第24話 初仕事
ご覧いただき、ありがとうございます。
「さあ、今日からあなたには、王太子妃付きの女官として働いてもらいます」
任命式が終了して間もなく、女官統括長のステラによって案内されたのは本宮の王太子妃の執務室のあるフロアだった。
辞令式が終わりなにかを言いた気なロベールが退室していくと、余韻に浸る間もなく、皆それぞれの部署を統括している女官に連れられて各所へと散って行ったのだ。
「はい、よろしくお願いいたします」
そして、ステラと共に王太子妃の執務室の隣の部屋へと入室する。
「今日からしばらくあなたは、クロエさんの下に付いて仕事を覚えてもらいます」
ステラが室内の奥の方に視線を向けると、黒髪を三つ編みにしそれを頭上で纏めた女性が立っていた。
彼女は無表情でこちらを眺めている。
「クロエ・サティです。王妃付きの女官の統括をしております。エマさん、これからどうぞよろしくお願いいたします」
綺麗な姿勢で辞儀をする姿は、思わず見惚れてしまいそうなほど美しかった。
彼女は小柄で、見た目の印象では自分よりも少しだけ歳が離れているように思う。
「それでは、早速仕事を始めましょう」
「はい、よろしくお願いいたします」
正直なところ今日はまだ初日であるし、部署内の女官や関係各所の文官らとの顔合わせのみかと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
そう考えを巡らせていると、察したのかクロエが声を掛けた。
「他の部署では、初日は顔合わせや挨拶回りで終わるだろうしそもそも研修も行うのだけれど、ここは忙しくてね。滅多な人を入れるわけにもいかないし、殿下はご即位なされたばかりだしでやるべきことも多いの」
「左様でしたか」
「ええ。だから、就任早々申し訳ないけれど仕事を覚えてもらうわ」
クロエは、室内の棚から厚めの本や書類の束を取り出した。
「これから、この書類の整理を行ってもらいます。日付がバラバラになっているのよ」
クロエによると、どうやら王妃付きの女官たちの管理が悪く、決済等の書類の時系列が混ざってしまっているそうだ。
とはいえ、他の王太子妃付きの女官は別の仕事に当たっていてとてもここまで手が回らないが、女官や文官以外の人間に極秘書類のそれらを触らせるわけにもいかないので困っていたとのことである。
「承知いたしました。早速、取り掛かります」
「よろしくお願いしますね。一時間後に王太子妃殿下のご予定が空く予定なので、整い次第声を掛けるわ」
「はい」
そうして、エマはクロエと共に書類の整理を行い、ある程度勝手が分かって来たころに一度クロエは席を外したが、それから三十分ほどが経った頃にクロエが室内に戻って来た。
「お疲れ様。王太子妃殿下の御公務が一旦落ち着いたので、中継ぎ時間に手早くあなたを紹介するわね。一緒に来てもらってもよろしいかしら」
「はい」
いよいよ、ケイトと会うことができる。
そう思うと、胸の鼓動が早鐘のように打ち付け始めた。
そもそも、つい先刻までは自分がよもや希望通りの王太子妃付きの女官になれるとは露とも思っていなかったのだ。
心の準備をするために、可能ならもう少々時間が欲しかったが、同時に早くケイトに会って挨拶をしたいという早る気持ちも湧き上がってくる。
緊張して硬くなった身体を何とか奮い起こし歩みを進め、王太子妃の執務室の前で立ち止まった。
「それではノックするわね。ノックはこのようにするのでよく見ていてね」
「はい、よろしくお願いいたします」
そうしてクロエは扉を四回ノックすると、すぐに返事が返ってきた。
「王太子妃殿下、失礼いたします。本日付で配属されましたエマ・グランデを連れて参りました」
「はい、お入りください」
「失礼いたします」
クロエが扉を開き、エマはゆっくりと執務室へと入室した。
すると執務椅子から立ち上がり、机の傍らにケイトが綺麗な姿勢で立っていた。
「今日の日をお待ちしていました、エマさん。本日からよろしくお願いいたしますね」
「……はい……! こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ようやくここまで来たのだ、来ることが叶ったのだ、という強い感慨を噛み締めながら、エマはゆっくりとカーテシーをしたのだった。