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第50話 違和感の正体

ご覧いただき、ありがとうございます。

 翌朝。

 エマはロベールと共に馬車に乗り、王宮へと出仕した。


「君のおかげで、今日は普段よりも体調がよいようだ」

「それはなによりです。安心しました」


 ロベールは普段なら遅い時間に帰宅し軽食を摂って眠るからか、疲れが残ることが多いらしい。

 だが、昨晩は比較的早い時間に夕食を摂ることができたし、仕事も捗り早い時間に帰宅しゆっくり休むことができたとのことである。

 エマが起きてる時間内に帰宅し、二人で談話をする時間を持てたのでエマは心に温かいものが満ちているように感じた。


「今日の合同食事会が終われば、後片付け等はあるだろうが直に落ち着いてくるだろう」

「はい、そうですね。あともう一息で日常が戻るのですね」

「ああ」


 言葉にすると、より安堵感が広がってくるようだった。

 なにしろ、現在王宮ではアウル国の使節が滞在しているので普段よりも人の出入りが多く、その分警備も厚くなっているのだ。


 それは、普段から王宮で働く者たちにとってはピリピリとした空気が漂い、どこか居心地が悪いのだ。


「明日からは休日ですし、できればゆっくり過ごしたいですね」

「ああ、そうだな」


 馬車で過ごす時間はあっという間に過ぎていき、気がつけばすでに本宮付近の馬車乗り場へと到着していた。

 エマはロベールのエスコートで降車すると、身の引き締まる思いを抱いた。


「今日もブローチがよく似合っている」

「ありがとうございます、閣下」


 エマの身につけた女官服の胸元には、以前カレンから譲り受けたブローチが付けられていた。

 

「それは、きっと君や周囲を守ってくれることだろう」

「はい、私もそう思っています」


 それは、決して比喩表現ではなくてそのブローチの特徴からそのような言葉が紡がれたのだろうが、これが使用されることがなければよいと内心エマは思ったのだった。


 ◇◇


 そして、本宮の食堂で昼食会が開始された。

 アウル王国の使節をはじめ、国王や王妃、王太子と王太子妃であるケイト、それから国の重臣らが一堂に介しており、その場は緊張感で包まれていた。


 女官であるエマは、食堂での仕事はほとんどないが、本日は最終日であるので使節との別れの挨拶をする際に専属女官は何人か付いてサポートをすることになっていた。

 

 エマはそのサポート係の補助をするべく忙しく動いているのだが、ふと会場内に向かう廊下で何か違和感を覚えて立ち止まった。


(なにかしら。特に不審な点は見受けられないけれど……)


 だが、なにかを感じたのである。

 それがなんなのかは正直なところ不明瞭なのであるが、再び歩みを進める気には何故かなれなかった。


『人を疑うことを忘れないでください』


 公爵夫人教育の終了の際の、義母からの言葉が脳裏を過った。


(人を疑うこと……)


 それは、今まさに必要なことなのではないだろうか。

 そう思うと、そっと目を閉じて食堂へと訪れた時のことから思い返してみる。すると、エマの近くを横切った女性の給仕係の手元が脳裏に浮かんだ。


(そうだわ……!)


 浮かんだのは一瞬の出来事であったが、目を開きエマは漠然とした確証を持って声を上げた。


「それを提供しないでください‼︎」


 大声で叫ばれ振り向いた給仕の女性は、ピタリと動きを止める。

 丁度、エマの近くをその女性が横切ったところであった。


「……如何いたしましたでしょうか」

「あなた、なにかを入れましたね」 


 瞬間、給仕係は目を見開いた。


「提供する予定だったスフレを今すぐ調べます」

「それは、先ほど毒味係の方が調べたはずですが……」


 給仕係は怯むことなく言い返してくるが、エマはその態度で彼女が黒だと確信を持った。


「なにもないのなら、尚更調べても支障はありませんね」


 エマは胸元のブローチを外しスプーンを手に取りスフレを掬うと、いくつか落とした。すると、たちまち銀の装飾部が黒く変色していく。


「……毒ですね。それも即効性の猛毒です。この方を拘束してください」


 エマが右手を上げると、直ちに五名の近衛騎士が駆け寄り給仕の女性を取り囲んだ。


「な、なにを……!」

「これから、あなたには別室で取り調べを受けていただきます。スフレに関しては再度検査はされるかと思いますが」


 責任はエマが持つことになるが、構わないと思った。


「そんな、私はなにもしていません!」

「あなたのその指輪ですが、先ほどまでは身につけておりませんでした。本来ならすぐに隠したかったのでしょうが、大勢の前で目立つ行動は避けたのですね」

「…………」


 給仕の女性はもうなにも言い返さずに、そのまま連行されて行ったのだった。


 ちなみに指輪というのは石座部分が開閉し、その中に毒を仕込んでおける特殊なもの、謂わゆる「ポイズンリング」のことであった。

 エマは、公爵夫人教育でそういったものの説明と対策を一通り受けているのである。


 現在、食堂では会食が変わらずに進められているが、このまま続行してよいものなのだろうか。

 いや、本来ならばすぐに中断するべきだろう。先ほどのような給仕が他にも紛れ込んでいる可能性があるのだ。


 そう思うと、エマは近くにいたクロエに事情を伝えて王太子妃のケイトにも申し伝えるようにと取り計らった。


「分かったわ。これは大変由々しき事態ね。……あなたは閣下を呼んで来ていただけるかしら」

「はい、今すぐ向かいます!」

「頼みましたよ」


 エマは宰相室へと全速力で走り、ノックせずに扉を開いた。

 普段だったら絶対に行わないような無礼な立ち振る舞いだが、今は咎めならいくらでも後で受けると思い構うことはしなかった。


「はあ、はあ、……閣下」

「エマ……? どうしたんだ」


 本来は重臣であるロベールも昼食会に参加をするべきなのだが、全ての重臣が食堂に集まってしまうと緊急時に対処が滞ることを考えての配置である。

 今はその配置であることを、心から感謝をしたかった。


「毒です、閣下。給仕係の中に毒を仕込んだ指輪を身につけた者がおりました」

「それは由々しき事態だ。直ちに昼食会を中止する!」

「はい!」


 こうして、使節を交えた昼食会は中止となった。

 だが、不幸中の幸いなことに昼食会自体がほとんど食事のコースが終わっていたこと、また、すぐに箝口令が敷かれたことにより、毒の混入ではなく厨房の手違いでデザートの提供が一部できなかったということになったので、アウル国側に不審には思われずに済んだようだ。


 そして、使節の対応は国王を始めとした王族で行い、使節らは無事に帰路についたのだった。

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