第13話 試験結果
ご覧いただき、ありがとうございます。
そして一週間後。
先の筆記試験の結果が、テイラー伯爵家の屋敷に書簡で届けられた。
王家の蜜蝋で封じられたその封筒は格式を感じ、手に持つだけで鼓動が高まるようだった。
「伯母様……」
エマは、現在ティーサロン内でカレンと向き合って座っていた。
というのも、カレンがティーサロンでお茶を飲みながら、結果を見ようと誘ってくれたからだ。
「だ、大丈夫よ。あなた、あんなに頑張ったんだもの。き、きっとよい結果なはずよ」
そう言っているカレンの手は震えていて、手に持つティーカップも小刻みに揺れており、今にも中身が溢れそうだった。
だが、決して中身は溢れないところをみると、彼女は絶妙なバランス感覚を持っているのだと思われる。
それにしても、人は自分よりも取り乱している人をみると、たとえそれまで取り乱していたとしても何故か冷静になれるから不思議である。
「ありがとうございます、伯母様」
エマは深呼吸をしてから、封筒の上部をレターオープナーで丁寧に開封し、中の便箋を取り出した。
そして、便箋を開いてその文面に目を通した後、そっと便箋を閉じた。
「エマ。それで、どうだったのかしら」
エマはしばらく無言でいたが、カレンの声に我に返り重たい口を開くことができた。
「合格、していました」
カレンは、思わず手持ちのカップをソーサーの上に勢いよく置いた。
その衝撃でテーブルクロスに紅茶がいくらか溢れてしまい、即座に傍に控えている給仕が動く。
「エマ……! よくやったわ、……本当によくやってくれたわ‼︎」
カレンは立ち上がり、エマの両手を握りしめた。
まるで、自分のことのように喜んでくれるカレンに対して、止め処なく感謝の念が湧き上がった。
「いいえ、伯母様。この素敵な結果は全て伯母様と伯爵様、小伯爵様、それに協力をしていただいた伯爵家の皆様、講師の先生のおかげです」
それは謙遜しているからではなく、心からそう思っていた。
第一、たとえば実家で女官試験の勉学を独学で行っていたとしたら、今回のような結果には結び付かなかったはずだ。
「あなたがそう言ってくれるのは嬉しいけれど、講師の先生も仰っていたわ。たった半年ほどしか試験の準備期間がなかったにも関わらず、ここまで上達するとは思ってもみなかったって」
エマは、思わず目の奥に込み上げる熱いものを感じた。
「伯母様……」
「本当におめでとう。……それで水を差すようで悪いのだけれど、次の試験の内容は何かしら」
「次は論文試験です。試験会場で約二時間の制限時間の中、与えられたテーマで論文を作成しなければいけないのです」
「そう……。それは思っていたよりも大変ね。期限はいかほどかしら」
「はい。書面によると一週間だそうです」
「一週間……」
カレンは手元の扇子を手に持ち広げ、口元を隠した。
「それでは、早速明日から講師の先生方にお越しいただいて対策を練りましょう」
「……はい!」
それから一週間は、毎日論文試験の対策を行って過ごした。
正式に公表されている過去問題を元に、論文専門の講師を数名呼び寄せて対策を練ったのだ。
元々論文の対策はとっていたのだが、これまでは一次試験の方を優先的に行っていたので、合格した今、本格的に対策を取ることにしたのだ。
そうして一週間の間、エマは集中して論文試験の対策を練ることができたのだった。
◇◇
それから二週間後。
王宮内の宰相室では、宰相と第一補佐官のロベールが執務の合間の休憩を取っていた。
宰相は、侍女が淹れた紅茶を口に含んだ後、焼き菓子にも手をつけた。
「ときに」
現在は十四時からの十分休憩の時間であるが、ロベールは紅茶には口をつけるが菓子にはほとんど手を付けず、黙々と目前の書類を眺めている。
「はい」
「エマ嬢は、第二試験を突破したそうではないか」
ピタリとロベールの動きが止まった。
「はい。そう伺っております」
第二試験の結果は昨日発表されており、エマは無事に合格し最終試験の面接に進んだことをロベールは知っていた。
「そうか」
宰相は立場上公平でいなくてはならないので、個人的な意見を述べることはできないのだろう。
それはロベールとて同様なので、特にそのことについてこの場で言及するつもりはなかった。
「……それにしても、あのお嬢さんはやはり凄いな」
「……と言いますと」
公平な立場でいなければならないはずだが、あえてそれを破るのは、やはり娘が関わった例の件があるからなのだろうか。
「いつも冷静な君を、動揺させることができるのだから」
一瞬、何のことを言われているのか理解することができなかったが、今自分が確認している書類が反対向きであることに気がつき、内心苦笑した。
「それにしても、最終面接では驚くだろうな」
「……ええ、左様ですね」
一週間後の面接のことを思い浮かべると、少々心配な気持ちが湧き上がってくる。
(……だが、彼女ならおそらくは……)
そう思いながら、ロベールはひと息つくために目前のクッキーに手を伸ばしたのだった。