継母
「え~マジ~!?」
新居に移って一週間目の夜、ベッドから飛び起きて、数分間黙って冷静に考え直すと、お母様はため息を吐き出すようにそう呟いた。
その理由はさっき見た夢の所為だった。
お母様は本屋さんにいた。
普段目にする街並みとは違う景色。
ベージュの床に黒い本棚。そこにはたくさんの本が収まっていた。
そして、黄色地に青色のロゴ。
そう、お母様はブック○フにいた。
初めて見る景色に戸惑いながらもある一冊の本を手に取った。
「シンデレラ」
子供にもわかるシンプルなストーリー展開。ハッピーエンドの結末。
しかし、お母様は胸の中でざわざわするものを感じながら読み進めていた。
そして、結末を読み終えた瞬間、お母様はいつもの見慣れた世界に引き戻され、飛び起きた。
第一声の後、お母様は改めて冷静な頭で色々と考えてみた。
「まぁ、確かに美人やなぁ。うちの子らと比べて、目鼻立ちハッキリしてるし・・・。」
新しい家族と生活するようになって数日、あまりにも差がある新たな娘と実の娘達との見た目に愛そうとはしつつも、どうしても辛く当たってしまっていた。典型的な僻み、やっかみだった。
「将来は姉たち二人よりかは落ちるレベルの家に嫁ぎゃいい」くらいの程度の気持ちでいびっていた。
しかし、今見た夢はお母様の心をどうにも捉えてしまった。
心の中でどれだけ夢だと唱えても、そこで見たお話には強い真実味があった。
お母様はざわつきを抑えられずにいた。
翌朝。
身支度を整え、朝食を食べようとダイニングへ向かうと、二人の娘がけたたましい声で騒ぎ立てていた。
「どうしたんだい、あんたたち!朝からそんなに騒ぎ立てて!」
「違うのよ、お母様!あの子ったらホントにグズなんですもの!」
「そう!ホントグズだわ!だって、まだ朝食の準備が出来てないんですもの!」
「なんだって!?」
お母様はすぐさま台所へ向かった。すると、台所ではシンデレラが忙しそうに朝食の準備をしていた。
人の気配を感じたシンデレラは振り向くと、入り口にお母様が立っていることに気づいた。
お母様の心の中でいつものスイッチが入った。表情からそれが読み取れたのか、シンデレラは一気に緊張に縛られた。
「お、おはよう、お母様。ごめんなさい、今日は少し寝坊してしまって、だから、今すぐ・・・」
「シンデレラ!!何をチンタラやってるんだい!そんなことじゃ、将来王子様にも見限られちゃうよ!!」
「え??」
「・・・・あれ!??」
言われたシンデレラと同じだけの衝撃を言ったお母様も受けていた。いや、もしかしたら、それ以上だったかもしれない。
二人の間に生まれた刹那の沈黙。すぐに我慢できなくなったのは、お母様の方だった。
「あんたはホントにグズdsばうおぃ・・」
なんだかぶつぶつ言うと、お母様は焦りのあまりバタバタと朝食の支度を手伝い始めた。ある程度支度が終わると、なおもぶつぶつ言いながら、台所をあとにするお母様。
「あ、ありがとう、お母様・・。」
「ふ、フン!どうしようもない灰かぶりだよ、まったく!」
シンデレラは茫然としながら立ち去るお母様の背中を見つめていた。
それからと言うもの、お母様の中で不安と妙な緊張感が日に日に高まって行った。
「マジで舞踏会開かれるやぁ~ん・・・。」
知り合いの御婦人とのお茶会の帰り、馬車から外を眺めながらお母様はぽつりとつぶやいた。景色の先には立派なお城が見えていた。
家に帰るとシンデレラが庭の掃除をしていた。新たに作ったであろう真っ白で綺麗なエプロンをかけたシンデレラはお姫様のようだった。シンデレラが顔を上げるとお母様と目があった。
「あ!お、おかえりなさい、お母様。」
無意識的にシンデレラの方を見ていたため、声をかけられて初めて目が合ってることに気づいたお母様はなんとか平常心を取り繕おうとして、
「や、やい!シンデレラ!!あんたなんか、もっとみすぼらしい格好をしな!!」
表情が強張るシンデレラ。
「でなきゃ、魔法使いに見つけてもらえないよ!」
・・・無理だった。
またも茫然とするシンデレラ。足早に立ち去るお母様。
それからと言うもの日を増すごとに、お母様の誤作動は進んでいった。
「シンデレラ!もっと背筋を伸ばしな!猫背が癖になっちまってるよ!」
「シンデレラ!貧相な笑顔だねぇ。もっと口角を上げて笑えないのかい!!」
そしてついに舞踏会当日。
お母様のソワソワは朝から一層増していた。しかし、もはやこのソワソワが何に対するものかはわからなくなっていた。
そんなお母様を尻目に娘二人はいつも以上に騒がしく身支度をしていた。
そして、相変わらずみすぼらしい格好で部屋の掃除をしているシンデレラ。
早々に身支度を終えてしまい、シンデレラを無意識に見つめているお母様。ふと自分のドレッサーを開けてみたが、ピンとくるものがなく閉じてしまった。
時間を持て余してしまったお母様は何の気もなく台所に足を踏み入れた。シンデレラのほぼ自室となってしまった台所。薄汚れた石の壁とあの綺麗なお城がどうしても共存できる気がしなかった。そして、ふと貯蔵庫に目をやった。
「シンデレラ!!!」
いつにも増したお母様の大声にシンデレラは血相を変えて台所へ走った。
「はい!お母様!!」
「あんた!貯蔵庫にかぼちゃが一個もないじゃないか!」
「え!?えぇ、昨日お姉さま達が飲みたいって言ったから、お夕飯にパンプキンスープを作ったから・・・」
「もうお昼過ぎだよ!早くかぼちゃを買っておいで!」
「わ、わかりました。じゃあ、お掃除が終わったら・・・」
「何言ってるんだい。いいから、今すぐ買っておいで!念のために二つ買ってきな!」
「???」
そして舞踏会へ向かうお母様達。
お城での舞踏会はそれはそれは素敵だった。荘厳な調度品と楽隊の演奏。なかなかお目にかかれるもんじゃないと、そのときばかりは夢中でその時間を堪能し、社交界でのより一層の人間関係の構築に努めた。
と、宴も終盤にさしかかろうとする頃だった。
エントランスの方から、上流階級の社交界らしい「静かな騒々しさ」のようなものがお母様の方に伝播してきた。
騒ぎの方を見てみると、薄い青色の綺麗なドレスを身に着けた一人の女性が会場に入ってきた。
宴は続いていたが、皆神経の一部はその女性の方を向いていた。
その雰囲気が同じく伝播したのか、程なくして、ずっと上座に座っていたはずの王子が腰を上げ、その女性の方へ近づいていった。そして、二人は手を取り合い、優雅に踊り始めた。皆自然と空間を作り、いつの間にかホールは二人だけの空間のようになっていた。
とても素敵な光景だった。さすがに誰も妬むようなことは言わなかった。ただ、その女性がどこの誰なのかそれだけがが気になっていた。しかし、その会場でただ一人お母様だけは知っていた。その子があの「灰かぶり」であることを。
夢で先を知っていたからだけじゃない。きっと先を知らなかったとしても、一目見ただけで気づいたのではないだろうか。
初めて出会ったときから本当に美しかったシンデレラ。正直嫉妬し、思わず辛く当たってしまった。でも、あまりの美しさに、あの日見た夢を単なる夢と切り離すことができなかった。そして気が付けば、心の片隅でその子の幸せを望んでしまっていた。
そして今王子と手を取り合い微笑んでいるシンデレラ。お母様の顔には微かに笑みが浮かんでいた。
大きなお城の一角の素晴らしく華やかな部屋の中。舞踏会の時よりも壮麗で純白のドレスを身にまとったシンデレラが振り返ると、そこにはお母様の姿があった。
「お母様、どうかしら?」
「馬子にも衣装とはよく言ったもんだね。まぁ、多少はマシになったんじゃないかい?」
フッと笑うシンデレラ。
「なんだい?一体」
「ううん。ここのところずっと現実味がなくて緊張と不安ばかりだったけど、お母様の相変わらずの口調を聞いて、やっと少し肩の力が抜けた気がする。ありがとう、お母様。」
「フン。」
「本当にありがとう、お母様。正直、お母様達と暮らし始めてから今まで、ずっと怖かったし、辛かったし、大変だった。こんなことが言えるようになったのは、もしかしたら、王子様と出会えて、こんなに大きな幸せを手に入れられたからかもしれない。でも、この幸せを手に入れられたのは、やっぱりお母様のおかげだと思うの。なぜ突然そんなことをしてくれたのかはわからないけど、」
「・・・。」
「でも、そのおかげで今につながったのは事実だわ。だからお母様には本当に感謝してる。そしてこれからも感謝し続けます。ありがとう、お母様。」
と、扉をノックする音が聞こえる。
「王女様そろそろお時間です。」
「はい、今参ります!これからはお母様が教えてくれたことをしっかり守って、王女として王子様をしっかり支えて参ります。そして、お母様にもしっかりご恩返しを致します。」
一礼すると部屋を後にするシンデレラ。
一人部屋に残るお母様。
「フン!・・・いつまで経ってもどうしようもない灰かぶりだよ、まったく・・・。」
(終)