第23話 配属先
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エマは入寮した当日から、すでにテイラー伯爵邸から送られていた荷を解いて部屋中を片付けた。
寮の個室にはリビングと寝室の二部屋があり、それぞれにテーブル、棚ベッド等がエマが到着した時には運び込まれていたのだった。
それらの家具は、伯爵邸でエマの私室で使用していた物であるが、伯母のカレンが合格祝いに持たせてくれたのである。
元々、それらは伯爵邸の客間に置かれていた物らしいが、カレンは馴染みのある家具に囲まれているとエマが安心するだろうとエマに贈ってくれたのだ。
そもそも、個室に一人で生活するということ自体が、これまで実家や伯爵邸では家族や使用人たちに囲まれていたこともあって、初めは馴染みがなく少々不安もあった。
だが、食事のために食堂へと赴くと、隣の部屋のキャサリンや寮母のマールがいてくれるので安心することができた。
ちなみに、入寮している今年度の任官予定の女官はエマとキャサリンのみらしく、他の新採用の女官らはどうも実家から馬車で通うらしい。
それに、今入寮しているのはエマとキャサリン以外は三人ほどしかいないらしく、皆独身の若い女官とのことだ。
その内の二名とは、挨拶周りに行った際に会うことができたのだが、あと一名とは王妃付きの女官ということで忙しく、マールによると毎日帰寮も遅い時間らしく未だに会うことができずにいた。
「いよいよ、今日から出仕ですね」
「ええ。今からとても緊張をしています」
現在エマとキャサリンは、サザンカ寮の食堂で向かい合って朝食を摂っていた。
今日は、王宮女官として出仕する記念すべき一日目である。
といっても、ほとんど配属先の発表とその説明に終始し、本格的な勤務は明日からとなるようだが。
「私、初めての場所は緊張してしまってヘマを起こしやすいんです……。エマさん、よろしければ王宮まで一緒に行っていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろんです。私も心細かったので、キャサリンさんがいてくれると心強くて安心します」
「エマさん……」
キャサリンは、ギュッと手のひらを握り締めてから中断していた朝食を摂り始めたので、エマも倣って食事を再開することにした。
今朝のメニューはオムレツとブレッド、それからパリパリに焼けたベーコンとヨーグルトである。
実家や伯爵邸でもよく出されていた朝食のメニューだが、こちらの寮のオムレツは鶏卵が新鮮なのか、はたまた何か隠し味があるのかとても濃厚で、頬張れば頬張るほど豊かな味が口内中に広がるようだ。
「今朝の朝食も、とても美味しいですね」
「はい。このような食事をいただけて幸せです……!」
そう言って笑ったキャサリンに対して、エマも尤もだと思った。
そして、緊張して凝り固まっていた身体が、少しずつ解れていくように感じたのだった。
◇◇
それから、二人は寮の馬車乗り場から本宮行きの馬車へと乗り込み、本宮の大会議室へと移動した。
そちらに入室し二人で椅子に腰掛けて待っていると、時間を置いて三名の女性が入室してきた。
ちなみに、今日はまだ制服となる女官服は配給されていないので、皆華美ではないドレスを着用している。
自分たち以外の三人の方をチラリと見てみると、皆一様に外見は十代か二十代前半ほどであり、背筋の伸ばし具合や仕草の品の良さから何処かの令嬢なのだろうと思った。
そう推測をしていると、出入り口の扉が静かに開かれ、前方より女性と男性が入室して来た。
女性は女官服を身につけており、つり目の眼鏡を掛けた女性であり、男性の方は紺の宮廷服を身につけているが、……よく見ると、男性は宰相第一補佐官のロベールであった。
(バルト卿がいらっしゃるとは……。それにしても、女性の方は面接官をされていた方かしら)
皆もそう思ったらしく、より背筋を伸ばし室内にはピリピリした空気が漂った。
「こんにちは、皆さん。わたくしは王宮女官を統括させていただいております、ステラ・カリーと申します。そして、こちらにいらっしゃるのは宰相閣下の第一補佐官であられるバルト卿です。卿には、女官の任命のためにこちらまでお越しいただきました」
そうステラが紹介をすると、ロベールは中央の壇上まで近寄りその上に綺麗な姿勢で立った。
「私は、宰相第一補佐官のロベール・サテ・バルトだ。皆、今日からよろしく頼む」
「「はい!」」
室内の緊張感が少し解れたところで、早速ロベールが女官の配属先を読み上げていく。
ちなみに、宰相は文官の任命式に赴いているらしい。
「キャサリン・アシュリー。あなたを、本日付けで図書館付きの女官に任ずる」
「……はい!」
キャサリンは壇上にて笑顔で応えた。
予ねてから彼女は図書館での勤務を希望し配属願いにもそう書いたと言っていたので、希望が叶って嬉しいのだろう。
(キャサリンさんの希望が通ってよかった。……ただ、私はきっと通ってはいないと思うのだけれど)
エマは配属願いに「王太子妃付き」と記入したのだが、王太子妃付きは花形の部署なので、まず新人は配属されることはないらしい。
エマはそのことを充分理解していたし、配属先が別の場所でも構わないと思っているが、せっかく自分の考えを上司に伝えられるチャンスなので、自分の気持ちに嘘はつかずに正直に書き込んだのだった。
(それにしても、まさか卿に任命式をしていただけるなんて……)
初めて出会った時には、まさかこのようなことになるとは夢にも思わなかったので、非常に感慨深く心が震えるようだった。
「エマ・グランデ」
「はい!」
ロベールに呼ばれ壇上に上がると、彼は少しだけ表情を和らげた。
「あなたを、本日付で王太子妃付きの女官に任ずる」
「…………はい…………!」
ロベールから紡がれた言葉があまりにも意外だったために、エマは絶句しかけたのだが、なんとか気を保ち返事をすることができた。
そして、途端に周囲の同期の女官たちが感嘆や驚きの息を漏らしたが、エマも同調したいと思ったのだった。