第20話 王宮への出立
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そして四月の上旬。
今日は女官登用に向けて、エマがテイラー伯爵家の屋敷から王宮へと出立する日である。
伯爵家の玄関では、テイラー伯爵、カレン、ジョルジュをはじめ屋敷の使用人らが集まっていた。
皆、エマを見送るために集まっており、一同を眺めているだけで胸が熱くなってくる。
「伯爵様、伯母様、小伯爵様。皆様、半年間ほどでしたが、本当にお世話になりました。皆様へのご恩は決して忘れません」
「エマ……」
カレンは、エマの身体をぎゅっと抱きしめた。
「いつでも、ここに戻ってきていいのよ。ああ、寮住まいではなくて、ここから通ってもよいのだけれど……」
ただ、王宮から伯爵家の屋敷までは馬車で三十分以上は掛かり、カレンとエマも王宮女官は皆寮に入って出仕するものとばかり思っていたが、登用説明会の際に講師に訊ねてみると、寮住まいでない者も半数ほどいるとのことだった。
「流石に、そこまでお世話になるわけにはいきません。……けれど、やはり寂しいですね」
本音を言えば、エマとてここから通わせてもらえればとても心強いのだが、何分自分はこの屋敷ではあくまで居候の身だ。
おそらく伯爵夫妻は、毎朝晩の馬車での送迎等、色々と手を尽くしてくれるだろうが、居候の身の自分がそこまで甘えるわけにはいかないと思い、入寮を決断したのだった。
カレンは抱きしめていたエマの身体からそっと離れて、彼女と向き合った。
「わたくしは、あなたのことを実の娘のように思っているわ。だから、遠慮なくいつでもここに帰ってきてよいのよ」
「ああ。私たちは、それを強く望んでいる。女官の仕事は基本的に守秘義務が発生するだろうが、ここには他愛のない雑談をしに戻って来たらよい」
「伯爵様……、伯母様と伯爵様には、いくら感謝の言葉をお伝えしても足りないほどご恩があります。このような温かいお言葉をいただきまして、本当にありがとうございます……!」
深く辞儀をするエマに、ジョルジュも声を掛けた。
「僕も同感だよ。そうそう、アニーも是非君と話をしたいと言っていたよ。それから、彼女からこれを君にと託されたんだ」
そう言ってジョルジュが手渡したのは、リボンで結ばれた桃色の不織布の小袋だった。
「彼女の手作りのクッキーだよ。彼女は侍女に小言を言われながらも、自分で菓子作りをするんだ。是非、君に食べてもらいたいと言っていた」
「アニーさん……」
通常、使用人らが使用する厨房に貴族の令嬢が出入りをすることなどほとんどないことなのだが、アニーはそれを押し通してまでお菓子を作りエマに贈ってくれたのだ。
思わず、エマの目の奥が熱くなった。
「本当に……ありがとうございます」
未だに彼女とは会ったことがなかったが、今度こちらに戻る際にはジョルジュに手紙を託して必ず彼女と示し合わせて会おうと思った。
「僕も、君がここに来てくれて本当によかったと思っているよ。なんにせよ、努力をしている人が近くにいるって刺激をもらえてとてもよいね。君ならきっと女官としてもやっていけると思う」
「小伯爵様……。心強いお言葉をいただきまして、ありがとうございます」
ジョルジュとは彼の立場も考えて進んで話し掛けることはしなかったが、それでも彼の人柄には大分救われているところもあったのだ。
そして、ジョルジュが婚約者のアニーと会話をしているところを密かに見てみたいと思った。
「皆様、本当にありがとうございました。……それでは行って参ります」
「ええ。気をつけてね」
そうして、エマはもう一度皆に向かって深々と辞儀をした後、伯爵家の馬車に乗り込み王宮へと向かったのだった。