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第13話 オープンブラのマーメイド・後編

「ここだね」

 目的の番号を見つけ、ドアにカードキーを差し込む。


 ノブを持って扉を押し開ける──。


 入ってすぐの靴脱ぎ場で靴を脱ぎ、引き扉を開けると………。


「……うわ…ぁ~~…ひろい……」

「こんな……豪華なんだ……」


 思わず、二人で呆然と立ち尽くしてしまった。


 部屋は和室風の設えで畳が敷いてあるが、ベッドの置いてある部分だけは板張りのフロアで洋室のような仕立て。部屋の真ん中にはテーブルとソファーが置いてあり、さらにひろい部屋の奥の角にはテラスラウンジのような空間があり、そこにも椅子とテーブルが置かれている。そこは窓、と言うより壁面全体がガラス張りになっていて、外の景色が開放的に楽しめるようになっていた。


 操は、荷物を部屋の真ん中に手放して、隅々まで歩いて確認している。


「見て~天音っ!こっちすごいよ~♪」


 操は、ラウンジ席とは反対側にある少し薄暗い空間に入っていき、戸を開けていた。

 その声に従い後に続く。


 戸を開けると、そこもぱっと明るくなり、中には美しく広い浴室が備えられていた。長方形の、縁の平らな浴槽……。僕の貧困なイメージで思い浮かべたのは、海外のセレブと呼ばれる人が住んでいる家のお風呂の光景だった。

 そして、この部屋の最大の売りである、ビューバスの仕様……。

 浴室の壁面はラウンジと同じように全面ガラス張りで、外の景色と海が一望できた。


「はぁ~……」

 僕は、ため息をついた。

「どうしたの?」

 操が僕に聞いてくる。

 あまりの豪華さに、ちょっと現実感が希薄になってきた感じさえしたのだ。


「……豪華すぎて、不思議な気分なんだ。お金払っては、とても泊まれないだろうなぁ、って……」

 持ち前の貧乏性から、ついそんなことを言ってしまう。

 しかし、操はそんな僕のけち臭い言動も気にせず、楽しそうに、

「これがタダなんて、ラッキーだね~♪」

 そんなことを言っていた。


 そうだ、これは幸運の産物だ。

 なら、思う存分楽しまなければ、むしろ損だろう。


「うん、よかったよね」

 僕は、そう言って笑い返すことができた。


 ………………


 荷物を下ろして一息入れ……、何はなくとも先ずはお風呂だろう。操も、うきうきしている。

 でも僕は、荷物の整理をしたかったので、操に先に入ってもらうことにする。


 操は、

「え~?一緒に入ろうよ~?」

 と言ってくれたのだが……、一緒に入ったら多分……僕は、一戦交えてしまいたくなるだろう。

 そういう意味もあって、操に先にお風呂に入ってもらう。


 それに……、操がお風呂に入っている()()、したいことがあったのだ。


 僕は、持ち込んだ大きなボストンバッグを開く。

 ……その中には、雑多に詰め込んだ色とりどりの大量の女性下着……。



 うんうん───、こうなってると、安心するんだよね……。


 

 僕は、その中身をがばっと両腕に掴んで持ち上げ、抱き上げるように顔の前に持ち上げる。

 そして、大きく深呼吸をして、その芳醇で甘い香りをいっぱいに感じる。


「ほわぁあ~~♪」


 あ~~……きもちいい……。

 香りと感触、そして、視覚からも僕を優しく包み込んでくれる。

 僕は、しばらく放心するように、その甘美なる感覚に酔いしれる……。


 ……………


 さて、宿に泊まったのは……ある下着の真価を確認したいという理由もあったのだ。


 下着を一つ一つ丁寧に並べて分類しながら、その姿を探す。

 ……やがて下着の山から、空色の華奢な上下一対の下着が見つかった。


 僕が今、身に着けているオープンクロッチショーツのような、ゴム紐のフレームを主体とした構成で、身ごろは小さめ。何よりその生地は……すかすかで、肌を覆う機能を考慮していないような、目の大きなレースと凝った刺繍……。


 これは、オープンクロッチショーツを集めているときに、偶発的に手に入れたものだ。

 上下セットで、どちらもオープンという男女の営みに特化した代物。そして、初めて手にしたオープンブラでもあった。

 この他にも、セットで購入した同種の物を何着か所持している。


 ───オープンブラ。


 オープンクロッチ系統の亜種でもあり、セクシー下着の一ジャンルともいえるものである。

 カップ部分の中央部、ちょうど乳首の当たる部分に大きなスリットを設けているもの、中にはカップの部分の布地を大胆に省略して枠組みだけになっているものもある。

 ゴム紐やレース状の帯で、乳房を縁取るようにカップの輪郭を形作り、胸の持つ魅力を視覚的に強調し引き立てる扇情的な要素を持つ。

 一方ブラとしての、サポート性、補正力は皆無である。その真価は、やはりショーツと同様、性行為の際に気分を盛り上げるための、セクシー特化型の下着ということであろう。


 ………しかし、ショーツと違いその着用には体型の兼ね合い、そして…適正を考慮する必要がある………のかもしれない。


 初めてこれを手に入れたとき、当然……僕も身に着けてみた。

 期待に胸踊らせ、まだ見ぬ興奮と感動を思い……拡げて楽しみ、洗濯して操の匂い(洗剤)を纏わせ、誰もいない部屋で暗めの照明にアロマまで焚いて気分を盛り上げ、満を持して──鉤ホックを留めストラップを肩にかけた。



 だが…………、

 身に着けたその姿は、僕を酷く落胆させた。


 理解(わか)ってはいたんだ……、僕が貧乳だということは。

 しかし、それは分かったつもりになっていただけだったのだろう。



 なんの膨らみもない、僕の平坦な胸にへばり着いた、胸の輪郭を彩るはずのレースとリボンは、僕の胸を美しく見せるどころか……、その貧相さを一層際立たせ、それを白日の下に晒すような効果しかなかった。

 せめて、乳首だけでも女性のように、大粒で透き通っていたのなら見所もあっただろうが───鏡に映ったそれは、数秒で僕の心を打ち砕いた。


 当たり前といえば、当たり前である。

 オープンブラは、元々の乳房の美しさを引き立てるものであって、魅力の無いモノを引き立てる効果は無いのである。


 僕の心には……、寒々とした風が吹いていた。……以来、僕がオープンブラを身に着けることは無かった──。


「──だが、今の僕には……操という最高のぱんつパートナーがいるのである」

「なに!?その変な称号は……」

 操が抗議する。

 ……またしても、心の声が漏れ出てしまっていたようだ。

「み、操……!?いつの間に……」


 操は呆れたような顔をして、髪に雫を滴らせたまま、バスタオルを雑に身体に巻いて、浴室から出てきていた。


「一人だともったいない景色だから……やっぱり一緒に入ろうよ~……、って言おうと思ったら……」


 そこまで言って、操は僕の様子に我慢できないように吹き出した。


「も~…なにしてんの~♪ ぱんつ浴?」

 その呼び名は新しいな……。


「う、うん……。あ、いや……、操に着て欲しい下着を選んでたんだ」

 僕は、慌てて言い訳をする。


「別に、いいけどぉ。……後でいいから、一緒に入ろうよ? そしたら、なんでも着てあげるから」


 そう言うと操は、バスタオルをほどいて、濡れていた髪を拭き始めた。


「うん、もちろん入るよ」

 僕は、そう言ってからそそくさと、一面に広げた下着を仕舞っていく。

 

「それ、なぁに? 天音が着るやつ?」

 仕舞わずに残っていた、空色の下着を見つけ、操は裸のまま、ぺたんと座って手に取った。


「……ううん、僕には全然似合わなかったから……。それ以来、着たこと無いんだ」


 僕の言葉を聞いて、

「そういうの、気にするんだ? 下着主体だから、その辺は重視しないのかと思ってた」

 操は不思議そうに言う。


 それはそうだろう。

 だが、──この感覚を、明確に伝えるのはとても難しい。確かに、似合う似合わないを客観的に判断するなら──女性下着というものは、その全てが僕には似合わないはずだ。


 でも、下着の特性の理解とサイズのマッチング、そして、下着の造形を余すこと無く堪能するという点に関しては、僕だって世の女性に決して負けていないはずだ……。それくらいの矜持はあるのだ。これは、女性下着に対する深いリスペクトが無ければ、ここまでの境地には到達できないだろう。


 ……しかし、だからこそ、このオープンブラに関しては、致命的なまでに僕には不釣り合いだということが……分かってしまうのである。


「胸が……、大きくないと…こういうのは魅力が引き出せないから……」

 ぼくは、少しうつむいて答える。


 下着に頼りきってはいけない、だが肉体だけに(おもね)てもいけない。女性下着は、肌と布地のハーモニー、どちらかにか頼りすぎてはいけないのだ。


「その辺……、ほんと妥協が無いよね、天音」

 操が、むしろ感心したように答えた。


「うん、だからね……?」

 気を取り直して、僕は操に向き合う。

 真剣に──。


 僕は今、これを操に着てもらうことにする。

 あの日の僕の哀しみを、吹き飛ばすような美しさと調和を………!


「僕に……、見せて欲しいんだ……!」

 僕は、空色のオープン下着の上下を手渡す。


「………」


 操は、受け取ったそれを見て、ちょっと難しい顔をしている。


 嫌…、なのかな……。

 さすがに……。


「まぁ、着けるのは、別にいいんだけど……」


 お……?

 ……ちらちら

 操は視線を送ってきた。


「でもね…? あたしは……天音が着たところも、見てみたいんだけどなぁ……」


「え゛……?」



 ………………



「うわぁ……なんか、変な感じ……」


 空色のオープンブラとオープンショーツに身を包んだ操は、裸の時よりもむしろ恥ずかしそうにしている。

 初めてオープン形状の下着を身に着けたのだろう、その異質な感じに戸惑っているようでもあった。


「なんか……、このぱんつ…どの辺で穿くのが正解か、よく分かんないね?」


 確かに、この手のぱんつは密着感も少なく、本来隠すはずの部分も隠せていないので、穿き込みや前後の位置取りが難しかったりするのだ。

 それでもその身に纏った姿は、卑猥さよりもずっと圧倒的な、気品と美しさを感じさせていた。

 操の大きな乳房は、その開放的な下着に彩られて一層魅力的に映っていた。


 一方の僕は……、白一色の全く似合っていないオープンのブラとショーツを身に着けさせられていた。


「……うふふふふ~♪ 天音~、えっちぃよぉ~♪」


 しかし、そんな姿でも操は満面の笑みで喜んでいる。

 ……作為や気を遣って……、ではないことは分かる。彼女は本当に楽しんでいるのだ。

 自分で見るのさえ抵抗があるこの姿なのに、なぜか操はこれを見たがるのだ。


 でも……、せっかく喜んでくれているのだから、僕も楽しもう。


「あ!……ねぇねぇ、せっかくだから、このままお風呂に入ってみない?」

 浮かれ気味の操が、そんな提案までしてきた。


 さっきは、一人で入っていたので、僕も物足りなく感じていたのは事実である。せっかく、いい部屋に泊まったのだから、それを最大限堪能し楽しませてもらおう。


「うん…ちょっと行儀悪いけど、……楽しそうだね」

 僕も同意した。

 普段なら、こんなことはしないのだけれど、旅行先の解放感も手伝って不思議な昂揚感が僕を後押ししていた。


 ペットボトルのスポーツドリンクを鞄からとりだして、それを持って二人で浴室に入る。お風呂は意外と汗をかくのでその対策だ。



 二人で連れ立って、浴室に入る。

 なみなみとお湯を湛えた浴槽は、美しい景色と共に、一層の非日常を感じさせてくれていた。


「はい、掛け湯しまーす♪」

 操は、すぐにシャワーノズルを持って僕の背中からお湯を掛けてきた。


「ふふふ、こっちもきれいきれいして~♪」

 そして、僕の股間にもお湯を掛けながら、手で優しく撫でて清めてくれる。


「わ……」

 僕を見て、操が少し驚いたような声を出す。

「……?」

 僕が不思議そうにしていると、

「きれぃ~……」

 そんなことを言う。


 綺麗……、

 どこがだろう?


「透けると……、全然印象違うね……」

 操の言葉で気づく。


 僕の着ていた、白いオープン下着は、お湯に濡れて半透明になって透けていた。

 すると、さっきまで圧倒的に似合っていなかったはずの…この装いが、不思議と肌と一体になって違和感を消してしまっていた。


「ほんとだ……」

 僕も驚いた。

 まさか、こんなことが起こるとは……。


 下着の魅力とは、僕一人で全てが引き出せるものではない──。


 ……きっと、一人だったら諦めていたことだろう。これは、僕とは縁の無い下着である、と。


 彼女が、操が……、そのことに気づかせてくれたんだ。

「……ありがと、みさお」

 僕は思わず、そう言った。

「ふふふっ、癖になったらどうしようか?」

 操は、愉快そうに微笑んでいる。


 僕も、操に掛け湯をしてあげた。

「ふふふ~、変な感じ~♪」

 そう言いながらも、彼女は楽しそうだ。


 お湯で肌に張り付いた、空色の下着は……。

 僕のものとは逆で、その色合いを濃く鮮やかに変えて、彼女の身体の曲線を美しく彩っていた。


「ね、みさお……。そこに、座ってみて」


 僕は、そう言って窓ガラスの際の浴槽の縁を示す。

 彼女は意図を察し、頷いて……浴槽に一度首まで浸かってから、おもむろに身体を引き揚げ、縁に腰掛け、少し身体を傾けた。


「ど、どう、かな……?」

 操は、少し恥ずかしそうに、こちらを向いて問いかける。


 豊満で美しく柔らかい曲線……、お湯を滴らせたその肌は一層際立って瑞々しさを湛えている。濃い空色の下着のラインが、そのまま肌に張り付いて、まるで異世界の魔法の文様のようにも見えていた。

 彼女の長い髪が、乳房に少し掛かり、その扇情的な美しさを一層高め僕の目に飛び込んでくる───。


「人魚姫みたい……、綺麗だよ……」


 そのしっとりと濡れた肌に触れたくて……、僕は誘われるように、浴槽の中へと進んで行った───。

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