第10話 ロベールの訪問
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そして、当日。
今日は、朝からカレンの侍女であるアンに身支度をしてもらい、エマは紫色のドレスに身を包んでいた。
というのも、先日に王家主催のパーティーで出会ったロベールが、エマに所用があるためにと本日中に訪ねてくるらしいからだ。
何故、遥か雲の上の存在であるロベールがエマを訪ねて来るのかその詳細は不明だが、エマにとっては晴天の霹靂の出来事であった。
「バルト卿は、どうやら先のパーティーでのあなたの行いについて何か用件があるようよ」
傍で準備を見守ってくれているカレンを心強いと思いつつ、その言葉には少々不安を感じた。
「用件というと……」
「まあ、悪いことではないとは思うけれど」
「そうだとよいのですが……」
緊張からか身体が震えてくるので、それを抑えようと胸に手を当てていると、侍女が宝石箱を持ち出してきた。
「エマお嬢様。本日は、どちらをお選びになられますか?」
「そうですね……」
宝石箱の中には、昔カレンが使っていたという宝飾類が綺麗に収められていて、エマはこの屋敷に滞在している間は、それらを借り受けているのであった。
その中には、真珠やエメラルドを使用したネックレスやイヤリングが並んでいるが、中でも一際、青色の宝石であるサファイアを使用したネックレスが気にかかった。
「こちらにします」
「かしこまりました」
侍女は、丁寧な仕草でエマの首元にネックレスをつけた。すると、エマの色白の肌と青色石、そして紫色のドレスが際立ち合っているように感じた。
「よいじゃない! そのドレスも宝石もわたくしが娘時代に着ていた物で、いくらリペアしたとはいえ不安はあったのだけれど、あなたが身につけると鮮麗さを帯びるわね!」
「そうでしょうか……」
貴族の令嬢の割にはあまり誉められ慣れていないので、顔が瞬く間に熱くなっていくのを感じた。
「ええ。もっと自信を持ってもいいのよ。いいえ、持つべきだわ! あなた、とても素敵だもの」
カレンは伯爵夫人らしく背筋を伸ばして常に堂々としている。エマはそんな彼女に憧れを抱いていた。
(私も伯母様のように、背筋を伸ばしてみよう)
すると、いつもよりも景色が少しだけ高く見えるように感じる。
人はちょっとした意識の持ち方で、あり方も変わるものなのだとエマは思ったのだった。
◇◇
「お久しぶりです、エマ嬢」
それから、応接間に通されたロベールをエマはカレンと共に出迎えに行った。
緊張からか、鼓動の音が強く鳴り響いているように感じる。
「バルト卿。お会いすることが叶いまして嬉しく思います」
久しぶりに再会したロベールは、とても眩しく感じた。
自分は見苦しくないだろうか。
そう思うと少し気が怯むが、背筋を伸ばすことを意識して彼の目をまっすぐに見た。
すると、ロベールはしばらく身動き一つしなかったが、カレンが軽く咳払いをしたことで我に返ったように動き出した。
「失礼。……とてもお綺麗ですね」
瞬間、両頬が真っ赤になっていくのを感じたが、あくまで社交辞令なのだろうと思い、それ以上は考えないように努めてカーテシーをした。
「ありがとうございます、光栄です」
それから、上座のソファにロベールを案内し、向かいのソファにエマ、テーブルを挟むように一人掛けのソファに伯爵とカレンが腰掛けた。
そして、少し間を置いてからロベールが本題を切り出した。
「本日は先の功績を讃えて、エマ嬢に褒賞を与えたいとの言伝を賜って参りました」
瞬間、伯爵とカレンはお互いに顔を見合わせ、エマはギュッと手のひらを握りしめた。
「……私に……褒賞ですか?」
「ああ。宰相閣下から直々にお与えになられたいとのことだ。君さえ承諾してもらえるのなら、公爵家が管理をしている鉱山の利権等を授けたいとも仰っていた」
「こ、鉱山の利権⁉︎」
エマは思わず大声を上げ、ソファからずり落ちそうになった。それほど衝撃が強かったのだ。
エバンズ領の鉱山はこの国の特産品である、青色の宝石が多量に採掘されることで名を馳せている。
その需要は高く、純利益はかなりの額となると予想されるので、余ほどの不運が重ならなければ、おそらく一生お金には困らない生活ができることだろう。
「ああ。確かにそう仰っていたが、流石にそれは荷が重いだろうともお考えになられ、辞退する場合は代わりに何か君の希望をすることを叶えたいとのことだ」
思わず胸を撫で下ろして、ソファに浅く腰掛け直した。
「左様ですか……。ですが、それは私にはあまりにも身に余る光栄です。お気持ちだけを受け取らせてください」
ロベールは小さく首を横に振った。
「どのようなささやかなことでも構わないとも仰っていたので、何気ないことでもよいのだが」
そしてそれは必ずしも物ではなく、別の形でも構わないと付け加えられる。
思わず「王宮女官の補佐をさせて欲しい」と言いそうになったが、すんでのとこで堪えた。
(それは駄目だわ。公平ではなくなってしまうもの。公正な試験を受けて受からなくては、ケイト様のお傍でお仕えする資格はないわ。……そうだわ)
思いを巡らせると、小さく息を吐いた。
「バルト卿。よろしければ、それは保留にしていただいてもよろしいでしょうか」
「保留?」
「はい。……私がもし真に困ることがありましたら、その際に受け取らせていただきたいのです」
エマはあえて意味深な言い方をしてみたのだが、ロベールはその意図を理解したらしく、小さく頷いた。
「ああ、了承した。それでは閣下にそのように伝えよう」
「感謝いたします」
そうして、それからは伯爵とロベールによる世間話が続き、それもひと段落するとカレンが切りだした。
「バルト卿。よろしければ我が家の庭園をご覧になりませんか? エマに案内をさせますので」
突然、こちらに役目を振られたので冷や汗が流れた。
「それはとてもよい提案ですね。是非よろしく頼む、エマ嬢」
「は、はい!」
正直なところ事前に話を通しておいて欲しいとエマは思ったが、颯爽と立ち上がったロベールの笑顔を目にすると、いつの間にか緊張は薄れていたのだった。