最終話 幸せな報せ
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そうして、カミラは同行していた憲兵に連行されていき、少年レオは無事に保護されたのだった。
なお、レオが無事に保護されたことにより、実行犯であったマリは全てを自供したらしい。
そして、それは直ちに裏付けが取られ、マリやカミラを唆していた貴族の令息、ギブソン伯爵家の次男トニーが様々な暗躍をした証拠が発見されたので、彼は憲兵に連行され現在取り調べを受けていると新聞に載っていた。
「これで、貴族派の動きは抑制されるだろう」
ダイニングルームで新聞をしまいながらそう言ったロベールに対して、エマは心から安堵の息を吐いた。
「そうですね。本当によかったです」
「ああ。これで、不満を持つ者への安易な勧誘も減るだろう」
「……ええ」
確かにそれは喜ばしきことであるが、エマはカミラのあの言葉が忘れられずにいた。
『第一、生まれたときから恵まれていたあんたなんかに、私の気持ちが分かるわけがないのよっ!』
様々なことに恵まれているエマたちには、それを謳歌しながらも民のために尽くす矜持を強く持ち実行していく義務がある。
それには、国の暗部から決して目を逸らしてはならないのではないか。そう結論に至った。
そのことをロベールに話したところ彼も賛同をし、まずは貴族派が残した爪跡を少しでも元通りにすることに専念することにした。
また、毒殺未遂の実行犯であるマリの弟のレオは、彼の立場を鑑みた上でバルト家の縁ある者の養子にとるのはどうかということになったのだが、レオはそれを頑なに拒んだ。
『僕が別の家の子になっちゃったら、お姉ちゃんが帰ってきたときに迎えてあげられないから』
その言葉を聞いてエマは思わず涙を溢した。
平等ではないと周囲からは言われるだろうがそれには気に留めず、エマはロベールの助力の元、信頼のおける孤児院に彼を預け多額の寄付をした。
また、マリは未遂ではあるが毒殺の実行犯であったがために、裁判での判決は有罪であった。
だが、弟が人質に取られたことを考慮し実刑は課されず、辺境の地の修道院へと送られたのことである。
数年ほど、その地で周囲の民へと尽くしたのちに王都へ戻ることが許されるそうだ。
加えて、カミラは自ら王太子妃であるケイトを害そうとしたことで重罪とされ、実刑は免れなかった。
ただ、彼女自身に反省の姿勢が見られたために、一生涯幽閉、または極刑になることはないそうだ。
余談だが、カミラが服役を終えたのちに、「もう二度と誰かに利用されないように努めながら、市井で穏やかに暮らすつもりよ」といった内容の手紙が彼女からエマ宛てに送られてくるのであるが、それはまだ先の話である。
◇◇
そして半年後。
「今日は、個人的な茶会の招待を受けたのだったな」
「はい。あの、ロベールさん」
「なにかな」
エマは、少し遠慮がちにロベールと視線を合わせながら微笑んだ。
「帰宅しましたら、報告をしたいことがあるのです。もしよろしければ、夕方にお時間をいただけませんか」
なにかを感じ取ったのか、ロベールは真っ直ぐな視線をエマに対して向けた。
「ああ、必ず」
(本当は今すぐ告げたいけれど、今はあまり時間がないので好ましくないわね)
エマは告げたい衝動を抑えながら、王宮へと向かった。
王宮でケイトのティーサロンへと招かれたエマは、予め給仕係にあることを伝えてから着席したのだった。
「エマさん、本日はご足労をいただきまして誠にありがとうございます」
ケイトはゆったりとした翠色のデイドレスを身につけている。
「王太子妃殿下、本日はお招きいただきましてありがとうございます」
お腹が大分目立つようになったケイトを見て、エマは心が幸福で満たされていくように感じた。
ケイトが懐妊したという報せは安定期に入った二ヶ月ほど前に国中に報じられたのであったが、専属の女官であるエマには懐妊が判明した時点でケイトから直接伝えられていた。
そのときは、自分のことのように嬉しく思った。もちろん、このことがよからぬ連中に知られたら大事になるので、箝口令が敷かれた上で厳格な対策が取られている。
(これからも、細心の注意を払わなければ)
そう思いケイトを真っ直ぐ見ると、彼女は穏やかな表情を浮かべていた。
そして、ケイトの侍女がお茶を淹れ丁寧にそれぞれの席へと置いた。そのお茶はローズヒップティーであった。先ほど給仕の係に、自分の分のお茶はそれにして欲しいと指示を与えたのだった。
「そのお茶はエマさんが希望したのですか?」
「はい」
「そうだったのですね。……もしかして、エマさん」
その先は口を噤んだケイトの様子を受けて、おそらく給仕の者らをはじめ、周囲に人がいるので敢えてそうしてくれたのだろう。
なのでエマも詳細は告げなかったが、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「……おめでとうございます、エマさん!」
「ありがとうございます、王太子妃殿下」
「本当に……」
ケイトはハンカチを取り出して目元を当てた。
「幸福な巡り合わせに、心から感謝をいたします。こんなにも幸せなことがあるのですね」
そう言って微笑む彼女を目にすると、エマの目から自然に涙が溢れた。
これまで、決してよい感情だけを受けてきたわけではないし、今も王宮内では味方だけではない。
それでも、常に周囲への感謝を忘れないケイトのことをエマは心から尊敬しているし、これからも女官として力添えができたらと思うのだ。
「ですので、数ヶ月後に女官としてのお務めを休ませていただくことになると思います」
「いつまでもお待ちしております」
そう言ったケイトの笑顔を、エマはずっと覚えておこうと思った。
◇◇
そして夕方。
エマは屋敷へと戻ると、大きな窓から中庭が見渡せるダイニングルームへと、ロベールと共に入室した。
なお、中庭には現在は一月であり花があまり咲いていないのだが、それでもエバンズ卿から贈られたビオラなどの花々が美しく咲いていた。
なお、エバンズ卿からは季節の花々だけではなく、工芸品や装飾品、嗜好品など様々な贈り物を受けたのである。
ロベールは向かいに座るエマに、小さな箱を差し出した。
「君のブローチが戻ってきたんだ」
それは、件の毒殺未遂事件の際にエマが毒の検出に使用したブローチだった。
エマはそれを受け取るとそっと蓋を開く。中には美しいブローチが収められており、なんの痕も残っていなかった。
というよりも、ロベールがバルト公爵領内の腕の立つ工房に直ちに連絡をし一流の職人に依頼をしたので、修復前よりも遥かに美しく見えるほどだ。
ただ、ブローチを傷つけてしまったことは件の騒ぎの後にはなったがカレンに報告をしたのだった。
『あのブローチがあなたの大切な人の危機を救ってくれたのなら、それ以上に幸せなことはないわ! むしろ、あなたは本当によくやったわ!』
そう言って抱きしめてくれたカレンの温かさを、今もなお感じるようだった。
「本当によかった……。ロベールさん、ありがとうございます」
エマはブローチを優しく撫でると、それを早速身につける。
そして、ロベールはコホンと咳払いをした。
「それで、話したいこととはなんだろうか」
「実は、……子供を授かることができました」
瞬間、ロベールは手に持っていたティーカップを勢いよくソーサーの上に置いた。
「…………」
しばらく無言でいたのでどうしたのかと覗き込むと、ロベールは立ち上がって向かいに座るエマをそのまま抱きしめた。
「ありがとう、エマ。本当にありがとう」
ロベールにふんわりと抱きしめられながら、エマはこれまでのこと、初めて彼と出会ったときのことを思い出していた。
誰かが困っていたりなにかの危機が訪れる予兆があったとき、それを見てみぬふりをせずそれらと向き合ってこられた。
だがそれは、傍に彼がいてくれたからきっと貫き通せたのではないかと思う。
「ロベールさん。私はこの子がたくさんの幸せに触れて歩んでいけることを望みます。そして、この子も人の不幸を見逃しておけないような子に育って欲しいと思うのです」
エマはそっと自身の下腹部に手を添えた。
「ああ、そうだな。私も強くそう思う。共に慈しんで育てていこう」
「はい」
誰かに手を差し伸べることができ、また躊躇なく誰かの手を取ることができる子になって欲しい。
エマは、そっとロベールの肩にもたれこれまでのことを思い浮かべながら、そう強く思ったのだった。
(了)
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