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第12話 女官試験

ご覧いただき、ありがとうございます。

 そして、四か月後の王宮女官の試験当日。


 現在は二月であり、季節はすっかり冬に移り変わっていた。

 比較的、温暖な気候の王都内でも今年は降雪の日は何日かあったのだが、幸い今日は降雪も積雪もなく晴れ間が広がっていた。

 

「気をつけてね」


 テイラー伯爵家の屋敷の玄関口では、伯爵夫人であるカレンがエマの両手を握りしめていた。

 おそらく、これから試験に向かうエマを励ましているのだろう。


「はい、ありがとうございます、伯母様」


 カレンの隣にはテイラー伯爵と養子のジョルジュもおり、皆一様にエマに激励の言葉を掛けた。


「普段通り行えば問題ない」

「君はきっと本番に強いと思うから、大丈夫だよ」

「はい、ありがとうございます、伯爵様、小伯爵様」

 

 エマは三人に対して深々とお辞儀をし、少し間を置いてから身を起こした。


「皆様、これまで本当にありがとうございました。……このご恩は一生忘れません!」


 三人は顔を互いに見合わせ、間を置いて口元を緩ませた。

 

「まだ試験はこれからなのだし、それにわたくしたちの方こそ、あなたが頑張っている姿を毎日身近で見ることができて、幸せだったのよ」


 カレンがそう言った後に、二人も頷く。


「ああ。……君は、どんな難しい講義にも弱音を吐かなかったと聞く。それは、私も見習いたいと思ったものだ」

「そうそう。それに、僕の婚約者のアニーも君を応援しているんだ」

「皆さま……」


 エマは胸が熱くなっていくのを感じた。


「一生懸命頑張って参ります。それでは、行って参ります……!」


 こうして、エマは伯爵家の三人と使用人らに見送られながら馬車に乗り込み、試験会場へと向かったのだった。

 そして、先ほどの言葉を思い返すと、自然と緊張が解け背筋が伸びるように感じた。


 ◇◇


 試験会場は、王宮の数ある部屋の一室の大会議室であった。

 会場に入ると、他の受験者である女性たちはすでに椅子に腰掛けて試験の開始を待っていた。

 広い会議室には、軽く見渡しただけでもおよそ五十名の女性たちが、エマと心構えを同じく試験を受けるべく待機をしていた。

 なお、他にも会場は五部屋あるので、計三百名ほどの受験者がいることになる。


 加えて受験者は十八歳以上、二十三歳以下までと受験資格に年齢制限はあるのだが身分は問われないので、この試験は平民と貴族が共に会する滅多にない機会であった。ただ、会場自体は分かれているのであるが。

 皆、これから始まる試験への緊張感や高揚感からそのような余裕もないのか、会話をしている者はいなかった。


 そして、エマも会場の空気に呑まれそうになるが、今朝送り出してくれたテイラー家の面々や、気高いケイト、そして以前にガゼボで会話をしたロベールの姿を思い出すと徐々に気持ちが落ち着いてきたのだった。


「それでは試験を始めます」


 そして、試験問題の用紙が配られてすぐに試験が開始された。


 筆記科目は数学、社会学、政治学、美術学、語学と五科目があり、昼休憩を挟んで今日一日で全ての筆記試験が終了した。


(一応、あまり分からない問題でも精一杯解いて記述しておいたけれど……)


 正直なところ手応えはあったと思う。

 だが、それが合格ラインに到達しているかというと微妙なところであった。


 だが、すでに終わったことであるし、後悔をするのは結果が出てからでもよいと思い、エマは会場を後にした。

 丁度、試験が終了した頃合いに迎えの馬車が着くように取り計らっているので、そちらへ向かおうと階段を降りて廊下を進んでいると、目線の先に大量のノートが散らかっていることに気がつく。


 不思議に思い拾おうとすると、すぐ傍で倒れている女性を発見した。

 よく見ると受験者なのか、令嬢たちが数名遠巻きに彼女を見ているが、特に彼女らが動く気配はなかった。


「大丈夫ですか⁉︎」


 エマは慌てて駆けつけ、その女性の腰に手をかけてゆっくりと起き上がらせると、女性は呆然とした様子であったが、徐々に落ち着きを取り戻していった。

 彼女は小柄な亜麻色の髪の女性で、エマとあまり歳は変わらないように見える。


「……ありがとうございます。試験の手応えがあまり感じられなくて、力なく歩いていたら(つまず)いてしまって……」

「そうだったのですね。よろしければ、ノートを拾うお手伝いをしますね」

「重ね重ね、申し訳ありません!」


 そうして二人でノートを拾い集めた後は、共に馬車乗り場まで会話をしながら移動することにした。


「本当にありがとうございました。私はキャサリンと申します。両親は労働者クラスの平民ですが、幼い頃から女官に憧れて、これまで三回挑んできました」

「そうだったのですね。それはとても凄いことだと思います」

「そうですか? ただ、流石に今回がダメだったらお見合いをしろと、両親からはクギを刺されていますが……」


 その言葉に、エマは何かキャサリンに親近感のようなものを抱いた。


 たとえ貴族でなくとも、女性は年頃になると家のために結婚をするもの。それは、この国における常識的な価値観であった。

 だが、彼女はそれに囚われることなく自分の力で歩くために努力をしている。きっと、あの大量のノートはその結晶なのだろう。


「キャサリンさんは、とても立派だと思います」

「いえいえ。私なんか、いつもドジばっかりで……」

「いいえ、こんなにノートを書き留めて勉強をされてきたのですもの。控えめに言っても凄いと思います」

「……今まで、そういう風に誰かに言ってもらったことがなかったので嬉しいです。それに、貴族のご令嬢の方にこんなにもよくしていただけて……」


 キャサリンは感極まっているのか身体を震わせているが、エマは反対に何か申し訳ないような気持ちを抱いた。

 確かに自分は貴族の令嬢ではあるが、実家では領地の農民と共によく田畑を耕していたし、自分が特別な存在ではないと思っていたからだ。


「それでは、本当にはありがとうございました! 私は乗り合いの馬車で帰りますのでこれで」

「ええ。それでは、またお会いしましょう」


 その言葉に反応したのか、キャサリンの動きがピタリと止まった。


「……はい、必ず!」


 次に、お互いが会うには今日の試験に合格している必要があるのだが、エマは不思議とキャサリンとはまた会えるような予感がしたのだった。

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