第19話 ケイトの結婚式
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それから、王都へと戻ったエマは王宮から指定された日に王宮へと赴き、王宮女官の説明会に参加をした。
また、街で独り立ちに必要な物の買い出しをし、正式に登用される来月の準備を着々と行ったのだった。
そして三月の中頃。
今日は王宮内の礼拝堂で、公爵令嬢ケイトと王太子ベルントの結婚式が執り行われていた。
真っ白なウエディングドレスにベールを被ったケイトは美しく、ステンドグラスから差し込む陽の光が、彼女を一層神々しく際立たせているようだった。
エマは、新婦側の中列の席でテイラー伯爵夫妻と共にその様子を、息を呑みながら見守っていた。
ベルントは穏やかにケイトと向き合い、彼女の薬指に指輪を嵌めた。
そしてケイトもゆっくりと彼の指に嵌め、互いに微笑みあうと、たちまち礼拝堂中に拍手が巻き起こったのだった。
◇◇
そして礼拝堂での式が終わると、王宮内の舞踏会場で晩餐会が開かれた。
食事も進み歓談の時間になり、エマは伯爵夫妻と共にケイトとベルントの席まで移動した。
「本日は、おめでとうございます」
「こちらこそ、お越しいただきありがとうございます」
そう応えてくれたケイトの表情はとても穏やかで、この結婚を心から喜んでいるように感じる。
「エマさんに参列していただけて、とても嬉しいです」
「私からも、君には礼を伝えたかったんだ。あの時は誠にありがとう」
ベルントからそのような言葉を受けるとは思ってもおらず、エマは慌てて深く辞儀をしていた。
「おそれ多いことです」
そう、なんとか一言を絞り出すので精一杯だったが、ベルントの許しがでたので身体を起こすと彼はケイトと共に微笑んでいた。
(とてもお似合いだわ)
心が温かくなっていくようだった。
「エマ嬢」
そして、前方から背筋をピンと伸ばし颯爽とこちらへと黒髪の青年が向かって来た。宰相第一補佐官であるロベールである。
「バルト卿。ご無沙汰をしております」
ロベールが訪れた時点で、彼と伯爵夫妻は何故か小さく頷き合っていた。
「よかったらエマさん。補佐官と少しお話をされたらいかがかしら」
思ってもみないケイトの提案にエマは戸惑ったが、この場所で長話をするのもどうかと思うとそれを受け入れることにした。
「承知いたしました。王太子殿下、妃殿下。改めておめでとうございます」
「ありがとう」
そうして柔らかに微笑むケイトに辞儀をすると、カレンからも声を掛けられた。
「わたくしたちも、挨拶をしてくるわね」
「はい、承知しました」
「それでは行こうか」
「はい」
エマは不思議な感覚を抱きながら、ロベールの後を追った。
◇◇
それから、二人は王宮内のバルコニーへと移動した。
周囲には人気がなく、満月が二人を優しく照らしているようである。
「エマ嬢、遅くなったが合格おめでとう」
「ありがとうございます、バルト卿」
「これで、君の目標に一歩近づくことができたな」
自分の目標と言われて、エマは以前に伯爵邸の庭園にて、ロベールに対して「ケイトを女官として支えたい」という旨のことを伝えたことを思い出した。
自分が言った言葉をまさか覚えていてくれているとは露とも思わなかったので、忽ち顔が熱くなっていく。
「覚えてくださっていたのですね。光栄です」
「ああ、当然だ。……エマ嬢。もしよかったらなのだが」
「はい」
「君が落ち着いたら……いや、やはりそれは時期尚早だな」
ロベールは何かを迷っているように見受けられたが、エマはその心当たりは特になかった。
ただ、いつも凛とした佇まいの彼が珍しいなとは思う。
(もしかして、なにか私に頼みがあるのかしら……)
ロベールの瞳からはどこか切なさが感じられた。
思えば、今日は彼の想い人であるはずのケイトの結婚式である。きっと複雑な心中なのだろう。
「……これから君は王宮で働くわけだが、ときには様々なことが起こるだろう」
予言めいたその言葉に、思わずドキリとする。
「はい」
「だが、そのような時は君には私が付いていることを、常に心に留めておいて欲しい。なにかが起きたら、どんな些細なことでも構わない。一度、私に相談してくれないだろうか」
胸が熱くなった。
どうして、一介の下級貴族の令嬢に過ぎない自分にこんなにも親切にしてくれるのだろうか。
いくら先の王家主催のパーティーでの一件があったからといって、ここまで気にかけてくれる理由が分からなかった。
(もしかして、それもゆくゆくは王太子妃となられたケイト様のため……なのかしら……。そうよ、勘違いをしてはいけないわ。そもそも、卿はケイト様へのお気持ちを抑えながらも、いずれは家格の相応しい御令嬢の方とご結婚をなされるはずだもの。今は純粋に卿のご厚意を受け取らなければ)
そう思うと胸がズキリと痛んだ。
何故、自分がこのような気持ちになるのか、きっとその理由を探ることや自覚すること自体、自分自身を不幸にする。
報われない想いをどうにもできずに、彼にぶつけてしまうこともあるかもしれない。
そう思うと、エマは少しだけ苦笑を浮かべて頷いた。
「承知いたしました。卿のご厚意に心から感謝をいたします。常に心に留めるようにいたします」
「ああ」
そして、二人の間には春の匂いを含んだ夜風が吹いていった。
お読みいただき、ありがとうございました。
今話で第1章は終了となり、次話から第2章が始まる予定です。
次話もお読みいただけると幸いです。
※16話の父親のセリフ等を変更しました。