第26話 紛失
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そして、エマが王太子妃付きの女官に就任して半年ほどが経ったある日のこと。
事件は、なんの前触れもなく起こった。
「……あら? この資料って……」
女官の仕事は、主に王太子妃のケイトの執務に必要な資料の作成及び用意、各部署との擦り合わせ、他国の使者との応対、各行事のチェック、準備などである。
それらを、エマを含めて四人の女官の間で回すのは少々手に余っていた。
加えて、その合間を縫ってエマは配属初日から託された書類の整理も行っていた。
資料はざっと見渡したところ何百、何千とあり、束になった紙の角に紐で括られた資料が棚に収められているのだが、その束は時系列を無視して並べられているため、日付を揃えるだけでも一苦労である。
だが、毎日地道に作業をしてきた甲斐もあってか、ほとんどの資料整理を終えることができたのだが、いくら探しても抜け落ちている資料があった。
そもそも、何故資料が杜撰な管理だったのかというと、年度末の資料整理のために複数の王妃付きの女官が閲覧したため、その時に混ざってしまったとのことだ。
ちなみに、資料室の管理は王妃付きと王太子妃付きとで共有されているのである。
「やはりないわ。おかしいわ、資料はもう何度も確認しているのだけれど……」
これまで、何度も資料を確認したのだが、どうしても日付が抜け落ちている資料があった。
どの資料があるのかを記録してある記録帳を確認すると、その資料は実在しているはずなのだが。
ともかく、自分だけの問題にはしておけないと、エマは先輩女官のクロエに相談をした。
「資料に抜けがある?」
「はい、何度も確認をしたのですが……」
「そう。それは芳しくないわね」
クロエは、側にいる女官のミントに声をかけてから資料室へと移動し、件の資料を確認した。
「確かにないわね」
それから二人は、ケイトの執務室へと移動をした。
「抜け落ちた資料ですか?」
「はい。隈なく探したのですが見つかりませんでした」
「左様ですか。あの資料は重要な資料だったはずですね」
「はい。本来資料室からは持ち出し不可です」
そうして、クロエとケイトと話し合った結果、王妃付きの女官にも事情を聞いてみようということになった。
そして、三名の王妃付きの女官が資料室に入室し事情をクロエから説明を受けると、瞬く間に表情を曇らせていった。
「整理をしていたこの女官が、失くしたのではなくって?」
「そうですわ。わたくしたちは、キチンと管理をしておりましたわ!」
「あなたが失くしたのよっ‼︎」
思ってもみなかった王妃付きの女官らからの集中攻撃に、エマは唖然とするが、なんとか勇気を振り絞った。
「いえ、わたくしはあくまで整理をしていただけで、資料を失くしてはおりません」
「まあ、口答えをなさりますの! 下級貴族のくせに生意気ですわ!」
「あら、下級貴族だからこそ口の利き方を知らないのですよ」
「…………」
エマは女官たちの言葉が深く胸に突き刺さり、言い返すことができないでいた。
「皆様、まだなにも判明していない現状で、憶測でことを考えるのはおやめください」
クロエが間に入り、公平な立場の者に立ち会ってもらおうと提案をした。
そして女官長と文官長、宰相であるロベールが一刻して資料室へと訪れた。
ロベールは、三ヶ月ほど前に領地の関係で辞任した前宰相に代わって第一補佐官から宰相へと就任していたのである。
エマはロベールの姿を確認すると、様々な感情が浮かんではきたが、ともかくホッと胸を撫で下ろしたのだった。