第34話 ロベールとのダンス
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そしてカレンらが席へと戻ると、丁度、国の重臣たちとの話を終えたロベールがエマと合流した。
「君を一人にしてしまい、すまなかった。ご家族と話ができたようだが」
「はい。伯父様と伯母様とご挨拶をすることができて安堵しています。特に義兄の婚約者とお話しすることがようやく叶って嬉しく思っていました」
「義兄の婚約者?」
「はい。実は……」
これまでの経緯を簡単に掻い摘んで説明をすると、ロベールは表情を和らげて小さく頷いた。
ちなみにエマはまだ、カレンとテイラー伯爵のことを面と向かって「義父、義母」と呼ぶことができていなかった。
それは、彼らの養子となってまだ日が浅いということもあるが、彼らに対してどこか遠慮をしているということもあるのかもしれない。
「そうか、それはよかった。これから私も、改めて挨拶をさせてもらえればと思う」
「それは皆、とても喜ぶと思います!」
思わず感嘆の声をあげてしまったが、同時にはしたなかっただろうかとも思う。
だが、ロベールは優しく微笑んでいた。
「ああ。君の笑顔を見ていると、こちらも嬉しくなるな」
たちまち、エマの頬が熱くなってくる。
「そ、そうなのですか?」
「ああ」
とても嬉しいが、心臓が酷く波打ってきて持ちそうにない。そう思っていると、二人の傍に公爵家の執事が寄ってきた。
「ご歓談中失礼いたします。エマ様のご家族がご到着なされました」
瞬間、鼓動が波打立った。
それは、先ほどのものとは全く別の種類のものだった。
エマは実の家族との間には、少なからず溝ができていると内心で思っている。特に妹のマニカとは上手く話すことができるだろうか。
そして、少し間を置いてエマの父のアラン、母のレア、妹のマニカが会場へと足を踏み入れた。
「お久しぶりです。お父様、お母様」
「エマ。到着が遅くなり申し訳なかった。検問で少々時間が掛かってしまってな」
「いいえ、お越しいただきまして、本当にありがとうございます」
妹のマニカの夫カルロは、領主代行として父アランの不在を守っているとのことだ。
一聴すると家族仲は円満そうであるが、何処か纏っている空気は重く感じる。
「小公爵様。本日は誠におめでとうございます。また、先日の顔合わせの際にご挨拶ができず申し訳ありません」
そう言ってアランは頭を深く下げた。
アランは嫁の父という立場だが、バルト公爵家はグランデ子爵家の治める領地を統括している立場であるので、頭が上がらないのは当然であった。
また、エマが結婚するにあたっての持参金は実家が出すことになっているのだが、公爵家に嫁ぐにしては破格の額で話がついたらしい。
反対に、最初は公爵家が支度金を出すという提案まであったらしいが、それは丁重に断ったとのことだった。
「お義父上。お会いすることが叶い喜ばしく思います。ご足労をいただき感謝いたします」
「こちらこそ、これからどうぞよろしくお願いいたします」
ロベールに対してアランが深く辞儀をしていると、マニカがエマに対して声を掛けたてきた。
「お姉様、おめでとうございます」
「ありがとう、マニカ」
マニカはにこやかな表情だったが、その実目は笑っていなかった。
「子供たちは実家にいるの?」
「領地で乳母が見てくれているわ。カルロもいるし」
そう言いながら、マニカの視線がエマの隣に立つロベールに向けられていることはすぐに気がついた。
その両頬は赤らみ、ギュッと右手を握り締めたかと思うと、小さく息を吐き出してから改めてロベールの方を見た。
「義兄様。本日はおめでとうございます。エマ・グランデの妹マニカ・グランデでございます。不束な姉ですがよろしくお願いいたします」
「ああ、こちらこそよろしく」
普段のロベールなら、もう少し丁寧に対応をするのだが、今回は少々簡素な対応だと思った。
「姉はお祖母様のお世話を進んでしていたのですよ。とても尊敬ができる姉です」
突然、マニカはなにを言い出したのかと思った。
そもそも、実家にいた時は祖母の世話をするエマのことを彼女はよくは思っていなかったはずだが。
そう思いを巡らせマニカの方に視線を移すと、彼女の口元が歪んでいるように見えた。
(私のことを褒めているように見せかけて、言葉の裏では令嬢であるのに他人の世話をしていたと、暗に閣下に伝えたいのだわ)
それは、他人の介助をしていた人間はまるで公爵家の夫人には相応しくないとでも言いたげだった。
その考えは、非常に祖母に対して不誠実な考えでもあるので、怒りが沸々と湧き上がってくる。
(閣下には、以前に軽くお祖母様の介助のことはご説明をしているけれど……)
その実、ロベールはどのように受け止めるかは不明瞭だとも思った。
「そうだな。君の姉上、いや私の婚約者は思いやりのある素晴らしい女性だ。私は常に彼女を尊敬している」
「…………!」
マニカは瞬間言葉を失くしたのか、少し間を置いてから小さく頷くのみだった。
(閣下……)
エマの心は感動で震えていた。
そのように思ってくれて受け取ってくれたことが、純粋に嬉しかったのだ。
「そうですか。……姉は幸せ者ですね」
もう、それ以上マニカは言葉を紡がなかった。
そして婚約披露パーティーも終盤となり、会場内では弦楽器の軽やかな演奏がより際立って聴こえた。
「一曲、私と踊ってくれないだろうか」
「はい、喜んで」
エマは、ダンスの心得は女官試験の受験生だった頃に選択科目だったこともあり一通り習ってはいたのだが、正直なところこのような大勢の前で、しかも密接するだけで鼓動が高鳴ってしまうロベールを相手にするのは少々不安だった。
だが、いざダンスが始まると彼のエスコートがとても上手だったので、なんとか彼の靴を踏まずに一曲を終えることができたのだった。
その二人の──主にエマの様子を、冷ややかな視線で見ているマニカの存在にエマは気がついたが、今も握っている手から伝わるロベールの温もりを感じると、不思議とその視線は気にならなくなったのだった。