第49話 共に夕食を
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「悪い。待たせてしまっただろうか」
「閣下、お疲れ様です。いいえ、私も先ほど来たところですので」
ここは王宮であるので、本来ならば夫婦という関係は考慮せずにより丁寧な言葉を使用した方が好ましいのかもしれないが、王宮内とはいえ今は周囲に人はいないのであまり固くならないようにとエマなりに配慮をし、中間をとって先ほどのような挨拶となったのだ。
ただ、突然誰かが来訪する可能性もあるので、呼び名は敬称を使用することにしている。
また、毎朝朝食を共にしているとはいえ、最近では休日でもあまりロベールと共に過ごすことができないので、落ち着いて彼の顔を見ることができたのはとても久しぶりだなと感慨深い気持ちになった。
それから皿や食器、飲み物を用意すると二人の夕食が始まった。
持参した容器の中には、バゲットのサンドウィッチや色とりどりの茹でた野菜、フルーツが敷き詰められている。
どれも気軽に食べられるものであるし、バゲットに挟んである生ハムの塩気は仕事後の疲れた身体にほどよく浸透してより食欲が増すだろう。
なによりも、周囲に給仕の者らがいないため、ロベールと二人きりで食事をすることができること自体が新鮮で心地がよかった。
「閣下は、トマトと生ハムはお好きですよね」
「ああ、そうだな」
「よかった。今回のバゲットは生ハムとトマトがメインなんです」
共に暮らすうちに、相手の嗜好を徐々に理解していく。
ロベールと結婚をしてから三ヶ月ほどが経つのだが、お互いに、特にロベールが多忙の身のために中々二人で過ごす時間を取ることができていない。
それでも少ない機会を無駄にしたくないと、エマはロベールとの食事の際に彼がなにが好きなのか訊ねたことがあった。
加えて、執事や給仕の者らの意見を聞きながら今晩の夕食のメニューを決めたのだ。
ロベールはバゲットを手に取ると、上品に食していく。
幼い頃からマナーを叩き込まれているだけあって、少々食べ辛いバゲットのサンドウィッチを綺麗に頂くことができて素敵だなと、エマはロベールに見惚れていた。
「とても美味しいので、是非君も食して欲しい」
「は、はい!」
口元を緩ませて食事を勧めてくれるロベールを見ていると、ほんわかと温かい気持ちが広がっていきずっと見ていたいという気持ちが込み上げてくる。
とはいえ、エマは今日はもう仕事は残っていないが、ロベールはこの後に再び執務に戻らなければならないのだ。
ロベールはきっとエマが食事を終えるまで待っていてくれるので、彼を煩わせてはいけないと思い、食事を開始することにした。
バゲットと生ハム、それにトマト。
アクセントにチーズとグリーンリーフも挟まっており、しっとりとした食感が嬉しく、とても美味しいと思った。
それに、今は何よりもロベールと同じものを頂けることができ美味しいと思えることが、なによりも幸せだった。
そして食後の紅茶を飲んでいると、エマはふとあることを思い出した。
「そういえば、私たちの結婚式に届いた祝辞ですが、結局のところなんだったのでしょうか」
瞬間、ロベールのティーカップを持つ手が止まったが、すぐにカップを口元に運んだ。
「そうだな。実は、あれから家令のビクターを通じて調べてはみたのだが、有力な情報はほとんど得られなかったのだ」
「そうだったのですね」
「ああ。……ただ、私にはあの祝辞は文面通りではなく、なんらかの意図が込められたメッセージではないかと思うのだ」
「ということは、なにかの暗号でしょうか」
「その線でも調べてはみたのだが、どうやらそうではなさそうだ」
「……そうなのですね」
あの祝辞は、暗号ではなくただ純粋に誰かからのメッセージの可能性があるのだという。
確か内容は、
『おめでとう。今日のような日が来るとは思っていなかったが、遠くからあなた方を見守っている』
というものだったはずだ。
あの時は、式の最中で気を抜くことができなかったからあまり気に掛からなかったが、よく考えてみると件のメッセージはどこか不自然に感じられる。
そもそも、祝辞であるのに「今日のような日が来るとは思わなかった」というような文面を送るのは、通常であればあまり好ましくはないだろう。
(もしかして、祝辞の内容ではなくて、なにか祝辞を送ったこと自体に別の意図があったのかしら。たとえば、自分自身の存在に気がついて欲しい、とか)
そう考えを巡らせるが、何分情報不足のためにこれ以上の推測は難しいと思い一旦保留にすることにした。
ただ、送付者はエマとロベールの知り合いではあるが、決して送付者とエマらとは親しくはない間柄なのだと伝えたいのではないかと漠然と思った。
「ともかく、引き続き情報はないかこちらで調べることにする」
「はい、よろしくお願いします」
エマが頷くと、ロベールは目を伏せた。
「そもそも、今日のような日が来るとは思っていなかったなどと送った人物に、一言苦言を呈したかったのだ」
「と言いますと……」
「私は君と一緒になれたことを誇りに思うし、一体どの場面の私たちをみてそう思ったのだと質問したいのだ」
「か、閣下」
ロベールの純粋な言葉に、一気に身体が熱を帯びていった。
「……まずいな。このままでは離れがたい」
「私もです。……ですが、お屋敷で閣下のお帰りをお待ちしておりますね」
その言葉に反応したのか、ロベールは椅子からスッと立ち上がった。
「ああ。今日はいつもよりも早く帰宅できるように、これからより努めたいと思う」
いつもならば遅くなるから先に就寝しているようにと伝えられるところだが、今日は自分の言葉を受け取ってくれた。
その意味するところを思うと顔が熱くなってくるが、エマは純粋にたまらなく嬉しいと思ったのだった。