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第29話 涙

ご覧いただき、ありがとうございます。

 翌日の午後。

 昼休憩の終了後に、早々エマは宰相の執務室へと呼び出された。


 同僚のクロエと共に入室すると、すでに王妃付きの三人の女官に加え、文官長と女官長がそれぞれ待機をしていた。


 また、よく確認をすると三人の女官の側にはもう一人小柄な女官が控えていた。

 昨日は見かけなかったが、彼女もなにか今回の件に関係をしているのだろうか。


「それでは皆揃ったな。それでは、これより調査結果の報告を始める」


 これから、資料の紛失についての調査報告が行われるということであるが、調査は一日ほどで終了したのだろうか。

 そうだとしたら、その内容によってはエマの処遇が決まってしまうのかもしれない。


 そう思い、エマは高鳴る鼓動を抑えながら右の手のひらをギュッと握りしめた。


「単刀直入に結果を告げる。紛失した書類は、王宮付き女官が管理をしている後宮の資料室で発見された」


(後宮の資料室……?)


 その部屋は、王妃付きの女官でない者は出入りすることができないはずで、ひいてはエマは無関係なのだということが証明されたのであった。


 ホッと胸を撫で下ろし、ふと自分自身に容疑を向けてきた三人の女官の方に視線を移すと、彼女らは眉一つ動かしていない。

 その様子に、何かよくないことが起こっていると漠然とした感覚を抱いた。


「実は、こちらにおります入官してから二年目の女官が、誤って資料を資料室に持ち込んでしまったのです」


 ベテランの王宮女官に背中を押されて前に押し出された小柄な女官は、恐縮しているのか俯いて身を固くしている。


「それは左様か」


 小柄な女官は、俯きながら小さく頷いた。

 ロベールはしばしその女官を眺めると、小さく頷く。


「それでは、本日はこれで一旦解散とする。スミス女官は後日招集をかけるので応じるように」

「……はい……」


 そうして一同は退室し、三人の女官はスミスを押すように連れ出そうとするが、彼女は足がもつれて転んでしまった。


「大丈夫ですか?」

「……はい、ありがとうございます……」


 スミス女官の顔色があまりにも悪いように感じ、昨晩のキャサリンと重なって見えたので、エマは勇気を出して切り出してみた。


「よろしかったら、少しお時間をいただけませんか?」

「…………はい」


 断られるかと思ったが、意外にもあっさりと了承してくれたので、エマはともかくクロエや女官長に事情を伝えてから控室に彼女を連れて行った。


 控室には女官たちの私物が置いてあり、エマは自分が割り当てられている棚から紅茶の茶葉の入っている缶を取り出して、控室に備え付けられているティーカップにお茶を淹れた。

 ちなみに、茶葉は先日差し入れてもらったものである。


 控室の椅子に掛けてもらっていた小柄な女官のテーブルの前にお茶を置いて、改めて彼女と向き合った。


「よかったらどうぞ。よい香りがするので、とても心が落ち着きますよ」

「……いただきます」


 女性は遠慮がちにティーカップの柄を持つと、紅茶を一口含んだ。


「……美味しい……」


 そう言ってテーブルの上にティーカップを置くと、女性の瞳から一筋の涙が流れた。

 

「どうかしましたか……⁉︎ 紅茶が熱かったとか……」

「違うんです……。わたくしではないのです……」

「わたくしではない?」


 疑問を抱き事情を訊いてみると、ポツリと胸の内を打ち明けてくれた。


「先ほど先輩方が、新人の女官が書類を手違いで後宮の方の資料室に紛れさせてしまったと仰っていましたが、違うんです。わたくしは資料を触ってもいないのですから」


 そうして、言葉を吐き出したのがきっかけとなったのか、彼女は大粒の涙を零した。

 エマは、すぐさまポケットからハンカチを取り出して彼女に手渡した。


 そうして彼女が落ち着いたところで、詳しい事情を訊くことができた。


 彼女の名前はスミス・シュナイ。

 王妃付きの女官となって今年で二年目の新人である彼女は、先ほどの王妃付きの女官の説明通りならば資料を紛失させてしまったということになっている。


 だが、スミス曰く彼女はその資料には触れてもいないし、見たこともなかったとのことだ。


「まあ、それは本当ですか?」

「はい。王妃殿下にお仕えする者として、誓って嘘は申しておりません」

「左様ですか……」


 スミスの言っていることが真実であれば、先ほどの王妃付きの女官たちは口裏を合わせて嘘をついているということになる。

 そもそも、彼女たちは碌にエマの言い分を訊きもしないでエマが悪いと決めつけてきたのだ。

 新人のスミスに狙いをつけること自体は、充分に考えられる。


 もし、それが事実なのだと仮定すると、おそらく実際にはあの三人の内の誰かが過失をしてしまったのだろう。


「事情は分かりました。わたくしは、スミスさんが言っていることは真実だと思います」

「信じていただけるのですか?」

「はい。……ですが正直なところ、このことはわたくし一人では向き合うことができないと思います」

「そうですよね……。ですがよいのです。話を聞いていただけただけで気持ちが楽になりましたから」

 

 そう言って立ち上がり深く辞儀をした後、スミスは退室しようとした。


「このお礼はいずれ。それではお仕えがありますのでそろそろ……」

「待ってください」


 エマもスッと立ち上がった。

 彼女の脳裏には、以前かけてもらったロベールのある言葉が浮かんでいた。


「……ある方に、この件を相談してみます。結果はすぐにはでないかもしれないですが、よろしいでしょうか」

「……エマさん……」


 スミスは咄嗟にハンカチで目尻を当てた。


「このように親切にしてくださって、本当にありがとうございます。あなたも容疑を向けられてお辛かったでしょうに……」

「いいえ、困った時はお互い様ですから」


 エマがそう言うと、スミスはそっと微笑んだ。

 エマは彼女のその笑顔を、しばらく忘れないようにと心に刻みつけた。


 そして、キャサリンのことと合わせてのことになるが、エマはロベールに相談をしようと強く決意をしたのだった。

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