第6話 エマのこれから
ご覧いただき、ありがとうございます。
翌日の昼下がり。
テイラー伯爵家のタウンハウス内のティーサロンでは、エマと伯母のカレンが向かい合って紅茶を嗜んでいた。
伯母は晴れ晴れとした表情だが、エマの表情はどこか冴えなかった。
現在、エマにはある気がかりがあり内心穏やかではないのだが、この問題とは正面から向き合わなければならないと強く思い立つ。
「伯母様、お話をさせていただきたいのですが」
「あら、なにかしら」
「実は、帰郷の件で少々ご相談をさせていただきたいのです」
カレンは持っていたティーカップをテーブルに置いて、小さな動作で椅子に掛け直した。
「……予定では、あなたは来週に領地へと戻るのだったわね」
「はい。……領地では来月から種蒔きの季節になりますから、それまでには戻りたいと考えています」
「……そう」
元々、エマの王都滞在予定期間は半月ほどで、特に昨日の王家主催の社交パーティーが今回の滞在のメインイベントとなっていた。
また、あくまでエマの居住地は領地のガーサであり、滞在期間が終われば領地へと戻らなければならない。
ただ、領地に戻ったところで、実家の子爵家は妹夫婦が継ぐことに決まっている。
なので、エマはこの後実家に戻ったら、おそらく適当な頃合いにどこかの貴族、ないしは商家に嫁ぐことになるのだろうと思った。
何故なら、商家の男性の中には貴族との繋がりを欲して、貴族の令嬢の実家に対して高額な支度金を積む代わりに、妻にと望む者も多いからだ。
だが、それは当然のことだと思っていた。
辺境の地とはいえ貴族の娘として生まれてきた以上、自分の役割はより家のためになる男性と結婚をすることにあるのだと、昨日までのエマもそう思っていた。
だが、昨日の婚約破棄騒動の際に出会った公爵令嬢のケイト、そして宰相第一補佐官のロベールとの出会いが、着実に彼女の心境を変えていた。
これまで築いた当然の価値観は崩れ、家の駒として結婚をするのではなく、なにか自分も誰かのために直接的に役に立つ人間になりたいという気持ちが少しずつ芽生えてきたのである。
(ケイト様のお傍で仕えることができるのなら、お役に立てるのなら、どんなに幸せかしら)
ケイトは逆境の中に突然身を置くことになっても、決して取り乱すことなく気高く、威厳すら感じさせた。
だが、婚約者から婚約を破棄されて、王都にただ滞在しているだけのなにもないエマが、公爵令嬢のケイトに対してなにか役に立つことなどできるのだろうか。
「……伯母様」
「どうかしたのかしら?」
普段ならこのような申し出は絶対にしないのだが、今はこの機会を逃したらもう二度と機会は巡ってこないと思い至り、勇気を出そうと自身を鼓舞した。
「もし、私が公爵家のご令嬢ケイト様にお仕えをできるとしたら、どのような方法があるのでしょうか」
「公爵家のご令嬢……?」
あまりにも予想外な質問だったのか、カレンは手元の扇子を開いて口元を隠しながら目を閉じた。
そして寸刻後、ティーカップに口を付けてからそれをテーブルの上に置き真っ直ぐにエマを見た。
「そうね。あなたの今の立場であれば、まず考えられるのは行儀見習いとして公爵家にお仕えに行くことでしょうね」
「……そうですか」
エマは、カレンが端からエマには無理だと決めつけないで話をしてくれたことが純粋に嬉しかった。
ただ同時に、「ケイトの侍女として仕える」こと自体はとても魅力的だと思うが、なにかが違うとも思った。
(なにかしら、なにかが引っかかるのよね……)
そう思うと、カレンに倣ってエマも目を閉じてみた。
すると、昨日境地に立たされた際に颯爽と名乗り出てくれたロベールの姿が浮かぶ。
そして、王宮から帰路の途中、馬車内でのカレンの「貴族派の仕業」という言葉も浮かんだ。
自分はもっと違う場所で、ケイトを支えるべきなのではないだろうか。そう漠然と思ったのだった。