遺人(いびと)②
「……だ、誰だよ!? あの女、誰だよ!!!」
そこには女が立っていました。おそらく年齢は私と変わらないくらいでしょう。
ただ伸びた髪は荒れていて顔は全く見えず、ピンクの小花柄のパジャマを着ていますので、もしかしたら入院患者かもしれません。
いかった私は再び父の顔に向きなおると、ツバをまき散らしながら怒鳴ります。
「ひっ、ひひひ……ひー……」
私の顔を下から見つめる父は楽しそうに、細い口元から漏れる呼吸の音だけで、楽しそうに笑うのです。
女は変わらず、病室の角からこちらを向いて立っています。
しかし、やはり顔は全く見えません。
「チッ……早く死ねよ!!」
舌打ちして父の頬を一発バチンとはたくと、いくらか気持ちが晴れましたので、私は帰ることにしました。
その数日後、一週間ぐらいの間です。父は死にました。
死んでしまったからには葬式を出さなければなりません。もちろん、火葬もしなければなりません。
私には、父と最後に会ったあの時以降、あのピンクの小花柄のパジャマで顔のうかがえない女がずっと、付いてくるようになりました。距離は一定のようです。
私の、右や左の斜め後方に、ふと気づいて振り返るといるのです。
ただ仕事をしていても、外で食事をしていても、いつも他人には見えていないようでした。
私は、彼女が自分の母親なのではないかと考えるようになりました。
そうです、きっと私の母なのです。
話は戻りますが、父は最後に会ってから数日で死にましたので、火葬だけはとにかくしなければなりません。
私の背後にはパジャマの母がいますから、私と母の二人に見送ってもらえる父はなんて、幸せ者なのだろうかと切に思いました。
そう、火葬をしなければならなかったのです。
せめてこれくらいは息子である私がやってやろうと、やらなくてはいけないと責任まで感じて、当日、私は火葬場までわざわざ出向いてやったのです。
火葬場に着くと、父はすでに燃やされている最中でした。
私はいかりました。だってそうでしょう?
息子である私が到着する前に父親が燃やされるなんて、ありえないことです。
「……だっ、誰の許可が!! 俺の父を勝手に燃やすのか!? もっ、もやす、だれだ!! 誰が燃やして!!」
私は手に持っていた数珠をその辺に集まっていた人々に向かって投げつけあばれ、叫びます。
そうです、そこには喪服を着た多くの人々が集まっていました。父の最高の笑顔の写真、遺影もあります。
あんまり私があばれるものですから、近くにいた若い男性たちに腕や足を押さえつけられました。
そして、初老の上品な男性が私に言います。
「君こそ誰だね!? 私の大切な兄の火葬だぞ!!」
「兄? 嘘だ!! 父さんに兄弟なんていない!! 俺は一度だって会ったことはない!! お前こそ誰だ!!」
目を裂けんばかりに開いた私は、涙をためながらツバをとばし、叫ぶのです。