第5話 伯母のカレン
ご覧いただき、ありがとうございます。
ここから、新エピソードとなります。
「エマ……!」
エマはケイトと侍女のマリーに挨拶をしてから救護室を退室すると、栗色の髪を後ろで纏めた女性がドレスの両端を持ちながらエマの元へと駆け寄って来た。
また、宰相第一補佐官のロベールは先ほど退室をしている。
「……伯母様!」
勢いよく駆けつけて来た女性は、エマの伯母であるカレン・テイラーである。
エマの父の姉であり、グランデ家の領地、ガーサで生まれ育ったのち、十八歳のころに北東の地を治めるテイラー伯爵の嫡男であるトーマスに嫁いだのだ。
ただ、彼らの間に実子はおらず、後継は伯爵の弟の子を養子にして彼に教育を施しているそうだ。
大方の貴族は正妻との間に子を授からなかった場合は、妾を迎えて後継を残すことを選択しているのだが、テイラー伯爵は夫人に子が授かる可能性が低いと医者から聞いたときから養子を取ることを選択したらしい。
それは、伯爵が伯母のことを慈しんでいるからなのだろうとエマは思った。
「エマ、大事はない⁉︎ あなたが公爵家のご令嬢ケイト様を補佐官様と一緒に救護室にお連れしたと聞いて飛んで来たの……!」
言葉通り、どうやらカレンは重いドレスを引きずってここまで駆けつけて来てくれたようで、呼吸は荒く肩で息をしていた。
「伯母様、ご心配をおかけして申し訳ありません。……お話をしたいことがあるのです」
「……そう。ならば、話は帰りの馬車の中で聞きましょう」
「はい、ありがとうございます」
(これから話すことは、もしかしたら伯母様と伯爵様に対して迷惑をかけてしまうことになるかもしれない)
エマはそう思うと、手のひらをぎゅっと握り締めた。
◇◇
「つまり、王太子殿下の影響力が如何ほどか図りかねたけれど、家のことはともかく目前のお倒れになられたケイト様を助けに行ったと……」
「……はい」
「あなた……」
カレンは小さく息を吐いた。
やはり家のことを顧みずに動いたことは誤った判断だったのだろうか。だが、エマに後悔はなかった。
何故なら、他の誰かが声を掛けて駆けつけてくれた可能性もあるが、自分の行動自体が間違っていたとは思えなかったからだ。
それに、誰かを待っていても誰も現れない可能性もあるし、判断の機会が着々と奪われていったことだろう。
そう思うと、先ほどに自分の行動は間違っていなかったと言ってくれたロベールの言葉が脳裏によぎり、心が温かくなったように感じた。
彼の言葉の余韻に浸っていると、突然馬車の車内で立ち上がったカレンに勢いよく両肩を掴まれた。
「あなた……よくやったわ! 大変、素晴らしいわ‼︎」
責められても仕方がないと覚悟をしていたのだが、予想外の言葉に少々放心状態になる。
だから、思わず輝く瞳を向けるカレンから俯き目を逸らしてしまった。
「とてもよい行いをしたのよ。もっと胸を張りなさい」
「ですが、王太子殿下に不穏分子だと思われても仕方がないと思っています。ともかく、伯爵家や実家に迷惑をかけることになったら一大事です。何か対策を立てたいのです」
カレンは身体の動きをピタリと止め、口元に手を当てた。
この仕草は、彼女が何か考えことをしている時のものだとエマは漠然と思った。
「多分、それは心配ないかと思うわ。……おそらく今回のことも貴族派が仕向けたことでしょうし……」
「貴族派?」
「……いいえ、なんでもないのよ。ともかくあなたが心配することはないわ。わたくしたちが守るから」
そう囁くような声で言った後、カレンはそっとエマの手を握り屋敷に着くまでずっとなにかを考えている様子だった。
(伯母様はなにかをご存じなのかしら。……それはともかく、私も自分がやれることを全力でやりたいわ)
そう思うと、ふとケイトの笑顔と先ほどに感じた「ケイトの役に立ちたい」という強い気持ちが湧き上がってきたのだった。