷いて説明する。
「僕だって、なにも考えずに重ね穿きしてる訳じゃないんだよ?」
「それはわかるけど…」
そういうことじゃないの、と表情が物語っている。きっと数が多すぎることを懸念しているんだろう。
「いくら見えなくても、やっぱり重ね合わせるぱんつ同士、色とかデザインを合わせたいんだ。だからいろんなバリエーションが必要だったんだよ。」
持っているぱんつの色のバリエーションは全て対応できるくらいの種類は確保している。その上で、デザインもなるべく寄せたものが良いなと思って色々買い足しているうちにこんなに増えてしまったのだ。
「ぱんつオタクだ…」
ちょっと呆れているかもしれない。
「…でも、これだけ揃えたら結構な額でしょ?」
合計すればまあまあ、行ってるけど…
「でも30枚で1万円もしてないよ」
「あれ、そんなもん?」
先ほども言った通り、布面積が理由か定かではないが、割りと値段は控えめなのだ。
おまけに、物が所謂お遊び的なジョークグッズのような扱いのせいか、まとめて安売りが多いのだ。
「単品だと1000円近くするんだけどね、5枚セットだと1280円とか…、すごく安いんだ。」
「…紳士服みたいだね、原価いくらなんだろう?」
操はようやく、安心と納得が得られたらしい。これこそが僕らの外交努力。
彼女はオープンクロッチを取り出しては広げてみて、その過激なデザインを楽しんでいた。




