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第15話 テイラー家の温もり

ご覧いただき、ありがとうございます。

 そして一週間後。

 テイラー伯爵邸に、王室から使者が訪れ書簡が届いた。

 使者を丁寧に見送った後、一同は伯爵の執務室で試験の結果を確認することにしたのであった。


 伯母のカレンをはじめ、テイラー伯爵、養子のジョルジュが見守る中、エマはレターオープナーで封筒をゆっくりと開封していく。

 前回は緊張でどうにかなりそうだったが、今は何故か心が落ち着いていた。


 それはなにか、確信のようなものがあったからなのかもしれない。


「読みますね」

「ええ」 


 皆が見守る中、折り畳まれた便箋を広げて書面を読み上げていく。


「エマ・グランデ殿。貴殿は此度の試験に……」

「試験に……」


 ジョルジュは、思わず息を飲み込んだ。


「…………合格しました。よって、来年度の王宮女官候補者名簿に記載されました……」


 瞬間、カレンがエマを力強く抱きしめた。


「本当によくやったわ‼︎」

「伯母様……」


 エマは全身に力が抜けるのを感じていたが、かろうじてカレンが抱きしめてくれているので、その場で膝をつかずにすんだ。


「同感だ。君は本当によくやってくれた」

「伯爵様……」


 感謝の言葉が咄嗟に出てこなかった。


 これまで伯爵には、家庭教師の費用を全面的に賄ってもらったり、衣食住を整えてもらったりと、それこそ何年とかかっても返しきれない恩があった。

 ただ、その感謝の念を伝えるには、自分が知っている語彙だけではとても表現することなどできないと思った。


「こちらこそ、伯爵様や伯母様、小伯爵様には大変なご恩があります。いくら返しても返しきれないと思っています」

「そんなこと、全く気にしなくてもよいのよ。あなたはあなたの進むべきだと思った道を行けばよいのだから。わたくしたちは、ほんの少し手助けをさせてもらっただけ」

「伯母様……」


 気がついたら涙が溢れていた。

 

 自分はこれまで、どれほど伯母の言葉に救われていたのだろうか。

 それこそ、妹に婚約者をあんな形で奪われて実家での居場所までなくなっていた自分を、彼女は力強くここまで引っ張って来てくれた。

 伯母があの時領地に来てくれなかったら、エマの時間はずっと止まったままだったように思える。


「僕は、君がここに来てから毎日勉学に励んでいるのを間近に見て、僕もしっかりしなくてはと感化されたよ。それまでは、経営学や投資の勉強は中々難しいからって授業をよくサボって、婚約者のアニーに呆れられていたんだ」


 カレンは目を閉じて扇子を開き口元を覆った。その眉は引き攣っているように感じる。

 

「だけど、君が来てくれたおかげで僕も頑張ろうと思って授業に身が入るようになって、アニーにも褒められるようになったし、僕は君に感謝しているんだ」

「左様でしたか……」


 時折、ジョルジュから婚約者のアニーの名前を聞くのだが、いつもタイミングが悪くこれまで彼女とは未だに実際に会ったことがなかった。

 男爵家の令嬢ということだが、一体どんな人物なのか密かに気になった。

 

「ともかく、本当におめでとうエマ。これから準備で忙しくなるわね」


 カレンはそう言って扇子を畳んでテーブルに置くと、ソファに腰掛けて改めて話を続けた。


「来月にはケイト様の結婚式も控えているし、女官となると王宮の寮住まいになるわけでしょう。ここを発つ支度もあるから、今のうちに一度領地に戻った方がよろしいのではないかしら」


 確かにその通りだと思った。

 書面によると、王宮女官の登用説明会は来月から始まるようであるし、先ほどのカレンの言葉通りおそれ多くもケイトの結婚式に正式に伯母夫妻と共に招待してもらっているので、これからなにかと準備で忙しくなるだろう。


 加えて、おそらくこの機会を逃してしまうと、女官に登用された後ではより忙しくなるだろうから、中々故郷へ帰省しづらくなると思われる。


 そもそも、故郷へは半月ほどの期間、気分転換に王都へ叔母と共に行って来ると言って出てきたのだ。

 いくら、これまでの経緯を手紙にしたためてやり取りの末に許可を得ているとはいえ、長い間帰省しないのはあまりよいことだとは思えなかった。


 だが、正直に言って帰省すること自体が少々憚られた。何しろ、実家には元婚約者と妹がいるのだ。

 時折母とやり取りをしている手紙によると、確か妹の子供はすでに産まれたとのことであるし、本来ならばお祝いを持って真っ先に帰省するべきなのだろうが……


 そう思案をしていると、カレンがそっとエマの肩に手を置いた。


「エマ。もしあなたがよかったら、帰省にはわたくしも付いていくわ」


 思ってもみなかった申し出に、内心すぐに飛びつきたくなったが、申し訳ないという気持ちが湧き上がってくる。


「流石にそこまでご厚意に甘えるわけには……」

「あら、わたくしは自分の姪孫(てっそん)に会いに行くだけよ。それに、お母様のお墓参りにも行きたいしね」


 それは一聴すると突き放されたようにも感じるが、それこそカレンの精一杯の気遣いの言葉なのだということをエマは理解していた。


「伯母様、ありがとうございます。……ですが、伯爵様はよろしいのでしょうか」

「ええ。旦那様はきっとご承知なさってくれているわ。そうですわよね?」


 伯爵はコホンと咳払いをしてから頷いた。


「ああ、構わない。……ゆっくりとはいかないだろうが、家族に合格の報せを存分にしてくるとよい」


 そう言った伯爵は、珍しく笑んでいるように見えた。

 そして、傍のジョルジュもそっと微笑んだ。


「それにしても寂しくなるな。よかったらお土産を買ってきてね」

「ええ、必ず買ってきますね。そうだわ、アニーさんの分も買ってきますね」

「それはよいね。きっと、とても喜ぶよ」


 そうして、エマとカレンは急遽帰省することになったのだが、たとえなにかが起こったとしても、伯爵家の人々の温かさを思い出せばきっと乗り切ることができるとエマはそっと思ったのだった。

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