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第30話 宰相室にて

ご覧いただき、ありがとうございます。

「そうか。君の言い分は理解した」


 宰相の執務室へと赴き、応接用のソファに腰掛けて宰相であるロベールに事情の説明を終えると、エマはホッと胸を撫で下ろした。


 エマはあの後、宰相の執務室宛に今日中の面会をダメ元で申し込んだのだが、意外にもその希望は叶い今に至るというわけである。


「今回の機会をいただけましたこと、心から感謝をいたします」


 本来であれば、当日にアポイントメントを取ることはまかり通らないことなのだが、あくまでロベールの厚意で人払いをしてまでエマの話を聞いてくれたのだ。

 それだけでも充分高待遇を受けているといえ、たとえなんらかの成果が得られなくても構わないとエマは思ったのだった。


(ただ、なにかご助言をいただければありがたいのだけれど……。いいえ、今回は閣下に事態を知っておいてもらいたくて場を設けてもらったので、これだけでも成果といえると思うわ)


 特に王妃付きの女官であるスミスの件は、ロベールの立場からはなんとも判断を下し辛いだろう。

 彼とて宰相には就任したばかりであり、前例のないことを行って波風を立てたくはないはずである。


「まずシュナイ女官の件だが、了承した。ただ、私たちも彼女に事情聴取を行ったのだが、その際とは証言に食い違いがあるようだ」


 あの後、事情聴取は行われたのだろうが、スミス女官は先輩女官の手前、虚言を(ろう)しなければならなかったのだろう。

 尤も、このような虚言の場合は他者から圧力があったと認められれば、大方の場合本人は咎めは受けないようであるが。


「ただ、誰の過失であったかはともかく、今回は王妃付きの筆頭が責任を取ることが妥当だろう。また、件の女官はたとえ責がないと判断されたとしても、このまま王妃付きの女官としておくのは難儀と判断する可能性が高い」


 仮にスミス女官に非がなく、更に上の人間が彼女の無実を公表したとしても、一度ついてしまった悪評や疑いを完全に払うのは難しい。

 何故なら、スミス女官がこのまま王妃付きとして仕えるとすると、周囲に彼女に対する醜聞を流される可能性もあるからだ。


(そうであれば……スミスさんは異動になるのかしら……)


 心が重くなるように感じたが、ふとあることが気にかかる。


「その場合は、スミスさんはどのような事由で異動となるのでしょうか」

「そうだな。できるだけ、不自然にはならない事由が好ましい。たとえば、該当部署の欠員の補充等が適当だろう。その際には充分噂には配慮した方がよいな」


 重たい心が、少し軽くなったように感じた。


「ということは……、スミスさんは責任を取らされるわけではないのですね」

「無論だ。……ただ、王宮女官の中で虚言を働いた者がいるようだ。その責は本人らに負ってもらわねばならない」


 虚言を働いた女官とは、あの三人の女官のことだろうか。


「だが、これはあくまでも私の中での推測に過ぎないし、これからシュナイ女官に改めて事情を訊き、王妃殿下や他の重臣らと協議をして決定するつもりだ。なので、このことはくれぐれも他言無用で頼む」

「はい、承知いたしました」


 このようなことまで打ち明けてもらってもよかったのだろうかと思ったが、よく考えてみるとロベールはあくまで「推測」と言ったのだ。

 グレーゾーンのような気もしたが、あまりそのことには触れない方がよいとエマはそっと思った。


「それから、アシュリー女官と言ったか。彼女が出仕する図書館で、不審な勧誘をする者がいるということだな」

「はい」

「そうか。そのことも充分留意し、至急対策を立てることにする。知らせてくれたことを君に感謝したい」


 そう言って微笑むロベールを見た途端、たちまちエマは自分の両頬に熱が帯びていくのを感じた。

 なにしろロベールは美青年なのだ。彼の微笑んだ顔にはとてつもない破壊力があった。


「は、はい。こ、こちらこそ、ご、ご相談にのっていただき、あ、ありがとうございました」


 挙動不審になりながらも、なんとか言い切ることができたが、落ち着くためになにか飲み物を飲みたいと思いつき目前のティーカップを手に取ると、ふと馴染んだ香りが漂った。


(この香りって、……あの差し入れの紅茶と同じものだわ)


「あの、閣下。この紅茶なのですが……」

「ああ。とてもよい香りの紅茶だな。……この茶葉はこの部屋に常備してあるんだ」


(…………‼︎)


 再び、たちまち両頬に熱を帯びてくるのを感じた。


(やっぱり、あの差し入れは閣下からのものだったのかしら。でも、それを直接訊くのは私の心臓がもたないわ……)


 だが、もし贈ってもらったのが目前のロベールであれば、礼を言わないわけにはいかないと、エマは力強く打ち付ける鼓動を感じながら自身を奮い立てた。


「閣下。紅茶とお菓子を差し入れていただき、誠にありがとうございました。お陰でとても落ち着くことができました」


 ロベールは一瞬動きを止めたが、すぐに穏和な表情に変わった。


「……ああ。少しでも、君に喜んでもらえたのならよかった」


(閣下……)


 エマはロベールの笑顔を見ていると、何故か胸がぎゅっと締め付けられるのを感じたのだった。


 ◇◇


 そして、それから約二週間後。

 王宮では王妃付きの女官であったスミスが、諸事情により本宮の庶務を担当している部署への異動となった。

 また、三人の女官が謹慎処分となったのだが、その詳細は公には伏せられている。

 

 宰相室でそうした一連の騒動の後処理を行っていると、ロベールはふと動かしていた万年筆の動きを止めた。


「……彼女は大事ないだろうか」


 思い浮かぶのは、二週間ほど前にこの部屋で面会した時のエマの笑顔だった。

 ロベールの立場上、癒着を疑われかねないので易々とエマに接触することは叶わないのだが、彼はそのことを歯痒く感じていた。


「そろそろ、よい頃合いだろうか。……いや、少なくとも来年度まで待つべきだ」

「君は、相変わらず生真面目だな」


 突然声を掛けられたので反射的に視線をその声のした方へと向けると、そこには王太子であるベルントが立っていた。


「殿下。入室される際はノックをしてくださいと、日頃から申し上げているでしょう」

「何度もしたけれど、応答がなかったから入室したまでさ。……ところで、先ほどの宰相の呟きなんだけど」


 ロベールはコホン、と大きな咳払いをして暗に余計なことを言わないようにとベルントを牽制した。


「まあ、私の一人言として受け取って欲しいのだけど、彼女結構文官の間で人気があるようだよ。時折困っている人の相談に乗ってあげているようだし、そこがよいという文官が大勢いるらしい。うかうかしているとまずいんじゃないかな」


 ピタリとロベールの動きが止まった。

 確かに、そういった噂が文官の間で囁かれていることは実際に聞いたことがあった。


「せめて、そろそろどこか食事に誘うとか、行動を起こした方が良いと思うんだけど」

「……ご忠告感謝します。ただ安易に行動を起こせないのが実情なのです」


 新人の女官であるエマを、気安く宰相であるロベールが食事等に誘うのは周囲にあらぬ噂が立つおそれもあり、あまり好ましいこととはいえなかった。


「それは重々承知しているけれど、せめてなにか計画していた方がよいんじゃないかな」


 今日はやたらとベルントが煽り立ててくるが、それにはなにか事情があるのかとも思った。


(もしかしたら、王太子妃殿下が彼女のことを心配しているのかもしれないな)


 そう思うと、ロベールはふと先日エマが腰掛けていたソファが気にかかり、そちらに目線を移した。


「……ここがよいな」

「どうかしたのか?」


 ロベールは小さく頷くと、王太子の方に視線を戻した。


「殿下。ご相談があるのですが」


 そうしてロベールは、ある相談をベルントにしたのだった。

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