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第57話 カミラ

ご覧いただき、ありがとうございます。

 (くだん)の実行犯であるマリの証言を元に、ロベールが率いる宰相・補佐官らが予め調査した資料と照らし合わせ、エマは王都の外れにある平民らの住宅が集合しているエリアを訪れた。


 ロベールは王宮で待機をしており、緊急事態に備えている。また、エマの傍には特別に派遣された護衛騎士らが付いている。

 件の家屋には予め先発隊が踏み込み、合図を受けてからエマは護衛騎士に先導されて続いたのだった。


 エマは廊下を抜けてリビングへと入室する。

 室内は質素な家具が置かれており、その中央に置かれたダイニングセットの椅子に平然と座っている女性がいた。

 その女性は以前に会った際には煌びやかなドレスを身に纏っていたが、今はブラウスにスカートという簡素な服装である。だが、彼女は間違いなくカミラであった。


 騎士らに囲まれても全く動じた様子はなかったのだが、エマの姿を一目確認するとカミラは勢いよく立ち上がる。


「あなたが悪いのよ! あなたのことはよく聞いてるからすぐに分かったわ!」


 なんの脈略もなく突然言い放たれたので、エマは思わず怯んだがすぐに姿勢を正した。


「それは、どういった意味でしょうか」

「言葉通りよ‼︎ あなたがあのときケイト様に声を掛けさえしなければ、皆ケイト様に失望して彼女は追放されていたのよ! それで私は、シャルル様となんの問題もなく結婚できていたはずなのにっ‼︎」

「…………」


 なにを一体どうすればそのような結論に至るのか全く理解不能であるがために、エマは素で無言になってしまった。

 思考も停止しそうになるが、なんとか意識を保った。


(彼女は今なんと言ったのかしら。……私があのとき声を掛けなければ、ケイト様は追放されていた……?)


「……本気で、そう思っているのですか?」


 それが本心なのだとしたら、カミラは貴族学園で一体なにを学んでいたのだと訊きたくなるほど唖然としてしまうだろう。


「本気よ!」

「カミラさん。先に説明をしますと、仮にあのとき私が王太子妃殿下に声を掛けなくとも、王太子妃殿下は追放されることはなかったと思います」

「そんなことはないわ!」


 エマは静かに首を横に振った。

 と同時に、今はできるだけ彼女の激情に流されないように努めなければならないと思う。


「そもそも、王太子妃殿下があなたになさったと証言した仕打ち自体が偽りだったのです。それは調査をすればいずれ判明することですので、王太子妃殿下の落ち度にはなりえないのです」


 ピタリとカミラの動きが止まった。


「嘘よ。私がそう言えば全てが上手くいくって言われたんだもの!」


 カミラは本気でそう思っているようだ。


 ただ、彼女を唆した貴族派らがどのような計画を立てていたのかは不明瞭だが、あのとき会場にいた招待客の関心をあのままシャルルらが引いていたら、貴族派の何者かが裏で動き事態が悪化した可能性はあるのかもしれない。

 そもそも、あのときケイトは「自分が悪かったのかもしれない」と、誤った思い込みに誘導されてしまっていたのだ。


 そう思考を巡らせながら、エマは周囲の憲兵らに目で合図を送り、彼らの一人が無言で頷いた。


「左様でしたか。それでは詳しいことは然るべき場所で伺います」


 その言葉が合図かのように、一人の憲兵がカミラに近づいたが、彼女は大声を上げた。


「近づかないで‼︎」


 髪を振り乱し大声を上げる今のカミラのその様子からは、およそ彼女が貴族の令嬢だったとは思いもつかない。

 ただ、確かカミラはマイラー男爵家の養女であり、元は平民として育てられたはずであった。


 また、マイラー家の女中がマイラー男爵との不慮の事態で身籠ったのが彼女だと聞いたときは身の毛がよ立つほどマイラー男爵に対して失望したが、貴族社会では決して珍しくない話ではある。

 だから、平民として育ったカミラが貴族の令嬢の教養や素行を身につけていなかったとしても、不自然ではないのだろう。


 そう思いつつ、エマは今真っ先に優先しなければならない事案に向き合わなければならないと判断した。


「レオ君はどこですか」

「レオはここにはいないわ」


 凄むカミラに、エマは怯まなかった。


「レオ君の居場所まで案内してください」

「嫌よ! 第一、生まれたときから恵まれていたあんたなんかに、私の気持ちが分かるかけがないのよっ!」


 突然なにを言い出したのかと目を見開くが、カミラの顔は真っ赤に染まっており目も潤んでいた。これは彼女にとっての本心からの叫びなのかもしれない。


「それは本心なのですね」

「そうよ! 私はね昔っから常に飢えてた。お母さんは毎日働きに出てたけど、私も働かなきゃご飯も食べられないわでろくに学校にも通えなかった。そんな私の唯一の支えはおとぎ話だったの! いいじゃない、王子様と結ばれる幸せな未来を夢をみたって!」


 目眩を覚えた。

 正直なところ、誰しもそのような境遇で育てば誰かの幸せを妬んだり恨むようになっても仕方がないのかもしれない。

 加えて、これ以上カミラの言葉を否定するのはもしかしたら筋違いなのかもしれないとも思う。……だが。


「だからと言って、それが人を陥れてもよいことの理由にはなりえません。あなたがしでかしたことは、王太子妃殿下の生命を脅かし、ひいては国の混乱を招く可能性が高い極めて悪質なものでした。その罪は決して軽くはありません」

「なによそれ……」


 カミラは、エマを力強く睨みつけた。


(カミラさんの生まれを考えたらこれを伝えるのは酷だと思う。そもそも私に偉そうなことを言える資格はないのかもしれない。けれど、私はきっとここで彼女に言わなければずっと後悔するわ)


「カミラさん。人の幸せは人の不幸からは決して生まれません。人の幸せは、人の幸せからしか生まれないのですよ」 


 それは、これまで様々な出来事を経たからこそ感じたことであった。

 その言葉の意味を理解したのかは不明だが、カミラの表情からすっと毒気が抜けたように感じた。


「幸せは幸せからしか……」


 そう呟くと、カミラはペタリとその場で座り込んでしまった。


「貴族の令嬢に、しかも今は公爵夫人になったっていうあなたになにが分かるのよって思うけど……でも……」


 カミラは、エマを真っ直ぐな視線で見上げた。


「その言葉は何故かグッときた。あまり難しいことは分からない私にも、あなたが色々と経験してきたんだろうなとは思った……」

 

 そう言うと、カミラは力なく立ち上がり、そっと懐からなにかを出した。途端に周囲の者が警戒心を剥き出しにするが、彼女が差し出したのは部屋の鍵だった。


「これは奥の部屋の鍵よ。レオはそこにいるから連れて行けばよいわ」

「カミラさん……」


 言ってからカミラは両手を上げた。降伏の意を現しているのだろう。 


「……私はきっとこれから報いを受けるのでしょうけれど、あなたの言葉は忘れないようにするわ」


 そう言い残すと、カミラは憲兵らに連行されて行ったのだった。

お読みいただき、ありがとうございました。

次話もお読みいただけると幸いです。次話は最終話となります!


もし、少しでも面白いと思っていただけましたら、今後の励みになりますので、ブクマ、スクロール先の広告の下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎でのご評価をいただけたら嬉しいです!

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