第31話 ケイトの執務室で
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そして約九ヶ月後。
季節は初夏に移り変わっていた。
エマは、王太子妃付きの女官となり二年目に入ったが、今年度は新人の女官の登用もなかったので、四名いる女官の中でエマは相変わらず一番の後輩であった。
だが、仕事自体は慣れてきたこともあり、今では先輩の女官の指示がなくとも、大抵のことであれば独自の判断で仕事を行うことができるようになった。
また、キャサリンの職場である図書館に彼女をなにやら怪しい団体に勧誘しようとした青年が通い詰めていた件は、あの後宰相であるロベールの采配で王宮の敷地内全体に衛兵を増やし各部署に警戒するようにと通知を回した結果、彼は現れなくなったそうだ。
キャサリンにも笑顔が戻り、エマはホッと胸を撫で下ろした。
最近では、お互いに仕事が忙しくて中々食堂で会う機会も減っているのだが、それでも休日に共に買い物に行くなど交流は持っていた。
そうした中、先の婚約破棄騒動を引き起こした男爵令嬢カミラのマイヤー家は、虚言を弄した罪で爵位を剥奪され平民へと落とされたと人伝に聞いた。
あまり詳しくは分からないが、現在カミラは王都の外れで洗濯婦として働いているらしい。
「……ところで」
「はい、いかがなさいましたか?」
エマは、現在ケイトの執務室で書類の整理をしていた。時刻は二十時を回っていて、他の女官たちは皆帰宅しており、エマのみケイトの指示で残業をしているのだった。
ケイトは書類を机に置くと、小さくコホンと咳払いした。
「エマさんは将来を考えているお相手は、いらっしゃるのかしら?」
普段から、ケイトはエマに対してあまりそう言ったことを話題にはしないので意外に思いながら、力を込めて首を横に振った。
「残念ながら、わたくしにはそういった相手はおりません」
気がつけばエマは二十一歳となっていた。
ケイトは十八歳の時に結婚をしているし、幼い頃から婚約者がいる貴族にとってはこの歳で未婚となると、そろそろいき遅れの烙印を押されてしまうのだった。
ちなみに、妹のマニカは今では二児の母である。
ただ、実家の乳母からの手紙によると、マニカとカルロの夫婦仲は冷めきっているとのことだ。
それは、あのような経緯があって結ばれたことが原因なのかもしれないが、エマはそのことに関しては預かり知らぬことだと思った。
「左様ですか。……ですが、意外とそういったお相手は身近にいるのかもしれませんよ?」
「そうでしょうか。……ただ、私には身に余ることだと思っておりますし、精一杯今のお役目を務めていきたいのです」
「それはとても心強いですね。……遅い時間に申し訳がないのですが、こちらの資料を宰相の執務室から借り受けてきてもらえませんか?」
宰相の名前をケイトから聞いた途端、胸が痛んだ。
「はい、かしこまりました」
頷くや否や、ノックの音が響きケイトが通るように促すと王太子ベルントが入室してくる。
「ケイト、今日の執務が終わったので迎えにきたよ。君はとても愛らしい」
「ふふ、殿下もとても素敵でいらっしゃいます」
執務時間外等、節度を持った時間帯でありプライベートな場所ならいつも決まって会った途端から二人は互いに手を取り、甘い空気を醸し出しイチャイチャ……、もとい見つめ合うのであった。
これは邪魔してはいけないと思いササっと退室すると、宰相室の扉前でピタリと止まる。
(どんな顔をして、お会いすれば良いのかしら……)
先ほどのケイトと王太子の睦み合いが脳裏に過るが、必死にかき消し深呼吸してから扉を四回ノックした。




