第8話 謁見の間にて
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あれから約二週間後。
ステイフ王国の王都内では、動揺が広がっていた。
王太子であるシャルルが王太子の位を剥奪され、王室の直轄領である国境付近の騎士に任じられることが決定されたからだ。
王宮中の者や市井の民らは、事実上の左遷だと一様に囁いた。
「到底、納得などできません! 何故、私が廃太子されなければならぬのでしょうか!」
王宮の謁見の間では、すでに胸の勲章を剥奪されたシャルルが声を荒ぶらせ地団駄を踏んでいた。
だが、国王の重低音の声がシャルルの声を掻き消し、その場に緊張感が一気に広がる。
「黙れ。そなたは、貴族派と繋がりのある男爵家の令嬢に唆され、王家主催の宴の場でこともあろうか公爵家と王家の重要な契りを独断で一方的に破棄しようとしたのだ。それは、到底許されることではない」
その声は決して捲し立てているわけではないのだが、まるで少し触れるだけで切り裂かれてしまうと錯覚するほどの、鋭利さを含んでいた。
「し、しかし、それはあの女が……!」
「黙れ!」
「ひっ‼︎」
国王は一喝すると、スッと右手を上げた。
すると、これまで傍で控えていた宰相が口を開く。
「おそれながら、殿下。あなた様がなされたことは、王家と我が公爵家の契りを不誠実に一方的に反故することと等しい行為であります。そのことは、充分にご理解をなされておられたのでしょうか」
現宰相は、エバンズ公爵令嬢のケイトの実父である。
つまり、この婚約は王家と二大公爵家の一家であるエバンズ家との、大事な繋がりを保つものであったのだ。
「だが、あなたのご息女は幼気な令嬢に対して陰湿な仕打ちを」
「全くの事実無根です」
宰相は、容赦なくピシャリと言い放った。
「調査の結果、カミラ嬢が証言したことの一切は虚言であったことが判明しております」
「……なっ‼︎」
シャルルはその場で両膝を突いて、打ちひしがれた。
「……んな」
小声で呟いた声は、すぐさま罵声に変化する。
「そんなわけがなかろう‼︎ 確かに証拠は揃っておったのだ! 第一、ケイト嬢はあの時、婚約の破棄を受け入れたのだ。自身に後ろ暗いところがなければ受け入れることもなかろうが‼︎」
もはや開き直ったのか、シャルルの顔は完全に嘲笑で歪みきっていた。
宰相の隣で控えるロベールは、思わずギュッと手のひらを握り締めた。
彼は、どうしてこうも愚かな思考に傾いてしまったのだろうか。考えてみても思いもつかないし、理解をしたいとも思わなかった。
「第一、ケイト嬢は大衆の前で無様に倒れ気を失ったではないか! なんてざまだ。人望もないからどこの馬の骨ともわからぬ娘になんぞに擁護されおって。公爵令嬢の体面が丸潰れだな!」
瞬間、宰相が足を踏み込んだが、ロベールの方が寸秒早かった。
「殿下。……お言葉ですが、撤回していただきたい」
その声はあくまで冷静なものに努めたが、冷たさが滲み出ていると自身も自覚する。
そして、王太子は「ヒッ!」と思わず声を上げて尻もちをつき、後退りをした。
「撤回していただきたい」
「…………貴様……! 私を誰だと思っているのだ!」
「彼女は勇気ある行動をした気高き人だ。馬の骨などではない!」
罵声ではないが、強い語気を含んだその声は広大な謁見の間中に響き渡り、再びシャルルは後退りをした。
「……ふん」
口をつぐみ、それ以上言葉を紡ごうとしないシャルルに対して、見兼ねたのか国王は玉座から静かな動作で立ち上がった。
「シャルルよ。そなたの処遇はすでに決定したのだ。そなたは今後インファンの地へと移り、騎士として国の防衛に努めて欲しい。その後の功績によっては再び王都に戻れることもあるだろう」
「陛下‼︎ 聞いてください、私はなにも知らなかったのです! 父上!」
国王は長い息を吐き出した後、再び玉座に掛け直した。
「連れて行け」
「はっ‼︎」
カチャンという小気味のよい音を響かせて、両方の壁沿いに控えていた近衛騎士らが、打ちひしがれているシャルルの両肩を抱えて無理矢理退室させて行った。
その間、不平不満を訴える声が室内中に響いていたが、やがて消えていった。
しばし周囲には静寂が訪れたのだが、国王が息を小さく吐いてからそれを破った。
「ロベールよ」
「はっ」
ロベールは素早く玉座の前に移動し、跪いて頭を垂れる。
「私の倅が、すまなかったな」
ロベールは思わず頭を上げそうになるが、すんでのところで堪えた。
「陛下。私にはもったいないお言葉です。私の方こそ、シャルル様に対する先の無礼な振る舞いをお許しください」
「いや、私自身、大変憤りを覚えたのだ。……確か、ガーサ領のエマ嬢と言ったか」
ロベールはエマの名前を耳にすると、一瞬身体をピクリと震わせる。
「……はい」
「エマ嬢には是非、褒美を与えたい。ついては、そなたが直接赴き話を通してもらえないか」
その言葉に、宰相が反応を示した。
「お言葉ですが陛下。彼女は私の娘の恩人です。私からもなにか礼を尽くしたいと考えておりました」
「そうか。ならば流石に、どちらからともというわけにはいかぬな」
「はい」
コホンと咳払いをした後、改めて向き直る。
「して、近日中にエマ嬢の元へ赴いてはくれないか。そなたは確か、彼女と件の際に面識を持ったと聞いているが」
ロベールは小さく手のひらを握りしめた。
「はい。それでは、必ずその役目を果たします」
「頼んだぞ」
「は!」
そうしてロベールは、エマの元へと赴くことになったのだが、彼の内心は少し複雑であった。
(正直なところ、彼女には義務的ではなく、あくまで個人的に礼をしに会いに行きたかったのだが……、だが、会いに行けることには変わりはないのだ。ここは喜ぶべきところだろう)
そう自身に言い聞かせて、はやる気持ちを抑えようと小さく息を吐いたのだった。