微熱輪舞曲(ロンド)
いつも何かを追っている。いつも誰かを探している。
姉の拓美はいつもそんな感じ。その対象は明確ではあるけれど実体はほぼないと言っていい。
冷たい水を手のひらで掬い上げて、その矢先に指と指の間からこぼれ落ちていくような、ものとしての確信がないままひんやりとした感触だけが全身にまで伝わるような。掬っても掬っても真には捉えられない。後に残るのは冷たさと、その冷たさから解放されて少し感覚が麻痺した手先だけ。求めている温もりのあるような皮膚感覚とはまったく違っている。
一瞬弾けるように笑ったかと思えば、次の瞬間にはとてつもなく深い闇に入り込んでしまったような薄暗い顔をする。
いいニュースと悪いニュースはそのどちらの顔も併せもっていて、時に混ぜこぜになって襲ってくる。
長所と短所は裏返し。受け取る側もいつも良いニュースの裏を、悪いニュースの表を同時に探さざるを得ない。
彼女の日常はその繰り返し。様々な傾斜と凹凸を見せる。
ジェットコースターの激しいやつとコーヒーカップとフリーフォール。メリーゴーラウンドの時もあるけれど。
しかし、決して穏やかに止まることはなく、いつも心と体は揺すられ続けている。常に大きな波の中で動きながら回り、登り落とされ、激しい渦から抜け出すことはできない。
それを見て、私はいつもどうしてそんな風に自分の感情を波立たせるのか、どうして浮世離れした他者にそこまで自分を乱されるのかと、不思議というより少しの怖さを覚える。
私の理解を越える時と、それでも少々納得の時と。
「でもさ、毎日そこそこ楽しそうだし、それにより日々の生活に何だかんだあっても生きていけるのなら別に構わないんじゃない?」と母は言う。
姉のことについて時折愚痴ったり呆れたり心配したりはするが、最後の結論は結局いつもここに辿り着く。
"楽しそうに生きているのだからそれでいい"
既に諦めの境地なのか、ここまできて今更変えられない個人の趣味嗜好という形として片付けたいのか。
母とは離れて暮らすせいもあり、その無関心さや淡白さがより姉の闇を深くしているような気がするのは私だけだろうか。もはや身内の介入すらも難しくさせている。
姉は姉で、同調も突き放しも時と場合による厄介さを併せもっていて、かなり面倒臭い。いっそ、私も突き放し一辺倒になれれば気が楽になるのかもしれないけれど。
姉は私より四つ上の三十一歳。独身。アルバイト。
二人姉妹で二人暮らし。私は一応正社員の事務職だけど、いろいろ天引きされてるから収入的には大差ないかも。
要は福利厚生付きなだけ、私が。
二人でシェアしてるとはいえ、それほど広くはない居室。
否が応でもお互いの聖域までもが目に入る空間。
気にしなければいいと言ってもね。少なからず気にはなってくる。
姉が追いかけているもの。いつも探している誰か。
女子なら一度は通る道とまではいかなくても、そこにハマる子は多数いる。私の周りにも、いや私自身にも心当たりがないとは言えない。
まぁ、あれだけのプロモーションをしていればどうしたってつい見ちゃう現象はあるだろうし、何度も繰り返し流れていればうっかりサブリミナル効果だの洗脳?戦略にハマってしまうこともなくはないだろう。どんなに強く自分をもっていたとしても、あるいはどんなにその対象の周辺にいる大人達の戦略を理解していたとしても、だ。
なんて、こんな表現は少々大袈裟なのかもしれないけれど。だって実際にはそんな真面目腐った顔をして入り込んでくるものではないのだから。
もっとちょっとした隙間、あるいは斜め上くらいの角度で。もちろん人によっては超直球的にズバッとダイレクトに入ってくることもあると思う。すなわち堕ち方も十人十色ということ。様々なプロセスがあり、堕ちた本人のその時の精神状態も大きく要素として加わってくるものだから余計に厄介、とまで言ってしまいたい。
時を経ても、時代や形は変わっても永遠に続くようにさえ思うそのループ。一度ハマったら抜け出すのは容易ではない。けれど、未来永劫抜け出さなくてもいいし、死ぬまで抜けたくないという人も割と多くいるのではないだろうか。
姉も実はこの後者の領域に属しているのかもしれない。
私がこのような世界に一瞬でも心が動いたと感じた時期はおそらく小学生の終わりか中学生の始まりくらい。その時の何とも言えない熱っぽさ、浮かれ気分さ、高揚感。自分とはまったく別の世界にいながらも同じ国に暮らし、同じ言語を発し、見ている漫画も同じ。血液型さえも。
その近さと遠さ。現実と非現実を混ぜ合わせ自分の中の妄想を育てる。その快感と悲哀。
それらの甘さと苦さのバランスが絶妙なのと、ちょうどその年代くらいに芽生える憧れや羨望、淡い恋心を刺激して自分の物語に自ら取り込んでみたくなる。まったく同じ世界に生きているような錯覚を起こして楽しんでいたいのだ。
けれど、これもまたありきたりな成長過程として本来の現実的世界、生きて生活をしていく上で私を取り囲んで逃れようのない様々な事象と次々に向き合わなければならなくなる年代でもある。
これらの現実とは明らかに一線を画した物語に住む主人公を自分と同一の世界に住まわせ続けるような器用さを持たなかった私は、日々クリアしていかなければならない問題の数々に翻弄され、やたらある初めましての経験と、その超絶リアルの中での恋情や恋愛やらの機会も得て、知らず知らずのうちにいつの間にかその非現実のキラキラの世界からごく自然に、本当に自分自身も気がつかないうちにフワッと抜け出せていた。
とはいえ、この抜け出し方もあまりにもありがちなお決まりのパターンで平凡この上ない。思春期の単なるルーティーンを生きているだけやもしれぬとも思う。入り方も抜け方も、後で思い返せばやられたなーと恥ずかしくなるほどの典型的手法にただハマっていただけのような気がする。
けれど、この手法はまた私の下の世代にも更にもっと下の世代にまでも脈々と受け継がれ、手を変え品を変えの戦術でその時代時代をかたどっていく。
今ならわかる。それすらうまい大人のやり口だってことも。商売上手の罠にかかる。なんて、そこまでは言い過ぎかな。
でもまぁそんな風に客観的過ぎるくらいに客観視できてしまうのは、圧倒的に対照的な姉の存在を間近で見てきた所以だと思われる。多感な年頃の熱病の時期を越えてもなお、まだあの年であれだけのめり込めるのだもの。本当にいい鴨とか、どうしてもちょっとは思ってしまう。踊らされてるなぁとかね。
けれど、また違う視点から見てみれば、逆にその状況を凄く羨ましいとか、そういう思いが湧き上がらないわけでもない。一見分別をわきまえてそうな、そんなの関係ないわと突き放しそうないい大人の女が、ある意味リアルを外れた世界にどっぷり浸り続けられることって、現実を傍においていつでも逃げ込める場所があるようで羨ましい。
ある種かわいい大人と言えば言えなくもないし、平和っちゃ平和だものね。
世間的に見ればこういった存在の人達って毒なのか薬なのかどちらなのだろうか。
オタク文化って現代ではかなり認知されている分野だからだいぶ受け入れやすくはなってきているけれど。拗らせが突出した気持ち悪い系に転んだりしなければ、大概は大目に見てくれると思う。姉自身においてもこの環境は毒にも薬にもなっていて、紙一重なのは間違いない。
薬としての効用が明日への希望だとして、毒の部分で言えばお金の使い方がやっぱりちょっと普通じゃない。
先月もかなり振り込んでいたようだし、「お金ない」「金欠半端ない」「いざとなったらふみちゃん(私)に借りることもありだと内心思ってる」とか、これまで何回聞いたセリフだろう。私はこれまた決まり文句で「拓ちゃん、それ聞き飽きてる」とだけ応える。「わかってる。ちょっと言ってみたくなるだけ定期的に」そう言う姉の表情は何だかいつも不思議と嬉しみも入っている。
お金に困って心底苦しいというのとは明らかに違う。むしろそんな自分が大好きとでも思っているような鼻歌混じりの言い方。
「でも拓ちゃんさ、最近推し以外のにも結構つぎ込んでない?あれもこれもになるとさすがに泡の如く消えるよね?」
これ、最近の新バージョン。
「まぁそうなんだけどさぁ。でもねー、いろいろ見てるとねー、波及していくわけさ気持ちが勝手にさ」
波及ね…。
姉がこの一連の団体(言い方…)に傾倒し始めたのは、私と同じく本人が思春期の始まりを迎えた頃だったろうか。
入口としては私自身のそれと大して変わらない程度の軽さで、ほんの少しミーハーさが付け足されたぐらいのものだったと思う。
私はその団体の中でも特に目立ち人気もおそらく一番あったであろう人を贔屓にしていたが、姉のほうはそこまで目立たず、でも決して華がないわけではないような団体の三番手四番手あたりの人のファンになった。
その団体は五人組で、学校の友達の多くもそれぞれ当たり前のようにその中でお気に入りを見つけていたし、とりあえずその話題をふっておけば話のネタとして事欠かない。言わば、その世代にとっての鉄板と言ってもいいくらいのムーブメントで、価値のある存在だった。
しかしだ、自分達の年齢が上がるにつれ一人また一人とその渦中から抜け出していった。
よくあるその年頃特有の熱に浮かされた状態、夢の時間からふっと我に帰るように。自分達もまたいつまでも少女ではいられないとでもいうように。
彼女らもまた類に漏れずそのような感覚をごく自然に抱き、特にその人を嫌いになったわけでもなく何かもの凄いきっかけがあったわけでもないのに本当にある日気がつくと憑き物が取れたようにフワッと何かが抜ける。
一時はあんなにも夢中になった世界が急に遠くに感じられ、それまではその団体のすべてが自分事だったのに、その感覚は瞬く間に薄れ冷静さを取り戻し、いつしか他人事となっていく。
要はそれが大人になるってこと?
キラキラと夢のように描いていた別世界が今いる現実と相まってその現実に降りて途端に消える。
そうだとしたら、それは少し寂しいことでもあるのかも。
そのキラキラや高揚と引き換えに大人になるためにまた一つ手放したもの。
けれど、結局のところそれはリアルで得られる充実感や満足感、想像や空想ではない現実のものとして経験する手応えのほうが勝ったからなのだと思う。
たぶんそれが正しい脱却の仕方。突然、あるいは徐々に。どちらでもいい抜け出せたのならば。
でも…すべてがそのようにいくわけではない。姉のように。大人になってからも、いやむしろ大人になったが故に。だって姉は全然例外ではない。例外と言うにはあまりに多過ぎる。姉のような存在の人々が…。
しかもそれらの人達は多種多様に存在していて、一旦抜けてリアル結婚して子供までいるのに戻ってくるケース、あるいは表の顔は抜けているふりをして裏では抜け切れずズルズルケース、そして姉のような抜け出すチャンスすら掴めず延々と追い続けるケースなど。追求していけばもっと様々な抜けられないパターンがあるはずだろうけど、そこを深掘りしても何も生まれない。
別に私自身そういうのをどうこう言うつもりはそこまでないし。
健全な趣味として、いき過ぎない娯楽として、大人の配慮と思慮深さをもちながら経済にも貢献し、自身の精神安定と明日への活力となればこんなにいいことはないのだから。まさにこれが世間一般にも浸透しているオタク達が生み出す薬の部分なのだ。
だけどもね、現実はそんなキレイ事ばかりじゃないけれど。オタク事はキレイ事じゃない。むしろキレイじゃない部分のほうが多いかもしれない。姉や姉を取り巻く諸々を見ていると、いろいろな方面で全然キレイな感じで片付けられないと割と頻繁に思ってしまうことがある。
現実ではマシな恋愛ができないとか、いつまでも夢見る夢子さんでいさせてくれる周りの環境とか、個人の尊重やら生き方の多様性とか様々な言い方と理由、いろーんな都合のいい言葉を並べて自分を守って守られて。自己都合の言い訳なんていくらでもある。自己満足でも何でも現実が満たされてなくてもそんなことはどうでもいい。好きでい続ける、お金を使う理由なんていくらでも捻り出せる。
例え詐欺的な行為や嫌がらせ、オタク同士のゴタゴタに巻き込まれたとしても、そこには別にキレイさを求めてはいないのかもしれない。そこの部分は全然キレイじゃなくていい。私の推しさえキレイならば…。推しを好きな自分の気持ちさえキレイであり続けられるならば…。
アイドルって言われる存在って昔はもう少し画一的でもっと枠にはまったような存在だった気がする。
けれど、今現在ではあまりに多様な面を持ち合わせていて、その点で言えば彼らのファンになることが若い時だけの一過性との感覚に囚われるのも既に古いのかもしれない。アイドルという偶像自体が多様化しているのだからそれを追うファン層も相応に多様になっていくのはむしろ自然なことかもしれないのだ。
売るほうも年頃の女子というカテゴリーにだけ好感度を期待しても、おそらく急激に限界はくる。もっと上かもっと下、親子や家族ぐるみ、同性にも好ましく思われないと今時はやっていけないのだろう。
だから何でもやっている。歌って踊って演技だけじゃなく、お笑いもやるし司会もする。料理もするし楽器もやる。
時には体を張った過酷なものや危険を伴ったもの、一見格好悪いような面を晒け出すものさえも割とすんなりやっている。ギャップという名の元にそれらを逆手にとって、最低限の品位は失わず輝きも損なわないギリギリを攻めている。
むしろアイドルという鎧を纏っているからこそすべてを武器にもできる。受け取る側も対象がどんな姿を晒していようとも本人が自ら楽しんでいるのであればある程度許容しているし、演者も視聴側も振り幅の大きさについての慣れはどんどん加速していっているように思う。
昔と違うのはそればかりじゃない。
今やSNS全盛期。もはや何もかもがベールに包まれたスターという概念は消滅したと言ってもいいのではないか。
そのくらい赤裸々に日常までもが暴露されていく。
アンチはもとより、ファンである者ですら自らの推しの首を絞めかねないような言動の数々が、一番最初のサイコロを投げた数の何百何千何万という数字に瞬く間に膨れ上がる。
単なる興味本位で乗っかってくる輩を巻き込み、気がつけば最初のサイコロを投げた者でさえ手に負えない程の膨大な情報の塊となっていく。
全方位あらゆる目で見張られている生活。
こんな時代にアイドルをやっているのも楽じゃないだろうとしみじみ思う。でも、それも覚悟の上かもね。殺伐としつつもそれが現代の追う者と追われる者との関係性で、時代に沿って応援する側とされる側のスタイルも変わっていくのだろう。とにかくお互いに賢くやらないといろいろなものに呑まれそうだ。
姉はどうなのだろう?各方面について果たして賢くやっているのだろうか。心配なのはやはり金銭感覚。
自分で稼いだお金を何に使おうが結局は勝手なんだけど、横目で見ているとどうにも自分的にやるせない時がある。無駄とまでは言わないけど、それいる?そんなにいる?それも買うの?そこにも行くんだ的な…。そういう疑問が湧いてしまう場面が多少なりともある。
姉の好きな人はずっと変わらずある男性人気グループに所属している五人の中の一人だ。そして彼らが在籍している芸能事務所には他にも多くの男性グループがいて、そのどれもが人気を集めていて一定のファンがついている。
私はすでに老化現象が始まっているのか単に興味が薄いだけなのか、全体的に顔の区別と名前がわかるのは姉の好きなグループとそれ以前にデビューしたカテゴリーの子達くらいで、最近のその他のグループに属している個々人の見分けは殆どつかない。
ただちょっと見思うのは、昔ほどいわゆるアイドルの代名詞のようなハンサム一辺倒路線からは外れてきているような子が多くなってきてる気がする。
まぁあくまで個人的な見解だけど、やっぱり今はただ格好良いだけじゃ何かと務まらない時代なわけで、ありとあらゆるニーズに応えていかなければならないとすれば、ルックス良しなだけもそれはそれで限界なんだと思う。
単なるカッコつけはそれこそ若いうちだけの特権で、息長く万人に愛され続けるためには面白いことの一つや二つ、場の空気に合わせた気の利いた一言も言えなくちゃ次に繋がらない。大手の芸能事務所なら仕事としては常に何かしら回ってくるかもしれないけれど、同じ土俵に乗ってるライバルがあまりにも多いから、実はなかなか競争は熾烈なんだと思う。
姉の話に戻ると、姉が好きな個人とそれが属するグループにお金を落とすのはわかるとして、そのグループの他のメンバーそれぞれの個人の仕事とか、自分の推し以外のグループや別の事務所の似たようなグループの人、例えば推しと仲が良いからとか以前に推しと共演したとか推しが憧れてるからとかの訳のわからぬ理由で、推し以外にお金を落とすのは何なのだろう。
誰かを追い始めると何かしら関連する別の何かとの接点が生まれ、やがて雪だるま方式で関連性の連鎖は膨らみいつの間にか全然関係ない分野にまで侵食されていく。こことここは繋がってるの?と疑問を抱くような思いがけない場所にまで到達する時もある。
ある時は、おおよそ姉の好みではなさそうな奇抜な服をパジャマ代わりにしていて「なにその服どうしたの?」と聞けば「推しがね、着てたの!」との答え。ある時は姉の趣向とは到底思えない甘ったるい香りを身に纏い「推しと同じ匂い!」とはしゃぐ。
いやいやそれも買うんだみたいな…。そして更に聞けばそれらは結構な金額の代物で、呆れると同時にちょっと怖くなる。
そんなふうにして直接的には絶対に姉とは繋がらないはずのものたちが彼らを介して姉の元に集まり、またまったく交わることのなかった世界と出会っていく。その連鎖って負なの?勝なの?もはやそれすらもわからない。
そう言えば、これまた一昔前は追っかけなんて言葉が流行ったけれど今そんなワード聞かなくなった。
そもそも追っかけてるという自覚すらないのかもしれない。
むしろファン自らがいろいろなツールを使って発信し情報を波及させているから当事者意識も強く、発信した言動についてまた別の発信者が反応あるいは回答し、それが推し本人ですらある。そうやって対象者と伴走していくことによりもはや推しは憧れだけの手の届かない存在というよりも逐一行動や放つ言葉を観察する者であり、追っかけるという認識よりははるかに身近なものとして寄り添う存在なのかもしれない。
けれどやはりそこはね、近いとは言ってもね。近いように見せかけて実は本当の意味での距離感は昔とそれほど変わらなかったりして。いろいろなものが発達し、彼らの住む異空間から自分のいる現空間までの回路が短く、容易に飛び越えられそうに思える瞬間があるとしても、それもまた一種のからくりで文明の利器をうまみに使う新たなる錯覚の世界なのかも。
あらゆるものを駆使して姉達は自分と対象者との関係を構築するために心血を注いでいるのだろうと思うけど、人間の心の中は今も昔も大して変わってはいなくて、その部分の純粋さと情報の猥雑さの比例具合が何となく切ない。
現代の方が圧倒的に知りたい気持ちを満足させるスピードは早くなっているはずなのに、それに満たされるのは一瞬で、その先の先までも知りたい欲求にはきりがなく、追求を加速させるとあっという間に自分の時間もお金も精神でさえもかすめ取られていく。
自分が搾取しているのか、それとも別の何かに搾取されているのか。どちらにしてもその対象は何なのか。嘘でもフィクションでもないけれど、明らかに手に取るような現実でもなく。
私から言わせれば、やはりいつも何かを探していていつも誰かを追いかけている。正確に言えばそれが何かはわかっているけれど確かな実体のない何かに思えて仕方がない。
「コンサートでさ結婚報告なんて、天国で死刑宣告されるようなものだよ」
秋穂は言った。その顔は見慣れている私でさえギョッとするような、怒りと悲しみと疲れに満ち急激に歳を重ねてしまったようなやつれた風貌を湛えていた。
いつもは信じられないくらいに綺麗な秋穂が。
推しのコンサートやイベントがある日はその仕上がり具合は神ががっていて、お金と時間とテクニックとそれ以上の推しに会える高揚感とで一層磨きがかかっていた。
まさにこれが魔法にかかる瞬間とでもいうように。
私と秋穂は大抵同じ日同じ時間のコンサートに行くことが多かった。チケットが仮に二枚取れなかったとしても秋穂は広い交友関係を駆使して殆どの場合見つけてくれたし、私も彼女ほどではないが、知り合いのつてなどを使い何とか工面したりした。
常に二人行動ではなくそこに別の子もいたり、その友達や姉妹がいたりと割といろいろな面々が出たり入ったりもしていた。誰とも予定が合わなければお互い一人で入ることもあったし、私達はそれも苦ではなかった。とにかく推しに会えれば会いたい。行けるのであれば何回でも何人とでも一人でも行きたい。そう考えるタイプのオタク。知らない人とでもいいし、本音は嫌だけど同じ推しのファンとでも行けないよりはマシと思うタイプ。私はできれば推し被りは避けたいけれど、秋穂はそれでも構わないみたい。
で、全国の主要都市をまわるコンサートツアー最終日の今日。私はあいにく行くことができなかった。
このコンサート自体は割と期間が長く全二十公演くらいはあった。私はそのうちの三分の一は行ったのだが、最終公演のこの日は無理だった。
この公演に秋穂は私も何度か一緒になったことのある私とも秋穂とも推しの違う、年下の友達と観に行っていた。そしてこの顛末。
私は秋穂と一緒に行っていたその友達から何とも表現し難いような、怒りと焦りが入り混じったようなやけにキーキーとした涙声の電話を受けた。
内容は、内容だけは妙にはっきりとわかった。
友達の声と周りの喧騒と恐らくそばにいるであろう秋穂のうめくような声。
「拓ちゃん、ちょっと助けて」その友達が放った一言。
この言葉、今まさに彼女の背後を取り巻く波ようなざわめきの正体でもあった。雑音の中から「助けて」っていう無数の声が聞こえてくるようだ。幻聴でも何でもなく。
私はすぐに秋穂と電話を代わったが、彼女の声は何を言っているのか、何について誰に喋っているのか、おおよそ見当がつかないくらいに動揺していた。私はまた友達に代わってもらい、すぐそちらに向かうとだけ言った。
その友達にはどうにも手に負えないようで、小声で早く来てと、来たら私は帰るを電話越しに連発された。
私はバイト先から帰宅するため駅から家に向かって歩いていた踵を返した。意外と早く上がれて、留守電や折り返しではなく直接この電話を受け取れたのは不幸中の幸いだった。しかし…。
あー、なんてことだ。このタイミングなんだ。今日だったんだ。
目的地に向かう私の頭の中をずっとこの言葉がグルグル回っていた。見る物、すれ違う人、街の景色すべてが「今日」と「このタイミング」と、心の中でさえ言いたくはないけれど「結婚」の文字に置き換わっていた。
さっきからLINEの着信音がうるさくて音をオフにする。胸騒ぎが止まらなくて手を心臓に押しあててみる。
自分の歩く足の速さと心音の速さが重なっている。
たまらずに信号待ちで携帯電話に目をやると、そのニュースが既に速報で出ている。トレンドの順位も鰻上り。
あー、現実なんだ。やっぱりやっぱりなんだ。
何だか知らないけれど自然と涙が出てくる。
私の推しではない。でもさ、私と同じような気持ちを彼に注いできた何人もを知っているし、その向こうには何千何万の直接は知らないけれど同じ気持ちをもつ子達を知っている。だからその辛さがわかるっていうのはあるし、可哀想とか明日は我が身だとか、そういういろいろな感情も浮かぶんだけれど…それは確かにそうだけどそれだけじゃない。
わからないけれど涙が勝手に出てくる。
携帯電話がずっと震えている。電話だと思い、目をやるとふみちゃんからだった。ニュース見たのかな。私の推しではないけど同じグループだからね。いつも心配かけちゃってごめんだよ。でも今は出られない。またかけるからさ、察しておくれ。心の中でそう言いつつやり過ごした。
どこをどうやって歩き電車に乗ったのかも定かではない。人混みをうまく掻き分ける様は殆ど条件反射だった。
けれど、秋穂達が待つコンサート会場付近は目を瞑ってでも歩けるほどに行き慣れた場所だった。
推し達が何度となくコンサートをした場所だ。
初期の頃から通い続け、数えきれないほどの思い出がある。開場周辺にはコンサートの名残のデコレーションが鮮やかに飾られていた。そんな場所で今日、発表したなんて。ギュッと握った拳が震えて自分の爪が食い込んで痛い。
もうすぐで秋穂達の待つカフェの場所。ここも見慣れた景色だった。
私は呼吸を整えるようにハーッと長い息を吐き出した。
この緊張感たら何よ。全身にまで震えがくるのがわかる。私は秋穂に何と声をかければいいのだろうか。最初の一言はいったい何が正解なのだろう。悶々としたままで近づきながら適切な言葉は結局会う寸前まで思い浮かばなかった。
「噂はさ、ずっとあったからね」
秋穂は指でカップの向きを変えながら言った。
「拓美にだって何度か言われてたもんね、アイツ怪しいとか変だとかさ」
ひとしきり泣いた後の気怠い眼差しが、推しをあえて「アイツ」と言わせてしまうことへの苛立ちと相まってやるせなさを一層際立たせている。
ガヤガヤと賑わうチェーン店のカフェの片隅。電話をくれた友達はバトンタッチというふうに私が来た途端素早く席を立った。去り際にごちゃごちゃと話しかけられだか、私は斜め後ろにいた秋穂の表情だけが気になり話がまともに頭に入ってこなかった。
私と秋穂はカウンターに並列に座り、少しホッとする。
こんな時向かい合わせは結構キツイ。窓の外の明るい景色が緩衝材のようになってだいぶ有り難かった。
二人とももちろん食欲はなく私が流れの中で買ったホットコーヒーと秋穂のホットコーヒーは仲良く並んでまったく同じ物だった。いつもならこのカフェでは二人とも期間限定だの何だのの、もっと甘い飲み物を注文することが多かった。だからそのお揃い具合でお互い飲み物を買う行為が殆ど流れ作業だったことがわかる。
どこかで小さく「結婚しちゃったんだ」と言う声が聞こえた。
私はその言葉を遮るようにわざと少し大きめの声で「でもさ、あれは女も相当ダメだったからさ」とちょっと唐突に言った。
秋穂は声を出した女のほうを一旦振り返ってまた向き直り、こう言った。「あんなのクズだよ」
その言葉の強さと明瞭さ。痛々しいほどの憎しみが込められていて一瞬ビクッとなる。
秋穂の推しの相手と思われる女は、数年前から自身のSNS上で推しとの関係をそれとなく暗示させるような、さりげなく、しかし明確な意図をもって関わり合いを示す投稿を何度も上げていた。
いわゆる匂わせという類のもの。自分が人気者と付き合っているのがそんなに嬉しいのか、その状況を見せつけてマウントを取りたいのかは知らないが、最近やたらとこういう輩が増えた。どういう理由でやっているのかは人それぞれだろうけど、だいたいこの二つの絡みで間違いないと思われる。
要は浮かれているのと見せびらかし。こういう女を推しのオタク達は許すはずもなくて、相当に炎上するし、公開処刑のような扱いまで受けることもある。文句、怒り、嫉妬、憎悪。オタク達の中で感情的にならずにいられるやつなんていないのではないか。しかし、その感情すらももて遊ぶように匂わせは続いたりする。そうやってまた自分が注目されるのが嬉しいのだろうか。そうやって嫉妬の対象となっている自分自身ですら快感になっていくのか。単なるゲーム感覚ならタチが悪すぎる。
けれど、現実のオタク達はあまりに弱い。お前なんかに構うもんかと思えば思うほど気にする自分がいるのがわかるし、信じたくない気持ちを逆撫でする言動に唇を噛むことしかできない。彼が、推しがせめて否定してくれたら。どこかで違うと言ってくれたなら。
しかしそんな望みは儚すぎる。埃のように軽い。吹けば飛ぶ。
匂わせ女と付き合っているのがもし本当なら、推しにももちろん責任がある。そんなことをする女を野放しにしておいて、オタク達の悲鳴が届いていないはずはない。
いったいどういうつもりなんだ。ファンが自分達の生活を支えてくれていると言っても過言ではない立場で、プロ意識はないのかい。仕事とプライベートは別だなんてほざくなよ。自分の仕事の性質を本当の意味で理解できているのか。
そして周りのメンバーやスタッフも推しに何とか言ってくれってみんな思ってた。個人活動がメインじゃないんだよ。グループにおける責任というものがあるだろって。お願いだからグループの名前に傷をつけないで。グループのイメージを壊すな。好き放題やりたければ脱退する覚悟でやれって。
その他のメンバーの推し友達と散々言い合っていた。お前の尻拭いや後始末、フォローすることに自分の推しのエネルギーを使わせたくないと、そこまでも言っていた。
私達はここ数年間この一人のメンバーと女の言動に逐一振り回されてきたと言っても言い過ぎではなかった。女の匂わせが発覚するたびに、私は心の中でいつもやめてあげなよって思ってた。気持ちはわからないでもないけど、こんな残酷なことよくできるなって。こんなこと続けててもいいことなんかないし結局いつかは自分も傷つくことになるってね。直接本人のSNSにコメントしたわけではないし、秋穂の推しのSNSにも抗議することはなかったけれど。
でもいつも思ってた。いい死に方しないよってね。
「なぁちゃんはね、降りるって言ってた」秋穂が言った。
その目は遠くをぼんやり見ていて、視線は掴みどころがなかった。「そっか」私は小さく言葉を返した。何気なく窓の外に目をやると、強かった陽射しの輪郭がぼやけ、だんだんと太陽が西に傾いていくのがわかる。
なぁちゃんは私も何度か会ったことのある秋穂と推しが同じ子だった。けれども、なぁちゃんには他に推しているメンバーや他のグループにも推しがいたりして、秋穂ほど一途に彼だけを推しているわけではなかった。だからたぶん傷も秋穂ほど深くはないし、切り替えも早いのかもしれない。
「元々さ、噂出た時から冷めかかってるとか、何かあったら降りるって言ってたしね」呟くように秋穂は言った。
実際その程度のファンなんて腐るほどいる。何人もの推しを作り広く浅くオタク活動をしていて、その分時間もお金もかかるから私達なんかより凄まじく忙しく、常に目まぐるしく動いている。私には金銭的にも心情的にもちょっと真似できない。
でも、その分野特有の情報網や交友関係の広さにしばしば助けられているのも事実で、その軽さが気にならなければ割と便利に使える存在ではある。一人一人の推しに対してもそこまで重くないから気軽に接しられて面倒臭さがないので気楽だ。ただこういう場面での共感は得にくい。こっちが駄目ならあっちへ。良くも悪くも保険をかけている。私や秋穂のようなずっと一人だけを追っている無保険タイプのオタクとは立ち直り方があまりに違う。やっぱり保険て大事なのかなぁと安易に思ってしまう。
傷を負った時に対する手当てと次に進める保障とが私や秋穂にはまったくないし、あまりにノーガード過ぎて傷口からダラダラと血が流れたまま止める術もなくひたすら痛みに耐えるしかない。秋穂のようにその傷が露骨に剥き出しにされていると見ているのも辛い。明日は我が身の恐ろしさと、こんなふうに簡単に昨日までと今日からの景色が変わってしまう現実と。
自分ならこれを受け入れることができるのだろうか。明日からもこの世界でこれまでどおりに生きていけるのだろうか。絶望的なほど自信がない。恐ろしくて考えたくもない。まさに死刑宣告を受けたような秋穂を目の前にして私はただただ震えている。
窓の外はうっすらとした夕陽から夜の闇へと転換していく最後の光に照らされている。今の時期らしくこの時間になっても明るい景色を見ていられることが唯一の救いだった。今日はいいお天気だったな。もうすぐ夏が来る。夏の予定もいろいろあったよね、確か。私はぼんやりと考える。
「あたしもさ、どうしたらいいのかわからないけど降りるしかないのかなぁ」秋穂は言った。お互いに無言の時間は長かったが、あえて無理に喋ることもしなかった。私はただひたすらに秋穂の言葉を待っていた。
「このまま今までのように推せるとは到底思えない。見るたびあの女の影がちらつくし、私の金が少しでもあの女の手に渡るのかと思うだけでヘドが出るよ。こんな考えって屈折してるかもだけどさ、正直そうだもん。推しが幸せならいいとか年齢的にもう許してあげるとか私には無理なんだもん。」秋穂は一気に言った。「推しには幸せになってもらいたいよ。だけど、あの女と幸せになるのは嫌なの。どうしたって受け入れられない。そんなね都合良くないよこっちだって。心広くなんてもてない」秋穂の顔が歪んで、唇は微かに震えている。目には涙が溜まっていて私はいたたまれない気持ちになった。
わかるよ、わかりすぎるほど。ファンはそんなに都合のいい存在なんかじゃない。応援する側とされる側、常にウィンウィンでも対等でもギブアンドテイクでもない。
中には何があっても拗らせず、平和的で穏やかなオタクもいるとは思う。だけどさ、大した思い入れもなく熱量も程々で引く時はさっと引けるような、平気でお祝いのコメントが言えちゃうようなやつ、真のファンなんて言えるのかな。
真のファンの定義も難しいけれど、そんな愛好会レベルのファンなんてファンとも言えないのではないか。単純に流行りに乗っかってるだけ?それともパフォーマーとしてのみでファンなのか。
いずれにしても私達とは根本的に人種が違うとさえ思う。面倒臭いのは重々承知だけど、ファンなら推しの幸せを願えとか言うやつは大嫌い。あんたら何目線で言ってくれてんのっていつも思う。もうお互いいい大人なんだからとか、これまで散々楽しませてもらって幸せな時間をくれたのだからそろそろ自分の幸せのために解放してあげてとか。マジウザい。マジ黙れ。私達はね、そんな甘ったるい世界線でオタクをやってきたんじゃない。命かけてたんだよ。推しが自分やグループが売れるために命かけてきたように、こっちだって同じ気持ちで推し続けてきたんだよ。だから、お願いだから黙っててくれ。こっちの境界に入ってくんな。そっちとこっちじゃ似ても似つかない別の領域なんだ。心は全然広くない。それで上等。頼むからそっとしておいて、こちら側にケンカを売りにこないで欲しい。
「実際さ、キリちゃんあたりはさ、沈黙してるしね」
秋穂は言った。キリちゃんとは秋穂と同じ人を推していて、その他は誰のことも追っていない一途系。
秋穂とはつかず離れずで、行動を共にするというよりもSNSでの繋がりのほうが濃い。やっぱり推しが被る一途系は同類を好まない傾向もあり、仲良くつるむとまではいけない場合も多い。
私も同様で、ライバル視するとまではいかないにしても、なんだかやっぱり一緒にいて居心地いいもんじゃないと感じるほう。このあたり複雑なんだけど、やっぱりどこかリアルな恋心をもっている系、いわゆるリア恋モードを捨てきれないから同じ種類のオタクは敬遠しがちになってしまう。
私はそういう立ち位置のオタクはSNS上でも苦手。
「キリちゃんも相当参ってるかもね。今日入らなくて逆に良かったかも」私は言った。
推しが被ってない分、私のほうがむしろキリちゃんとは実際の交流はあるかもしれない。
「私も、今ここで一緒でも何を言えばいいかわからない」
秋穂は言った。
キリちゃんだって、絶対この情報を既に掴んでいるに違いない。キリちゃんは自分の行けないコンサート終わりにはいつだって感想を求めてSNSパトロールを怠らない。コンサートに行ったであろうオタク達を片っ端から漁ってその詳細な情報をかき集めている。
今日の推しはどんな感じだったか、トークの内容、ハプニングの有無、ファン層の確認、見学者情報に至るまで、とにかく事細かくチェックする。もちろん自分が入ったコンサートのことも終了後自身のSNS上に同様の事柄を詳しくアップする。そのマメさと記憶力にはいつも驚くが、自分が行けなかったコンサートのそれらを知ることができるのは大変ありがたく、私もキリちゃんのレポートはいつもあてにしていた。
秋穂だって同じだったと思う。だから推し被りとはいえ無下には扱えない。信じられないような傍若無人な被り人なら遠ざけて当たり前だけど、キリちゃんのようなある程度同類にも節度があり、情報量が多くフットワークの軽い人々はやはり秋穂にとっても重宝する存在なはずだ。だからこそ、尚更今沈黙を守り続けるキリちゃんの胸中はいかばかりか。考えただけでも吐きそうになる。
今こうしているうちにもSNS上では私が知ってる知らないに限らず様々なオタク達が述べる毒とお祝いの言葉で溢れている。秋穂との会話の沈黙の間に私は軽めに情報を漁っていた。
案の定SNSはかなり荒れていた。結婚を発表したグループのファン以外にも同じアイドルを推しにもつ界隈、その他様々なジャンルのオタク達が独自目線で自己主張し、その上普段はまったく関係がない一般の人々までもが話に割って入り毒を吐くオタク達に説教してたり、あるいは結婚相手である女を攻撃したりしてややこしさに拍車をかけている。
こういう時のお節介な他者のやかましさったらない。野次馬根性丸出しかよ。
本人のSNSも炎上する前の予防策か一時的にコメント欄を閉鎖してるし、相手の女のアカウントは既に消えてるっぽい。祝うオタクに罵るオタク。この話題がトレンドの上位ほとんどを占めている。
やっぱりね影響力が尋常じゃない。このあたりを当人達がどのくらい自覚できていたのか。相手の女が匂わせさえしなければ、直前まで交際そのものを隠し通せていたならば、毒よりも祝いのほうがもしかして多数に昇っていたかもしれない。これほどまでは荒れずに済んでいたのかも。
やり方次第なんだよね結局この手の話は。なんて、私もまた結局は他人事なのかもしれないけれど。
しかし、この大騒ぎの中でもキリちゃんは不気味な沈黙を続けている。いろいろな人達のコメントにも応えてはいない。でも案外本当のファン、一途にずっと追いかけてきたファンの一部分は沈黙しているようにも思える。あれ、あの子全然呟いてないというような何人かが確実にいる。どこを探しても見当たらない一部の常連達。本気度が高いからこそショックも大きいのか、全然ヒットしてこない。キリちゃんと同じように。
「このままさ、何にもなかったかのようにあっさりフェイドアウトしてくかもね」秋穂は言った。
「キリちゃんのこと?」私は言った。
時間の過ぎ方の感覚がいつもとはちょっと違っている。いつの間にか窓の外は真っ暗。世界は闇に閉ざされている。
「うん。なんかさ、もう何もかも夢だったって感じでさ、すべては幻想で幻覚で全部は実際にはなかったことにする的な。追いかけてた数年間は自分の歴史からそっくり無かったことにするみたいな」秋穂はちょっとヘラヘラした笑いを浮かべて言った。
「そんな、そんなことできるのかな」私は戸惑った。
あんなキラキラした時間をいっさい切り捨ててこれからを生きていくなんて私には考えられないことだ。
「だってあり得るでしょ。私や周りのみんなもキリちゃんのリアルな連絡先なんて知らないし、本名すら知らないんだよ。住んでるとこもあやふやだしさ。これまでのSNSのアカウントは全部消して新たな自分アカ作ってさ、私達のことも切れば全然可能じゃない?今まで貢いだ推しのグッズやら何やら片っ端から捨てるなり売るなりしてさ、ぜーんぶ清算すれば過去のオタク人生なかったことにできるじゃない。自分史から葬り去れるわけ。汚歴史としてさ」秋穂は吐き出すように一気に喋った。時折呼吸を荒くしながら。
私はその言葉を聞きながら胸が苦しくて知らずに涙が一筋流れた。
そう。その通り。現実には私はキリちゃんの何を知っていたのか。何も知らない気がする。仕事の内容もアパレルとだけ一回聞いたような…住んでいる場所は…どこだっけ?確かお兄さんがいたような…すべてが曖昧だった。
というか、そもそもそんなにキリちゃんのプライベートに興味がなかったし、推しとその周辺情報が会話の内容のほとんどで、それが関係のすべてと言って良かった。それ以上でも以下でもない。本当の意味でそれがすべて。いいも悪いもなくそれだけの繋がりで充分だった。だから突然その関係性が途切れたとしてもまた別のオタク同士が繋がり合えばいいだけの話。むしろもっとコアでもっと情報をもった人に出会えるかもしれないのだから。
降りたければ勝手にどうぞ。干渉はしない。直後は心配するかもしれないけれどじきに忘れていく存在。割り切って考えれば理解できる。だってやはり推しの結婚は降りる理由としては最大級で最上級。これをもってしても降りずに応援し続ける人種がいることのほうが私には驚くべきことだ。やめたくなるのも無理はない。これまでの繋がりも推しのために使ったお金も時間も、もうすべてがどうでもいいと、どうとでもなれと自分が同じ立場なら少なからず思うはずだ。
この、何かが目の前であっけなく壊れていく感覚。
現実にこういう状況を目の当たりにすると思いの他随所でダメージが強い気がする。ファンが失うものの大きさもさることながら、秋穂達の推し自身が失うものの大きさを思う。今後も何もなかったかのようにグループは活動していくだろうし、個人の仕事もしていくだろう。けれど見えないところでの損失は相当にあるような気がする。いやいや、見えるところでも確実に。
たぶんいろいろな物の売り上げは減るだろうし、ファンクラブの会員数やSNSのフォロワー数、観客動員数も減るだろう。それを他のメンバーがどれだけカバーできるのか。結婚したことによるプラスのイメージは期待できないとして、これからどのように売っていくのか。
秋穂達の推しはヴィジュアルこそいいけれど歌やダンス演技に関して飛び抜けたものがあるようには思えない。平均点まではいけるのだろうが、そんなやつ腐るほどいる世界。これまではグループに助けられてきただけなのに、グループの足を引っ張りかねないようなことをして彼に未来はあるのか。既婚者となった彼にこれからどんな付加価値をつけていくのか。オタクがごっそり離れたら責任問題になりかねないのでは。そんなふうに落ちぶれる推しを私だったら見たくない。それならやはり降りる選択はありなのだろうか。できるだけ早いうちに、自分自身を深く追い込む前に。
大丈夫、数年前の自分に戻るだけだ。推しを知らなかった昔の自分に戻るだけ。まったく違う私に変わるわけじゃない。元に戻ってやり直すだけだよ、と。そんなふうに言い聞かせながら自分自身を励ましながら、オタク人生のすべてにけりをつけて先に進めるのだろうか。キリちゃんは今まさにそれをしようとしているのだろうか。それともただ単に一時的なショックをやり過ごしているだけか。
私にはわからない。でも私だったら、自分だったら、どういう選択をするのだろうか。想像するのも辛い。
変な話、そうなったら生きていけるのかとさえ思う。
私の場合はたった数年間ではない。もっと長い時間を推しに費やしている。仕事だって時間的に融通がきくものを転々としているし、他に趣味もない。自分の人生の半分以上が推しと共にある。リアルな恋愛対象とまではいかずともその感情とも無縁ではないわけで、現実の恋愛は年々遠のいていくばかりだ。推しが適齢期というものを過ぎるということは自分もその時間の流れと並走しているわけで、気がつけば世間の時間軸と合わなくなってきている。推しにリア恋感情を抱かせるのは一つの商法だと心得ているつもりだ。だがオタクにだって感情はある。ただの金払いロボットではないのだから。そこにつけこまれ心を利用されていると自覚してもなお、恋情を完全に切り離すのは難しい。
長い長い沈黙のあと、秋穂は携帯電話を見ながら言った。
「こんなことでトレンド一位になんてなって欲しくなかったな」私も同じ画面を開いた。確かに彼の名前が急上昇で一位に躍り出ている。「もっと別のデカい仕事とかでさ、一位になって欲しかったよね」秋穂は苦々しく笑った。いつか自分の推しがトレンドの一位になる。凄い仕事でさ。それはオタクの一つの夢でもある。そう、不祥事や健康面、ましてや結婚などという話題ではなくね…。
「私も潮時なのかな…」秋穂は力なく呟いた。
結局キリちゃんはずっと音信不通だった。
あれから数日が過ぎ、世の中は一見平穏を取り戻している(いや、元々平穏だった人のほうが多いけど)。なぁちゃんなんてもの凄い勢いで次々と別の推し関連の予定を入れているし、予定していたお金を違うものに回せるとばかりに早くも散財している様子を伝えてくる。
私の生活は荒ぶりながらも淡々と過ぎていた。あの日ふみちゃんに、大丈夫だからと短く返信をした後は帰宅してもまた外出したり、友達のところに泊まったりしてふみちゃんとはすれ違う生活が続いた。その間は当たり障りのない日常の確認事が主な連絡内容で、お互い敢えてその話題には触れないような感じだった。
私はとにかくオタク仲間とのやり取りにかなりの時間を費やしていた。みんないろいろな方向性で一連の出来事を受け止めて、様々な方法で思いを吐露し、他角度に散りつつあった。まさに多種多様。同じオタクであってもその感情の成り立ちと仕組みは人それぞれで、逆に同じものなどないのではないかと思う。
時が経つにつれ、様々な情報ツールから秋穂の推しの結婚に関する詳細も次々と入ってくる。相手の女の身辺調査的なものから交際歴、これまでの匂わせ遍歴、周囲の反応集まで。私の推しも一応お祝いメッセージみたいなのを寄せていて、目にした途端気持ちが悪くなった。
これらの無神経な、怒りを増幅させるだけしかない諸々がオタク達を一層傷つけていた。そんなこと誰が知りたいんだコノヤロー!お祝いなんて言うなよバカヤロー!って、心の声などじゃなく、私は実際に叫んでもいた。
私の推しに関して言えば、グループの中でもアイツとは付き合いは長いほうだし、今よりうんと若くてまだ大して売れてない頃から私達でさえも知らない濃密な経験を共にしてお互い切磋琢磨してやってきたことはわかっているつもり。
オタク達には想像もつかないような辛い出来事や苦しい時間を共有してきた同士として、お祝いや花向けの言葉を言いたいのはもっともだとは思う。でもね、そこはさ個人的にプライベートで伝えてくれればいいのでは?というのが正直な感想。敢えて公の場でわざわざコメントするようなことなの?
ビジネス的にもオタク達の心情的にもプラスなことってあるのかと疑問しかない。そんなもの誰もが目にする場で言うなよ。裏でならいくらでも祝ってくれていいからさ。頼むよホントに。これこそ空気読めよ感半端ない。
我が推しながらだいぶ幻滅する。
秋穂とは連絡は取っていた。仕事もとりあえずは行っているみたいだった。
「今ってさ、推しロス休暇とかあるらしいよ。ウチの職場では考えられないけど。でもその休暇自体もなんかイタイよね」秋穂は気を紛らわせるためだけに仕事をしてるとも言った。しばらくSNS断ちしてるとも。考え出すと気が狂いそうだし、マジ死ぬかも。というかアイツやあの女を殺しに行ってしまいそうで自分が怖いとも言った。
私はその言葉に対して、それは大袈裟とかそこまではダメだよとかそんなのはおかしとか、そういった反論の類は一切出てこなかった。そうだよね。そうだよ。わかるよ。私だって。それらの肯定の言葉しか感情しか湧かなかった。
死ぬも殺すも憎たらしいも、すべては推しへの愛情とこの現実との同義語。好きさ余って憎さ十倍百倍千倍。
そりゃそうでしょう。この気持ちには誰にも何の文句も言わせない。現に秋穂は、命こそまだあるかもしれないけれど心は一旦死んだのだと思う。人間としての魂こそあれど感情の魂は死んだ。本当に死んだような目をしている人を私はあの日初めて間近に見たのだ。
それだけの労力を時間をお金を費やしてきた一つの証として、自分自身のプライドとして、許せなさの範疇を越えた素直な心のありかたとして。あまりに普通の感情ではないのか。お祝いなんてクソ喰らえだ。そんなことを言うヤツらに何がわかる。
秋穂の、私達の痛みをお前らには一生わからない。
玄関の扉を開ける僅かな音で母は起きてきた。殆ど音なんてさせなかったのに、眠っていなかったのかな。
「秋穂?おかえり」母は言った。どちらにしてもすごく眠そうな顔と声だ。「ただいま」私は静かに言った。
「今日はもう帰って来ないのかと思ってた」母は台所に歩きながら言った。「よく帰れたね」まるで偉かったねと子供を諭すような言い回しだ。
「うん。なんだかんだ帰ってきた」私は言った。
「お茶飲む?」母が聞いた。「いらない」私は言った。母は「じゃあ、私は寝るからね」と言い、「明日が休みで良かったね」と付け足した。
「ありがとう。おやすみ」私はそう言うとダイニングの椅子に座り暫く動けなかった。
いつもならここで条件反射のように携帯電話でも覗くのだが今はそれをしない意志の方が勝っている。もの凄く強い意識として。
今頃電話の向こう側では様々な悪意と善意とそれ以外の中立の顔をした偽善や俄の言葉が渦を巻くようにして流されているのだろう。この静かな私だけの空間と対照的な外の世界。いったいどちらが現実なのだろう。私の帰るべき場所は果たしてどちらが正解なのだろう。
母のあの態度とあっさりとした言葉。すべてをわかっているからこそのシンプルな物言い。きっと明日はもっと何かを言うかもしれないけど、今日の今日だからやめておくという配慮も入り混じる。
私は明日からまたこれまでと同じ日常を生きていくことができるのだろうか。この家で。この世界で。
私は今不思議とSNS上に自分の主張を述べたいとは思わなかった。私が敢えて言わなくても言いたいことは誰かが既に言っているはずだし、自分の感情を殊更に分析して晒すのも嫌だった。
そこの部分の承認欲求はどうやら私にはないらしい。それよりも自分の傷を自分で丸裸にし誰かに慰めてもらう行為のほうに嫌悪感がある。
結局みんなの意見はどれも正しいけれど真の意味では正しくないんだよ。何も結婚だけじゃなく、もっと軽いスキャンダルや逆にもっと深刻な不祥事、誰かのグループ脱退や事務所の移籍、引退などの事柄にも共通しているけれど、結局真実なんてないんだから。あったとしても一つじゃない。
飛び交うのは憶測とそれに尾ひれが付けられたものでしかないのだ。事実は事実としてだけあって、真相なんて、それまでの何がしなんてあくまで想像の産物でしかないんだ。
吐き出さないとやってられない気持ちは一緒だけれど、ただ吐き出すためだけのSNSだったら匂わせ女と大差ない気がする。もう少し考えてから発信したいと、混乱しつつも冷静に思ってしまう。無下に流されたくない。こんな大事なことの渦中にいるオタクの端くれとして、ただ単に可哀想な子としてだけ扱われたくはない。単に負け犬の遠吠えと思われたくないだけかもしれないけれど。
そう考えると、この場合あの女は勝ち犬なんだろうか。
今頃は嬉しくてたまらないとばかりにどこかでキャンキャン鳴いているのだろうか。あんな女が…。
「はー」私は大きく息を吐いた。さっきから何回目のため息なんだろう。ため息と涙しか出てこない。ものすごく疲れているのに眠れそうもない。今日のコンサートの残像もずっと昔の出来事のように感じられる。あのキラキラとした景色とその後のカフェでの光景がとても同じ日のものとは思えない。今こうしてここにいると、どちらもがあまりに遠くてクラクラする。私は立ち上がって本当に眩暈がした。自分が生きている実感さえなかった。
今日、本当に仕事が休みで良かったのかどうか。
私は仕事上いわゆる平日という日が休みになる場合も多い。
昨日と今日は連休で、昼に近い朝にリビングに降りてくると日頃からカレンダー通りに動いている家族は誰一人としていなかった。
ダイニングに入ると軽食が用意してあるのが目に入る。昨日からろくなものを口にしていない。お腹は鳴るけど思考が食欲の邪魔をしている。睡眠欲にも邪魔が入っているせいで頭がぼんやりする。胃に何も入っていないからか体は軽いのに寝不足で頭は重い。静か過ぎる家の中で一層寂しさが募った。
テレビってのは何気なくつけるもんじゃないと、つけた途端に後悔した。せっかくSNS断ちをしているのにそれが何の意味もないくらいに昨日の推しの話題が画面いっぱいに張り付いていた。ハッと一瞬息を呑んで後退りしたがスイッチを消す勢いには繋がらなかった。昨日のコンサートの模様が映し出され、推しの顔が否応なく迫ってくる。
あぁやっぱり現実なのだ、これは。昨日と今日はどうしようもなく連動していて私を逃してはくれない。何が起きようともこの時間の流れを断ち切るのは不可能なのだ。
場面は切り替わり番組のコメンテーターが知ったような顔で話している。その内容があまりに賛同できないもので、お腹が痛くなる。
要は今のアイドル像と昔のアイドル像、そしてファンのあり方の違い。
今はアイドルといっても多様化しているし、ファンの意向も一昔前とは変化しているのだからある程度適齢期を迎えたら恋愛も結婚も許容されるべきで、そこの人権的な意味も考えなくてはいけない。そして、今のファンは推しの恋愛や結婚にも肯定的な人が増えてきたのではないかと締めくくりやがった。
今すぐ消えてくれ。私の誰にも届かない心の声。
バカバカしくて今更ながら慌ててリモコンのスイッチボタンを押した。
だったらさ、そう言うのなら、もうアイドルという職業自体無くせばいいのにと思う。そのような時代に合わないカテゴリーごと廃止にすればいい。元々の癌をなくせばその周辺に転移している様々な厄介事はすべて取り除かれるはずなのだから。けれどどんなに時代が変わって物事の煩わしさが簡素化されてもアイドルという群像とそれにまつわる面倒臭さをなくせないのは、やはりこの塊が膨大なビジネスを生み出す原動力を失ってはいないからなのだろう。先程コメントしていたタレントまがいのコメンテーターだって、芸能の世界にいる者としてアイドルという名の何かしらに便乗して成り立つものに関わらないで生きていくことは難しいはずだ。
そうやって多少のなりの恩恵を受けているものがある限りアイドルそのものを亡き者にはできない。それなのにそれに付くファンには時代錯誤はやめろというのか。それこそが経済を回していると言っても過言ではないのに。こんな時にだけ都合良く引き下がれ、深追いするな切り替えろだなんてどの口が言わせるんだ。こんな時はせめてたんまりと毒を吐かせてくれよ。どっぷりと憎悪に浸らせてくれよ。それは許してやって欲しい。それくらいの権利はあるだろ。オタクにも人権はあるんだ。
私は床にうずくまる形になりながら泣いていた。
それはもう言葉にならない嗚咽だった。あの時あのコンサートでの告白の瞬間から今までで一番激しく泣いた。
止める理由も止まる気配もないままひたすらに泣き続けた。
いつの間にか夜になり、家族は次々と家に帰ってきていた。私は適当にちょこちょこと食べ物らしき物を口にし、顔だけは洗った。
家族は、たぶん全員私に気を使っている。その状況はありがたかったが辛かった。こんなね、大の大人がこんなことでみんなに迷惑をかける感じ。明日の職場でも多かれ少なかれこういう扱いを受けるのかもしれない。もしかして口ぐらを合わせて対策を考えてくれている可能性すらないとは言えない。なんて情けない。わかってはいるけどどうしようもない。
「秋穂、食べるだけはちゃんと食べないとだめよ」
夜も更け始めた頃、トイレを出たら母がいた。私の顔をまじまじと見つめている。きっととてつもなく酷い顔をしているのだろう。瞼の重さと唇の乾き具合と頬の突っ張る感覚が尋常じゃないと自分でも感じる。
「うん」私は言った。食べたいよ、食べたいけどダメなんだ。でもさ、もう少しあと少し時間が経てば食べられるかもしれない。
「秋穂の辛いの見てるのもしんどいけど…」母は少し躊躇いがちに、でもはっきりとこう言った。
「でも私はね、正直ほっとしてるところもあるの。うまくは言えないけれど。秋穂がさ、なんていうか、やっと戻ってきてくれるような気がして。別にどこかへ行っていたわけじゃないんだけど、凄く…その支配とまではいかないけれど、ちょっと怖いくらいにいろいろと振り回されていたというか…。そのへんがとても心配だったから」母は言葉を選んでいるような、気を使っているような口振りだったけど、話す内容としては率直に思えた。
「ごめんね、こんな言い方アレかもしれないけど…でも悪く思わないでね。っていうか今までだって全然悪いことをしてたわけじゃないんだけれどもさ。全然いいことではあると思うんだけどね。あのー、ホントにそれは」母は早口で言った。「うん、わかるよ。わかってる」私も少し早口になった。
「ホントに気を悪くしないでね。余計なこと言ってごめんね。おやすみ」母はそう言ってスタスタとその場を離れた。「おやすみ」母には聞こえたかどうだかわからないぐらいの声で私は言った。
また静けさを伴う空間が家の中に広がる。私は、母の言った言葉の意味を考えていた。反論したい気持ちもどこかにはあったが、私の中に今はその力すらなかった。確かにどこにも行ってはいないのに、戻ってきたとはおかしな表現だ。しかし、わかりやすい腑に落ちる感覚だとも思った。
自分には到底理解できない異世界に傾倒し、のめり込んでいく娘。その世界自体は確かに現実ではあるけれど、あくまでも虚構の域でそれを脱してはいない。仕事こそちゃんと行ってはいるが、稼いだものは大方をそれ関連につぎ込み、家族との予定よりいつもそちらが優先で口を挟む余地さえ与えてはくれない。何年もその状態は続いていたのだ。冷静に考えてみればそんなもの親として完全に容認などできない代物だったに違いない。殆ど宗教だ。
それが今回の一件により、もしかしたら娘が目を覚まして本当の本来の現実に戻ってきてくれるのではないか。やっとそれらの呪縛から解放される時がきたのではないか。そう思ったとしても不思議ではない。
結局周りから見てそれほどまでに私は、推しがすべての世界に生きていたということなのだろう。
私は重い足取りで廊下を歩き自分の部屋のドアを開けた。いつもならすぐ目に入る場所に推しの写真やらポスターやらがあるのだが、今はすべて伏せて部屋の隅に置いてある。
この時間この瞬間にも推しはどこかで生きていて、いつもと変わらぬ顔で笑っていたりするのだろうか。あの女と一緒に。消そうとしていた感情が再び湧き上がりまた繰り返し襲ってくる。
あぁこんなふうに殺意って芽生えるのかも。危険な思考が頭をよぎる。
推しは、推し自身は、果たしてこの件で万が一いろいろ拗れたらグループを脱退するとか、もっと言えば芸能界を引退するとか、その覚悟があったのだろうか。漠然と考える。
いやいや、それほどのものと引き換えに結婚を選んだとは到底思えない。きっと発表してしまえば何とかなるだろう。別に他のメンバーは独身なんだし、自分一人が結婚したところで年齢も年齢なのだからわかってもらえるだろうとか、そんな感じなのかもしれない。きっと事務所は守ってくれる。批判はあるとしても一時的なものですぐに収まるはずと。
結局脱退や引退に追い込むほうが見せしめや一種の懲罰みたいに思われかねない。そうしたところで会社やグループのイメージは悪くなるだけだし、それによってオタクの気が済むはずもない。返って後腐れだけが残る結末となる。だから絶対にそうはならないとタカを括っていた。そしてやっぱり現実にそうはならないのだから、やったもの勝ちとも言える。結局救われないのはオタク達だけということか。
本人だって、年齢的に自分の将来というものをずっと考えてはいただろう。アイドルとはいえ、自分の人生がある。今後結婚し子供をつくり家も建てるとかいう普通の幸せを望む権利はあるとね。
でもさ、普通の仕事じゃないからねアイドルは。全然違う次元の仕事だから。私の立場で言うのも何だけど、普通の仕事より何倍もの収入を得ているわけだし、身を削るのはある程度仕方のないことのはず。自分自身を晒け出した先にすべてがあるような、ある意味身一つでの勝負なのではないだろうか。だからこそイメージや好感度には絶対的な価値が付きそれは己のブランドと言っていい。そのブランドがハイブランドとなるのか、安っぽい三流メーカー止まりになるのかは本当に自分次第なのだ。
推しはこれまで築き上げてきたものがあるとはいえ、その知名度はそこまでではない気がする。芸能人としてのグループや個人のブランド力とプライベートな自分の願望。そのどちらも手にできるとしたなら、それはごく一部の登り詰めた人間にしか叶わないものなのではないか。私の推しやグループが世間的に果たしてそこまでの存在となり得ているのかどうか。甚だ疑問である。
確かに人気はあるし、売れてるほうではある。ここまでくるのだって相当な努力と忍耐と犠牲はあったはずだ。しかし、まだまだ限られた年齢層に偏った人気であり、国民的なスターというわけではない。日本中津々浦々まで彼らが認知されているとはお世辞にも言えないのではないか。グループ全体は知っていたとしても個々人の名前と顔を瞬時に合致させることができるなんて、そこそこ売れただけでは無理な話だ。
けれど、そこまでいかないと結婚なんてしちゃいけないのではないか?私の個人的な見解。それとも推し自身がそこにいけるまで我慢できなかったのか。そもそものそこに辿り着くことすら難しいと悟ったのか。いずれにしても身の程知らずの決断だったと言わざるを得ない。こんな中途半端な立ち位置で私生活の最もデリケートな事案にメスを入れたのだから。
血が流れている。こうして今この時、この瞬間も誰かの心が血を流している。
私はふとキリちゃんのことを思った。SNSは見ていなかったが、急激に何だか恐ろしいことになってはいないかと不安になった。私は急いで充電満タンの携帯電話を線から引き抜いた。着信やメールがわんさかきていたが、キリちゃんからはなかった。ついでに芸能ニュースに目をやる。他の新たな話題に紛れながらもまだ推しの話題は垂れ流されている。私は八つ当たりするようにスイッチを切った。
もう嫌悪感しかないこの状態はいったい何なのだろうか。あんなに好きで追いかけて生活の殆どすべてだったあの推しが。存在自体よりも遥か遠く心が遠くなっていく。冷めたわけでは決してない。けれど、純粋無垢に愛することはもう無理なのではないのか。
好きとか嫌いの単純な感情ではない何かもっと複雑な心象が絡み合っていて、もう彼をこれまでのように直視できないのでは。そう思うとまた涙が溢れた。
もうこれからはコンサート前に美容院へ行き、新しい化粧品を買い、当日にはこの日に下ろそうと決めた鞄を持ち、お気に入りの洋服を身に纏う幸福感と高揚感は私の日常に戻ってはこない。オタク仲間とのただただ楽しいだけの会話とキラキラした時間ももう永遠に取り戻すことはないのかもしれない。
そう思ったら泣きの波がまた押し寄せてきて私を呑み込んだ。失うものの大きさを思う。もう二度とあの感情と時間は私の中に訪れることはない。私は推しの現状以上に自分自身のその現実の重さに耐えきれるのだろうか。
結局私はいったい何を守ろうとしているのか。推しを守りたいのか過去の自分を守りたいのか。それとも同じように苦しむオタク達を守りたいのか。そもそも本質的な悪の源はいったい何なのだろう。そこまで自分を追い込み傷つける必要など本来ならばないはずなのに。
けれど、やはり今私が推し以上に気がかりなのはキリちゃん達であるのも間違いではない。今この瞬間もきっと痛みに焼かれているであろうあの子達。私では守りきれない彼女達を誰かどうにか守って欲しいと切に思った。
こんなに思い詰めている自分が願うことに何の説得力もないけれど。ただ、すべてにおいて早まらないでほしい。
その心と体、魂だけはどうか失わないでいてほしい。
事件というほどではない。事故でもない。ましてや殺人などでは毛頭ない。けれど、多数の人を傷つけている。何人もの人の心は殺されている。それが、ここ数日の騒動を見た私の率直な感想だった。
姉は、姉自身の推しが起こした事案ではないものの、それらを取り巻くすべてが遠からず推しと関わっているものである以上疲弊するのはやむを得なかった。
他人事ながらすぐ近くにある恐怖と戦っている様は無実の罪を着せられた囚人のそれに近かった。直接手を下しているわけではないのに、何も疾しいことはないのに、そこはかとなく浮き上がる罪悪感。姉としてこの件で失ったものはそれほど大きくはないはずと部外者の身としては思うのだけれど、やはりそう単純なものではないらしい。
あの発表が駆け巡った直後から姉には連絡をし続けた。当初はまったく繋がらなかったが、しばらくして「私は大丈夫。ありがとう。心配しないで」という短い返信だけが届いた。
確かその日姉は結婚発表をしたコンサートには行ってはいないはずだった。けれど、一度表に出た瞬間から怒涛の如くの勢いで情報はそれぞれにもたらされていく。姉も直接は聞かなかったにしてもその状況の詳細は瞬く間に把握したはずだ。
私も知った瞬間は思わず「えっ」と声が出た。確かに以前からそんな噂はこの界隈を漂っていた。
相手の女のただならぬ言動も中傷の的なのは知っていた。そのスキャンダラスな内容と女のあからさまな挑発行為はこの類の世界にまったく興味のない母や私からしても胸糞悪いと話題になった。単なる芸能人のゴシップネタとは別にして、客観的に見ても女のしていることは明らかにルール違反な気がしたからだ。
ある程度年頃の男女が縁あってそういう間柄になり関係を深めていくことは芸能人に限らずどこにでもある話であり、その人物がたまたま注目を集める立場にあっただけのことだ。しかし、それを自覚した上でマウントを取るやり方はある意味卑劣だ。
自分達は絶対的に守られる内側にいながら外側の人間、ましてや相手のファンをじわじわと攻撃している。こういう楽しみ方しかできない幼稚性というか神経をまず疑う。結局自分が一番大切な人であろう男の価値まで下げているのにも気づかず、世間の反応だけを楽しんで浮かれている。
どこまで自己の顕示欲と承認欲が強いんだ。
その認められ方は正当なものではない、自分自身の力で得たものではないことに早く気づけよって思うし、結局自分が一番かわいいに過ぎないのだろうな、とも思った。
好きになった相手のその地位を支え続けてきた目に見えぬ無数の顔を思い浮かべたことがあるのだろうか。
想像力の欠如が甚だしい。何も語らずにいることだってできるはずだし、実際そうしている同じ立場の人もたくさんいるのだ。それが賢明というか、それがまともな考え方だし沈黙を守ることこそ最も簡単かつ平和なやり方のはずだ。にも関わらずだからね。
その匂わせに費やす時間と労力の根源はいったい何なのだろう。そこまでして得るものと失い続けるものを一度天秤にかけたらいいのにと心から思ってしまう。
姉は帰宅してからも一応は元気で、普段の生活をしているようには見えた。ただ、時折携帯電話を覗いては深刻な表情を浮かべたり、かかってきた電話に涙声で応えていることはあった。
瞬間的な衝撃度は高かったものの、この出来事も世間的には時間の経過と共に引いていくだけの小さいニュースに過ぎない。どれほどのオタク達が騒ごうとも、そこまで世論を動かす力はないし、みんな忘れていく。しかしその渦中にいるオタク達はどんなに世界から見放され取り残されようともその苦しみの中でもがき、足掻き続けるしかないのだ。
姉は、その者達の嘆きを真正面から受け止める聖母のようにも見えた。理解してくれる、しかし冷静でもいられる推しと同じグループに属する別のメンバーのオタク。
渦中のオタク達にとって姉の立場にある人こそ最後の拠り所であり、自分達がありのままで縋れる唯一の存在になっていることは当然と言えば当然で、そこにしか逃げ道もオアシスもないのだろう。姉自身もそれは心得ているらしく、自らも疲弊しながら彼女らの魂を救済し続けていた。
「顔色悪いんじゃないの?」
あれから一週間ほど経ったタイミングで私は姉に声をかけた。お互いが休日の日の夕方。いろいろちょっとひと段落つい頃合いで。
実際姉はあの日からありとあらゆる憎悪や嫉妬、悲しみや苦しみの数々を受け取る作業の末、自らの消耗度はかなりのものだった。
「そうかな。」姉は力なく笑った。
「あきらか悪いよ。お友達の愚痴を聞くのも大概にしないとさ、自分が蝕まれるだけだよ」私は意識して少し強めの表現を使った。「拓ちゃんはまだ苦しまなくていいはずだし」まだというのがポイントである。
それを聞いた姉はちょっと目つきが鋭くなった。「別に私は平気。彼女らに全然蝕まれているなんて思ってないし。友達の中には案外現実を受け止めようと前向きになってる子だっているし、そうじゃない子も確かにいるけど…」姉の言葉は最初と最後での勢いが違って、そうじゃない子の下りではかなり弱々しい語り口になった。
私は言った。「大失恋した無数のオタク仲間をいっぺんに処理するなんて到底無理な話だよ。ひとりひとりだいぶ主張が違うわけだから、同じことを言っても響く子とそうでない子がいるわけで。言い方一つ間違えたら取り返しがつかなくなる可能性もあるわけだし、そんなのさ、限界あると思うよ。占い師やカウンセラーじゃないんだから」もっともらしい言葉を私は選んだ。
姉は少し考えてから「皆んなねさ、ずっと永遠にさ、夢を見たかっただけなんだよね。私も含めてだけど。」と言った。
姉の顔に夕焼けの光が差し込んでいる。
「コンサートに行くとそのパフォーマンスを観ることもさることながら、同じ空間にいて同じ景色を見て同じ空気を吸っていることだけで嬉しいんだよね。本当に夢の世界みたいに。離れていても推しの存在だけで救われてきたことが数えきれないほどあって、ずっと生きる力に変えてきたんだよ。どんなに嫌なことが現実にあったって、推しが頑張っていれば頑張れるし、顔を見れば全部吹き飛ぶくらいの存在だったの。でもさ今回の出来事って、突然その夢から醒めたみたいな、物事が急に夢から現実に格下げされたようなそんな感覚なんだよね、みんな。有名なテーマパークでさ、そこに行く人達はみんな現実を忘れて楽しみに来てるわけじゃない?夢の国にひたすらに浸りたいわけだから、その裏側なんて考えたくもないし知りたくもないよね?実際あの国のあの着ぐるみにどんな人間が入っているかなんて誰も考えもしないと思うし、知りたくもないじゃない。結局それと同じようなもので、推しの現実の顔なんて知りたくはなかった。むしろそんなのどうでもよくて、夢は永久に夢のまま、その夢だけをずっと見させて欲しかったんだよねきっと。ただそれだけ」姉は一気に言った。その顔は陽に照らされた暑さと高揚とでいつの間にか血色が良くなっている。
「うん。そうだね、そうかもしれないね」私は言った。姉の例え話は確かにわかりみがあった。
一人の人物やグループが丸ごとテーマパークになっている。彼らはもはやキャラクターであり、常に持ち歩けるグッズもたくさんある。日常の中の癒しでありいつもそばでささやかな勇気や励ましをくれ、その積み重ねが苦しい現実を生きる糧となり日々を支えてくれる。
これがアニメや漫画の主人公ならば、そこは完全にフィクションの世界だ。声はあっても心は持たない。設定はあってもリアルでは動かない。そこが生身との差かもしれない。生身は現実世界で予想外の動きをする。恋愛もするし結婚もする。犯罪さえ犯す。その境目の区別がつきにくいからこそ割り切れない思いが募る。
「ちょっとさ、心配になっただけだから。ちゃんと食べて寝てさ、あんまり溜め込んじゃだめだよ」私はあくまでも穏やかに言った。棘を抜いたまろやかな口調で。
「うん。わかってる。なんかいろいろごめんね」姉も穏やかさを取り戻して言った。それから落ち着いたらまた駅前の美味しいお店に行こうと言い合い、それぞれの部屋へ向かった。
私は自分の部屋に入るとフゥーと深い溜息をついた。何だか緊張感のある会話で疲れが襲った。窓からはまだ西日が強く当たっている。
夢の国か…。姉達が抱いている夢の中の彼らと、当の本人達がもっている感覚って果たして一致しているのだろうか。
彼らは自分達の物語がオタクも含めてそこに携わるすべての人々の物語になっていて、その夢物語の旋律をずっと指揮し続けているという自覚をどこまで持ち合わせているのだろう。
メンバーの三十半ばでの結婚。確かに社会的には全然結婚していい年齢ではあるけれど、現代のアイドルの適齢期かというとどうなのかなとは思う。今の三十半ばって昔と違って見た目若い人が多いし、ましてや芸能人ならなおのことそうだ。だから彼らより下の世代の人気もかなりあるし、今後もっと若い新規のファンだって取り込める可能性も大いにあるはずなのだ。
そう考えるとちょっと早まった感は否めない。デキ婚ではなさそうだから尚更なぜ今のタイミングなのかわからない。今のアイドルの許される結婚基準は、ある程度仕事を残した四十代前半くらいのポジションじゃないと厳しいのは間違いない。だから昔に比べてもどんどん婚期は遅れる傾向にあるけれど、それだっていざ結婚となると時期と空気は完璧に読む必要はあるし、結婚する相手だって誰でもいいわけじゃない。今まさに問題になっている匂わせ女だったり、親子ぐらい年齢の離れたアイドルの端くれとかだったりしたら心からの祝福を受けるのは難しいだろう。
例え申し分のない相手と適切な時期に真っ当な形式にのっとって発表されたとしても、全オタクからの賛同を得られる保証などない。本当に繊細な問題なのだ。
だからこそ姉の推しグループの彼の判断が軽く見えてしまう。彼はきっと自分が結婚して、オタク達から見る男としての価値が落ちたとしても、それを上回るエンターティナーの自分を必要としてくれるオタク、パフォーマンスに価値をおいてその部分を認めて応援し続けてくれるオタクが半分くらいは残ってくれると思っているのかもしれない。
私生活とは切り離した別物の存在として。
でもさ、アイドルは所詮プロの歌手やダンサーではないのだし、演技にしてもそこだけで勝負できるのはほんの一握りしかいないのではないのか。もしそれを彼が期待しているとするならば、まだまだその領域には遠く及ばないし、磨きが足りてない。それだけで客を呼べるほどの凄みもない。
絶対にこの結婚に反対したメンバーや周りのスタッフもいたはずだと思うんだけどなー。交際中に苦言を唱えてた人も。けれど止められなかったのだろうね。
これで彼らの好感度や出てるドラマの視聴率が明らかに下がったり、いろいろな物の売り上げが目に見えて下降したら彼も自分の甘さを思い知ることになるのだろうか。
私は自分でもおかしいくらいこの一週間ほどは頭の中を同じ思考が繰り返し回っていた。"推すか捨てるか"その選択の行方。
姉の友達たちの心の行き先はいったいどこに定めるのが正解なのだろう。割り切って引き続き推し続けるのか、もう全部を完全に手放すのか。どちらもが正解であり間違いなんてないのだけれど。
そして、もし自分の推しがそうなってしまった場合姉はどう出るのだろうかと。その時私は姉に何を言えばいいのだろう。そのことを考えるだけでどんよりとした霧が頭上を覆うような感覚にとらわれる。そんな日がくることが心底恐ろしい。その時にいったいどんな言葉が姉を救い得るのか。
私にはまったくわからない。
一ヶ月が経ち、そして二ヶ月が過ぎた。
姉の周辺は相当落ち着きを取り戻していた。
耐えに耐えた二ヶ月。やはり時間が解決してくれる問題は多い。姉は自分自身のオタク生活を再開させていたし、姉の推すグループはもちろんのこと結婚発表した彼も粛々と活動を続けていた。
姉の周辺の彼のオタク達も去就は様々で、姉と活動を共にする面子にも少なからず変動があったようだ。
残るオタクに去るオタク。人生のある一部分、誰かを全霊をかけて追いかけた日々を、去っていったオタク達は将来どう振り返るのだろうか。既に汚点となっているのかそれともキラキラとした良い思い出となっていくのか。せめて後者であってほしいと部外者ながら思う。
姉が推しの結婚に直面した時にいったいどういう決断をするのかはわからないけど、もし去る側になったとしても私は姉の人生を否定したくはないし、姉にもしてほしくはない。そしてそれ以上に姉がもっと夢中になれるものができればいいと思う。その時どんなに年を重ねていたとしても。
追いかける自由も追いかけない自由もあった上で、このアイドルという媒体は今後も尽きることなく続いていくシステムなのだろうか。自分にもし子供ができたとして、その子供もまたこのシステムを体験するはめになるのだろうか。
それはちょっと怖いことだという気がしてならない。できれば避けて通ってもらいたい道だ。
どうかアイドル達に自覚を、オタク達に救いがもたらされることを切に願う。そしてすべてが夢の物語のまま清らかに終わることができればいいと思う。その場所からいつか上手に抜け出すことができるように。見えない何かがそっと導いてほしい。
もしくは未来永劫夢を見させてほしい。
彼らと彼女らの互いが互いを支え合う関係を永遠のループで繋いでほしい。ずっと心を離さないで、飽きさせずいっときも途切れないように。そして彼らにはオタク達の圧力と揺るぎない寵愛を一身に受けながら、いつか死がお互いを分つまで夢の世界で生きていてほしい。
例えどちらの選択をしたとしても、やはりキレイ事だけではいられない。キレイなのは推しだけと、その概念すら怪しい。
だからたぶん"あなたを応援している私だけがキレイ。あなたを好きな私の精神だけが尊い"が唯一の正しさなのかもしれない。例えあなたやあなたの周り、推し方はキレイでなくとも、あなたを思う気持ちがきっと差し引きゼロにしてくれるはず。
これからの姉の心の平安も、きっとここにこそあると信じたい。
いつも追っている何か。探している誰か。それが何なのか本当の意味で明確にはわからない。ただ、追いかけ探し続けることこそが尊く意味のあること。
追いつけず例え叶わずともその行為そのものが夢の世界なのだから。
どちらでもいい、彼女達に優しい世界であるならば。