第1話 断罪された令嬢
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短編作の長編版となります。
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第5話からオリジナルエピソードとなります。
「ケイト嬢! 貴様の悪行の数々、私が知らないと思ったら大間違いだぞ! 貴様のような悪事を働く者を王太子妃にするわけにはいかん! 貴様との婚約は本日をもって破棄する!」
今日は王宮での社交パーティー。
久しぶりに領地から王都に出てきて伯母と共に王家主催のパーティーに出席したら、なんと婚約破棄現場に遭遇してしまった。
遭遇したのはとある辺境の領地に住む子爵令嬢のエマ・グランデ、十九歳。
艶のある栗色の髪が、身につけている紫色のイブニングドレスによく映えている。
美味しそうな料理が沢山並んでいて嬉しい、幸せ! と思いながら意気揚々とお皿に料理を盛り付けていたところ、突然エマの背後から男性の大声が響き渡ったのだった。
婚約破棄を告げられてしまった相手は誰なのだろうと思い、おそるおそるすでに人だかりができているその現場の方に視線を移す。
すると、シルバーブロンドに美しい顔立ちで色白の肌の令嬢が、取り乱すことなく綺麗な姿勢で立っていた。
「婚約……破棄……ですか?」
確かこちらの女性は、公爵家の令嬢のケイトだったはずである。
エマはケイトと親交があるわけではないが、幼い頃に連れて行ってもらった王家主催のパーティーで一度会ったことがあった。
可憐で綺麗で気高くて……、エマは子爵令嬢なので身分の差があるにも関わらず、エマにも優しく接してくれたことを今でもよく憶えている。
(そんな方が、悪事を働いた……? いくらあれから時が経っているとはいえ、俄には信じられないわ)
「何のことでしょう。わたくしには何の身に覚えもないのですが」
「しらを切るでない! お前が男爵令嬢のカミラに嫌がらせをしてきた所業は分かっているのだ!」
王太子シャルルの言い分では、なんでも王太子らが通っている貴族学園でケイトが公爵令嬢の権力を笠に着て、これまで自身の取り巻きを使いカミラの教科書を捨てさせたり、衣服を隠したり悪い噂を流し孤立させるように仕組んだりと、それはもう陰湿なことを行ったそうだ。
周囲の人々は王太子の発言を信じて「なんてことを! 許せない! 今すぐ追放しろ!」だなんてことを言っているが、エマは彼女のことは全くの濡れ衣だと思う。
そして、そんな悪態をつかれているのにも関わらず、気高く姿勢を崩さないケイトの様子を見てそれは確信に変わった。
「わたくしは、そのような愚かなことなどしてはおりませんわ。それに、……カミラ嬢でしたでしょうか? 彼女とはほとんど面識がないのですが……」
「酷いですわ、ケイト様! 毎日虐げている相手の名前も知らなかったなんてっ!」
「ケイト! お前がまさかそれほどまで愚かだったとは! 即刻、婚約を破棄する!」
一人を大勢で囲んで一方的に捲し立てるのは、全くもってフェアじゃない。
相手の言い分を一対一でキチンと聞くべきだ。
だが、目前のステイフ王国、第一王子であり王太子のシャルルは骨の髄まで愚かなのか、そんな配慮のかけらもなかった。
それどころか、招待客を煽って皆でケイトを嘲笑させるように促す始末だ。
国王陛下と妃殿下はどうしているのだろうか。
そう思ってチラリと玉座の方へ視線を移してみると、国王は表情こそ変えないが今にも立ちあがろうとしている。
王妃が隣で、必死に国王を宥めているのでそれは抑えられているようだが。
この事態は国王、ひいては王家にとってはどのようなことと捉えているのだろうか。王太子の独断なのか、もしくは両陛下の承知の上での行動なのか……。
隣の席の第二王子も国王を宥めているが、視線は別の場所に向いていた。
よく見てみると、その先は渦中のケイトだった。彼もこの騒動が気にかかるのか。
第二王子は立ち上がって駆け寄ろうとするのだが、王妃に声を掛けられ止められている様子だった。
王族が無闇に関与するべきではないと判断したのだろうか。
(そうだわ、ケイト様は大丈夫かしら……!)
「分かりました。婚約破棄を受け入れます」
──ドサッ。
ケイトは気丈に言った直後、何かがプツリと切れたのかその場で倒れ込んでしまった。
ピクリとも動かないので気を失っているのだろうか。
「ふん、大袈裟な女だ。自作自演がみえみえだ!」
だが、数秒経っても動く気配がしない。やはりケイトは完全に気を失っているようだ。
(大変! 早く救護室にお連れしなければ!)
とはいえ、部外者であるエマが易々と出しゃばるわけにはいかない。そう思い周囲を見渡すのだが、誰も動こうとはしなかった。
皆、シャルルを考慮して動きたくても動けないのか。国王も第二王子も動こうとはしているのだが、シャルルが咄嗟に配下の者を使って妨害しているようだ。
(いいえ、そんなことを気にかけている場合ではないでしょう! 人命が掛かっているのよ‼︎)
ただ、ケイトを抱えて移動したいのだが、非力なエマでは重量のあるドレスを身につけた彼女を抱えて歩くことは不可能だと思われる。
「すみません、どなたか肩をお貸しいただけませんか⁉︎ ケイト様を救護室へお連れしたいのです‼︎」
エマは渦中の人垣の中になんとか入って、ケイトの近くまで近寄ってから大声をあげた。
もし、これで自分の評判が下がって結婚相手が見つからなくなるようでも構わない。家の評判が下がるようならなにか手立ては考えなければならないが、それはともかく後で考えればよい。
それよりも、今はケイトを一刻も早く治療しなければ今にも深刻な状況になっている可能性もあるし、手遅れになるかもしれないのだ。
「私がお連れしよう」
そう颯爽と名乗り出たのは、長身で黒髪・翡翠色の瞳が印象的な美男子だった。
今が有事でなければ、確実に見惚れて言葉を紡ぐことなどできなかっただろう。
「よろしくお願いいたします!」
そうして、黒髪の男性はゆっくりとケイトを抱き抱えると、会場を退室するべく歩き出した。エマもすぐについていく。
会場内は侮蔑と安堵との両方の色をみせていたが、男性の登場が意外だったのか、彼が抱えるケイトに対して次第に労いや心配をするような声が上がりはじめたのだった。
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