第51話 やり切れない想い
ご覧いただき、ありがとうございます。
現在ケイトは国王に会議室へと召集され、エマも参考人として先輩女官のクロエと共に同行していた。
「なるほど。そういった経緯であったか」
「はい」
エマは、国王に自分の意見をなんとか伝えたが身体はずっと萎縮している。
「了承した。そなたの働きがなければ、今ごろ大事が起きていただろう。よって、そなたには褒美を取らせよう」
「おそれ多くも陛下。わたくしは自分の職務を全うしたに過ぎませんので」
「そうか。ならば、その件は後日追って私の方から通知をする」
褒美をという言葉に、過去のことが過った。
これまで失念していたが、過去の褒美を授与するという話は流石にもう無効となっているのだろうか。
「ありがとうございます。恐悦至極に存じます」
そうして、エマはケイトらと共に会議室を退室しケイトの執務室へと移動をすると、すでに室内には他の専属女官らが集まっていた。
「今日は由々しきことが起こりました。皆さま、迅速な対応をしてくださりまして、ありがとうございました」
そう言ったケイトの顔色は蒼白く、芳しくなかった。
今日のところは離宮へと戻ってもらい、一刻も早く大事をとって身体を休めて欲しいと考えていると、ケイトがエマの方に視線を移した。
「エマさん。本日は誠にご苦労様でした。あなたが毒に気が付かなければ、今頃は……」
ケイトは身体を小刻みに震わせている。
彼女は、なにかエマが知っている以上のことを把握しているのではないかと思うが、この場で詳細を訊くのは少々そぐわないと思い言葉を飲み込んだ。
「王太子妃殿下。今日は、どうかごゆっくりご静養をなさってくださいませ」
他にも色々と言いたかったが、先ほど紡いだ言葉も過ぎたものかと思ったので、それ以上は控えた。
「ありがとうございます、エマさん。……では、一つあなたの意見をお聞かせ願えませんでしょうか。その後に離宮へと戻りますので」
「わたくしの意見でしょうか」
「はい」
ケイトは真っ直ぐとエマの目を見た。
純粋なエマの意見を聞くことで、何処か安心をしたいのかもしれない。
「そうですね。……日頃から毒味対策は厳戒ですし、王宮にはなにも持ち込むことはできないはずです。ですが、今日は普段とは違い人の出入りも激しく警備も手厚いです。それが盲点となり給仕係はそこを突いたのではと考えます」
周囲の女官らが息を飲み込む気配を感じ、ケイトも手のひらを小さく握り締めていた。
ケイトとエマは小さく頷いた。
「左様ですか。確かに、そのとおりなのかもしれません」
そう言ってケイトは椅子から立ち上がると、右手を上げた。すぐさま専属の侍女が駆け寄り、彼女の手をとる。
「迅速な対処をしていただき、誠に感謝の念が耐えません。……皆さん、今日はこれで仕舞いにいたしますのでゆっくり休息をとってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
ケイトは女官らを見渡すと、侍女と共にゆっくりと退室して行った。このまま離宮へと戻るのだろう。
加えて王太子のベルントはケイトのことを大変心配しているらしいが、公務に追われて中々こちらには来られないとのことだ。
ケイトが無事であり心から安堵したが、エマの心中は内心穏やかではなかった。
それは、エマの直感ではおそらく今回のことは特定の人物を狙ってのことではないかと予想したからだ。
そしてそれは、深夜に帰宅したロベールによって確証に変わったのだった。
◇◇
「……やはり、狙われたのは王太子妃殿下だったのですね」
「ああ。王太子妃殿下の食器のみ、銀食器から別製の食器にすり替えられていたそうだ。ただ、これは極秘事項なのでくれぐれも内密に頼む」
「はい、もちろん心得ております」
エマは、グラスに水出しのお茶を注ぎロベールに手渡した。
先ほど、エマはロベールに私室へと呼ばれたのだが、おそらく込み入った内容の話をするためなのだろうと緊張した面持ちで赴いたのだった。今二人は対面ソファにそれぞれ腰掛けている。
また、ロベールが機密事項をエマに打ち明けたのは、エマも当事者であるので打ち明けても構わないと判断をしたためだろう。
なお、銀食器は昔から主に王族や貴族らが、食事にヒ素毒を混入された際にそれを検出するために使用されているのだ。
というのも、銀はヒ素に触れると黒く変色をするので検出に利用されることが多く、そのためにエマのブローチも銀細工が施されているのである。
「毒味を会場内で行うことは使節がいる席ではそぐわないのではないかという意見があり、今回は特別に厨房の隣接された控室で毒味を行ったのだが、それが裏目にでたようだ」
「変更……」
エマは、なにかが引っかかった。
そもそも、件の給仕係が単独で動いていたとは考えにくく、裏で糸を引いている人物がいると考えたほうが妥当だろう。
そう考えると、毒味場所の変更の提案をした人物が怪しいと思い至った。
「その提案は、どなたがされたのでしょうか」
「それは、流石に私からは伝えられないが、そうだな。……彼は貴族派であるな」
「貴族派……」
思えば、先のケイトが王宮で行われた社交パーティーの場で「婚約破棄」を突きつけられたあの一件も貴族派が絡んでいたはずだ。
他にも彼らが関わっているのであろう案件はあるのだが、今はひとまず置いておくことにした。
「やはり、貴族派が企んだことなのでしょうか」
「まだ、そうとは断言できないが、そうであれば非常に厄介ではあるな。近年、彼らは労働者階級も巻き込んで王族派を牽制してきた。財力も蓄えているし、なにより耳あたりのよい言葉で大衆を味方につけている」
「そうですね……」
先のキャサリンの一件のように、一部の貴族らは自らやジェントリなどを使って労働者階級らに現体制に不満はないかと説いて回っているそうだ。
キャサリンは相手にしなかったが、中には甘い言葉に唆されていつの間にか彼らの小間使いになって犯罪行為の実行犯にされてしまうケースが後を絶たないらしい。
そのことから、甘い言葉での勧誘には注意をしなければならない。
(もしかして、あの給仕の女性もそういう経緯があったのかしら……)
そう思うとやり切れない思いが込み上げてくるが、まだ推測に過ぎず、第一エマがあのとき気が付くことができなかったら今頃取り返しのつかない事態になっていた可能性が高いのだ。
彼女に対して同情するのは、あまりにも時期尚早であるしケイトのことを思うとそれは憚られた。
「給仕の女性への取り調べは、進んでいるのでしょうか」
「いや、それが黙秘をしているので中々進んでいないらしい」
「左様ですか……」
ひと昔前なら、拷問という手法もあったのだろうが、今ではよほどのことがない限りそういったことは行われない。
「ただ、彼女は指輪以外にも毒を隠し持っていたようだ」
瞬間、鈍く嫌な音を立てながら鼓動が刻まれていくように感じた。
「つまり……」
「ああ。逃げきれなかったら、それを使用するように指示を与えられていたのだろう」
エマの心中には、恐怖心よりも怒りが込み上げた。
「人の命を……なんだと思っているのでしょう……」
気がついたら涙が溢れていた。
ロベールから差し出してもらったハンカチで拭き取っても、次から涙が込み上げてきた。
この涙は、今回の事件が発生したときからずっと心の中で込み上げていたものなのかもしれない。
「エマ……」
ロベールはエマの隣に座って、そっと肩を抱き寄せた。
そうしてしばらく彼の温もりを感じながら、いつの間にかエマは眠りについたのだった。