第11話 庭園にて
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テイラー伯爵家の中庭は、見事な薔薇園が広がっており、その評判は王都中の貴族の知るところであり、彼らから一目を置かれていた。
また、伯爵夫人であるカレンは定期的に庭園の中央のガゼボで、周辺の貴族の夫人を集めてお茶会を開催しているのだが、毎回出席率がとてもよいらしい。
──と、大体そのような世間話をしながら、エマはロベールと肩を並べ庭園を歩いているのだが、そろそろ話題が底をつきそうだと内心で冷や汗をかいていた。
(一方的に、お話をしてしまったかしら)
「エマ嬢」
「は、はい」
ロベールはそっと、目前の薔薇を指差した。
「確かにとても綺麗な薔薇だ」
そう話しかけたロベールの口元は、緩やかに綻んでいるように見えた。
その言葉に、胸をホッと撫で下ろし、加えて初めて自分が緊張をしていたことに気がつく。
「エマ嬢。先の件の際は、君の勇気に皆が救われた。本当にありがとう」
そう言って綺麗な姿勢で辞儀をする彼に対して、慌てて手を振った。
「い、いえ! こちらこそバルト卿が来てくださらなかったら、今頃どうなっていたか……」
慌てて手を振っていると、そっとロベールが顔を上げた。視線が交差し、エマは彼の真っ直ぐな瞳の中に吸い込まれそうな感覚を覚える。
エマを見下ろすロベールは、身につけている紺のウエストコートが黒髪によく映えていて、彼を見ているだけで鼓動が高鳴ってきた。
「エマ嬢。よろしければ、あちらのガゼボに腰掛けて話をしないか」
「は、はい!」
高鳴る鼓動をどうにか抑えながら、カゼボへと移動しお互い向かいあって腰掛けた。
「君は元々、ガーザ出身だと聞いているが」
「はい。少々事情がありまして、こちらには一時的の滞在の予定だったのですが、用件ができまして、滞在期間を延長しているのです」
「……そうか。不躾なのは重々承知しているのだが、その事情を聞いてもよいだろうか」
何故、ロベールが自分のことを聞きたいのかは考えあぐねたが、彼がただ単に好奇心から訊いているわけではないことはその真摯な眼差しから察した。
「承知いたしました。少々長くなるのですが……」
それからエマは、ロベールに対してこれまでの事情を簡単に説明した。
できるだけ自分の考えや感情は入れないように気を配り、あくまで客観的に話すことに努めた。
それは、かつて自分には婚約者がいたが、彼が妹と不義を働いたためにその婚約は破棄となったこと。
そして、そんな自分を見かねてか伯母が王都に連れてきてくれたという内容だった。
「……という事情があり、今はこちらにお世話になっているのです」
エマが話を終えても、ロベールは彼女の瞳から視線を逸らそうとしなかった。
「あの、バルト卿?」
「君は、大変な境遇に置かれていたのだな……」
「い、いえ。伯母さまがお声をかけてくださいましたし、今も随分とよくしてくださっているので、今は辛くはないのです」
「いいや、それでも真に強さがなければ途中で挫折していたはずだ。だからこそ、あの状況下のケイト嬢に手を差し出すことができたのだろう」
そう言ってロベールは小さく何かを呟いた後、手のひらをぎゅっと握りしめた。
「それで、その用件というのはどういったものだろうか」
エマは、自分の決意は大それたものであるという自覚を持ちながら意を決した。
「私は、ケイト様をお支えしたいのです」
「ケイト嬢を?」
「はい。先の件の際、ケイト様は糾弾されても誇り高いご姿勢を崩されませんでした。私はそんなケイト様を、女官としてお傍でお支えをしたいのです」
……言ってしまった。
ロベールはどのような反応を示すのだろうか。
「そうか。……ならば、私も共にすることはできないだろうか」
エマの決意を嘲笑うことなく、反対に受け入れ更に共に成し得たいとまで言ってくれた。彼の優しさがただ嬉しかったが、同時にあの時のことをふと思い出す。
それは彼がケイトの方を優しい眼差しで見ていたことだった。
(きっと卿は、ケイト様をお慕いしているからこのような申し出をしていただいたのね)
「はい。今は私にその資格はありませんが、いずれ必ずお傍に参りたいと思っています」
「ああ。ならば私もまずきちんと手順を踏んでから、改めて君に告げることにする」
「お待ちしております」
少々言い方が気にかかったが、エマはロベールの言葉が嬉しくて気がつけば笑みを零していた。
「……ああ。早速、伯爵と夫人にご挨拶をしたいのだが」
「はい、でしたらそろそろ戻りましょう。ご案内いたします」
「よろしく頼む」
挨拶なら先ほどしていたはずだがどうしたのだろうと疑問に思ったが、エマはロベールを応接間へと案内し自身は退室して行った。
(それにしても、バルト卿はお辛い恋をなさっているのね……。きっと、もうすぐケイト様は正式に第二王子様と……)
そう思うとエマの胸が酷く痛んだが、何故これほど胸が痛いのかその理由は分からなかった。
◇◇
そしてその後。
エマは、伯爵とカレンと共に帰宅するロベールを玄関先で見送っているのだが、彼の表情は少しだけ憂いを帯びていたように感じた。
「それではエマ嬢。いずれ、また必ずお会いしましょう」
「はい、バルト卿。本日はありがとうございました」
そうして馬車に乗り込む彼を見送っていると、カレンが小さく息を吐いた。
「まさか卿から、あのような申し出を受けるなんて……」
「ああ、驚いたな……」
二人は呆然と馬車を見送っているが、どうしたのだろうか。
(きっと先ほどの褒賞の件ね)
「エマ」
「はい」
「女官の試験頑張りましょうね」
「は、はい! 頑張ります!」
そして、上空には美しい夕焼けが広がっており、今日はとてもよい日だなとエマは思ったのだった。