第27話 温かいお茶
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事情を訊くためなのか、エマの傍まで近づいて来たロベールに彼女は咄嗟に頭を下げた。
「閣下、お手間をかけてしまいまして、申し訳ありません」
「そんなことは気にしなくてよい。それよりも、君は大丈夫か?」
「はい……」
ロベールは手のひらを握り締めた。
「今回の件は私の立場上、君個人を優先にすることはできない。そのため、以前の約束を履行することができず、申し訳がない」
(以前の約束……?)
エマはあることに思い当たった。
それは、以前に王太子妃であるケイトの結婚式の際にバルコニーでロベールから掛けられた言葉だった。
『……これから君は王宮で働くわけだが、ときには様々なことが起こるだろう』
ロベールの予言めいた言葉を今改めて思い出すと、胸の奥が騒めき立った。
『何かが起きたら、どんな些細なことでも構わない。一度、私に相談してくれないだろうか』
「いえ、そんな。お気に掛けてくださり、とても嬉しく思います」
そう気丈に振る舞おうとするが、どんなに抑えようとしても声が震えてきてしまう。
「……では、失礼する」
「はい。お忙しいところ、誠にありがとうございました」
これから、ロベールはあくまで宰相の立場で公平にことの真相を調査して処分を下さなければならない。
まさかとは思うが、もしエマに過失が認められた場合は、宰相であるロベールに処分を下されなければならないのだ。
そう思うと、胸がチクリと痛んだ。
加えて、彼に相談に乗って欲しいという気持ちが湧き上がってきたが、それはお互いの立場上叶わないとも思う。
ともかく、今日はもう帰寮するようにとの指示を与えられたので、控室に立ち寄ってから官司用の裏口に向かっていると、不意に背後から声を掛けられた。
「エマさん」
振り返ると同僚のサニーが立っていた。
表情は暗く、どこか自分のことを心配してくれているように感じた。
ちなみに、王太子妃付きの女官の間では勤務経験年数に関わらず、皆平等に名前にさん付けで呼び合うようにしているのである。
「サニーさん。この度は、このようなことになってしまい申し訳ありません」
「いいえ、あなたが謝ることなんて全くないのです。第一、あなたに書類整理を任せた、わたくしたちにも責任があるのですから」
「サニーさん……」
サニーは、エマに包み紙を手渡した。
「これは……?」
「こちらは、とある方からの差し入れです。お帰りになってから包みを開けてください」
「はい」
誰からの差し入れなのだろうかと疑問を抱きながらも、エマはその包み紙を受け取り帰寮した。
そのまま個室へと戻るが、いつもよりも随分と早い帰寮になったので手持ち無沙汰を感じる。
それを落ち着けるために、先ほど託された紙袋を持ち出して開けてみた。
すると、中には茶葉が入っており、不織布の包みも添えられていた。
そのリボンを解くと、中には数種類の焼き菓子が入っている。
マドレーヌやガレット、フィナンシェ等のエマが好きなお菓子が入っていたので、見ているだけで口元が綻ぶ。
「美味しそう……」
エマは無心でティーポットに茶葉を淹れて、ポットのお湯を注ぎ紅茶を口に含む。
すると、凍りついていた心が溶けていくように感じた。
「美味しい……」
温かいお茶は、こんなにも心を暖めてくれるのかとしみじみと実感する。
「それにしても、どなたからの差し入れかしら……」
女官の誰かか、はたまた主人であるケイトからか……。それとも……
「閣下……?」
まさか、それはないだろうと思いながらも、何故かロベールの去り際の姿が瞼の裏から焼き付いてしばらく消えなかったのである。