第28話 キャサリンの心配事
ご覧いただき、ありがとうございます。
その後エマは、紅茶と焼き菓子をいくつかいただくと、少し落ち着くことができた。
「よく考えてみたら、王妃付きの女官の方々は口々に私が悪いと言いがかりをつけてきたけれど、特に証拠があるわけではないのよね……」
身体が温まり糖分を摂ったからか、思考が回るようになった。
そもそも、女官たちの言葉には何の裏付けもないのだ。あの言葉だけでは、エマに非があることにはならないだろう。
(女官長と文官長、それに閣下が間に入っている以上、あの方々のご実家がいくら上位貴族とはいえ、事実を捻じ曲げられたりはしないはずだけれど……)
そう思いたいが、過去にそういった前例がないわけではないので何とも言いがたかった。
「ともかく、ここで考えていても仕方がないわ。食堂に行きましょう」
時刻はすでに十八時を過ぎており、食堂が解放されている時間となっていた。
焼き菓子は夕食の前だったので量を控えていたし、空腹感を覚えていたのもあり、速やかに食堂へと移動する。
食堂のカウンターで今日の料理を受け取りトレイに載せると、すでに着席しているキャサリンがいることに気がついた。
軽く挨拶をしてから相席すると、どこか彼女の様子が普段とは違うことに気がついた。
顔色が悪いように感じるし、夕食のビーフシチューやパンもほとんど手付かずのようだ。
エマは食事の途中で、意を決してキャサリンに訊いた。
「キャサリンさん、なにかありましたか?」
「い、いえ。特には……」
「それならよかったです。顔色がすぐれないように見えたので」
キャサリンは目を瞬かせて、少し間を置いてから切り出した。
「エマさんはとてもよく見てくださっているのですね。……実は、少々心配ごとがありまして。相談にのっていただいてもよろしいですか?」
「はい、もちろんです」
二人は食事を終えると、キャサリンの個室へと移動した。
そしてお互いにソファに腰掛けると、キャサリンが小声で切り出した。
「実は最近、図書館に少々しつこいお客様がいらっしゃるのです」
「しつこいお客様?」
「はい。あなたの今の待遇に不満はないか。不満があったら一緒に来てほしいと三日に一回は来られるのです」
「それは……、中々厄介ですね」
「はい。いつも不満はないと説明をして、その時は分かったと言ってお帰りになるのですが、また後日になって何事もなかったかのように現れるのです」
そういった類の人間は、時々現れると聞く。
だが、皆一様にこちらが受け入れる姿勢を見せるといいようにつけ込まれるらしい。
王宮の敷地内の図書館とはいえ、様々な派閥の貴族が出入りすることができる場所なので、全ての危険因子を取り去ることができないのが実情だった。
「上司に相談をしたのですが、どうも相手は高位貴族のご子息らしくて、中々出入り禁止にはできないらしいのです」
「そうなのですね。なにか力になれればよいのですが……」
「いえ。……なんだか、エマさんに聞いてもらったら胸がスッとしました。そのお気持ちだけでもとても嬉しいです」
エマはそう言って微笑んだキャサリンを見ていると、ふとロベールのことを思い出した。
(機会を設けて、閣下に相談することができれば……)
そう密かに思うと、その手立てを思い巡らせていく。
(そういえば、先ほど落ち込んでいた気持ちが軽くなっているわ)
日々の生活の中で、ときに皆様々な出来事に見舞われることもあるが、誰かの役に少しでもなることができればとエマは思ったのだった。