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遺人(いびと)③


「何を言って……そもそも兄は独身で、生涯に一度だって結婚をしていないし、まして子をもうけたこともないはずだ。人を悲しませるようなことは決してしない、いたって真面目な人だった。そういう人だからこそ人望があり、こうしてたくさんの人が駆けつけてくれたんじゃないか」


 父の弟という人は汚いものでも見るように、私を一瞥しました。


「そうだよ、齋藤さんは真面目な人だった。あなた、名前はなんていうの?」


 近くにいた六十代くらいの女性が私に言うのです。


「……木田拓美です」


「木田拓美……?」


 女性は繰り返しました。周りにいる人々もなにか驚き、考えるようにしています。


「そうだ!! 俺の後ろに女がいるでしょう? 見えませんか? ピンクの小花柄のパジャマを着た女です!! あれは俺の母に間違いありません!!」


 私は得意げに、声高らかに叫びます。


 皆は私が指さした方を見ました。


「君、何を言っているのか、本当にわからないよ。誰もいないじゃないか」


 父の弟だという人は言いました。


「あの写真は俺の父です。それに、後ろの女も俺の母です。そして俺は、木田拓美なんですよ」


「あの遺影は私の兄で齋藤全一だ! 木田という名字を兄の口から聞いたことは一度だってない! 悪いが帰ってくれ! どうしてもというのなら戸籍なりなんなり調べて、何かしら齋藤全一と親子という証拠を示しなさい」


 なるほど、戸籍か……と私は納得しましたので、その日のところは帰ることにしました。


 そして、いてもたってもいられない私は翌日、すぐに市役所へ行きます。




「冗談ですよね? どういうことですか?」


「あの、ですから……身分証が一つもないのでしたら、住民票等、発行はできませんので……」


 受付をしてくれたおねえさんは言いました。


「じゃぁ俺はどうやって、木田拓美であることを証明したらいいのですか?」


 私はいたって冷静に、質問をします。


 しかし、やはり人間は意味がわからないと不安になり、いらいらするのです。


 私は後ろを向きます。


 するとやっぱり、ピンクの小花柄のパジャマの母はいました。


 母は心配してくれているのでしょう。


 以前よりも徐々に、私に近づいてきています。


 ゆっくり左右に揺れているのを知りました。


「証明……そうですね……何か電気やガスや水道や……公共料金の支払いや銀行口座などの名義というのはどうですか?」


 おねえさんは顔を下に向けたまま、台をじっと見つめるようにしながら優しく教えてくれました。


 なるほど、と納得しましたので私は一度、林に帰ります。


 私はひたすら歩いて林に帰ると、いかりました。


「……公共料金の支払いや銀行口座の名義だと!? そんなものはない!!」


 いかって、いつものようにあばれます。


 ささくれだった木の幹に手や足が当たるとチクリとして血がにじみ、時には肉が裂けるので、痛いのです。


「くそっ!! 俺は木田拓美だ!! 木田拓美……キダ、キダ……キダタクミ……!!」


 足をすべらし、転んでしまいました。


「うっ……」


 腰をしたたかに打ちつけ、立ち上がれません。


 私から背後が無くなりました。母はもういないのでしょうか。


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