(下)
*10
私が二日連続でユウキ君が休んでると知ったのは放課後だった。図書室に行っても彼がいなくて、そらに聞いたら「休みだよ。聞いてないの?」と言われた。そういえばたしかにいまだにユウキ君から返信は来てない。二日連続で休み。風邪だろうか。べつにおかしくはないが、どこか胸騒ぎがする。私は再度彼に「大丈夫?風邪?もしそうならお大事に。」と送る。それからそらたちと一緒に帰る。返信は来ない。
私がユウキ君にお見舞いにいこうと決意したのは彼が休みはじめて一週間たつ放課後だった。送ったメッセージの返信はいまだにこない。最初は不安はあったが大丈夫かもしれないという、気持ちだってあったし、こんなことでいちいち心配してたらもしかしたらうざがられるんじゃないかっていう私の臆病なところが勝ってた。でももう一週間たつ。もしかしたら、なにか大事が起こってるのではないか。そう思うといてもたってもいられなかった。私はD組の担任の先生に話にいく。
「ユウキく、あっ、えっと久我くんのお見舞いに行きたいんですけど、場所しらなくて。あ、私、去年同じクラスだったんです。聞きたいんですけど、そういうのって大丈夫ですか?」
私が聞くと先生は迷うように「うーん、、」と考えこむ。
「いやあな、ホントはダメなんだが、あいつに渡さなきゃいけないプリントたまってるんだよな。それに久我が誰と仲良くしてるか先生もわかんなかったから誰に頼めばいいか考えていたところだ。ちょうどいい。プリント渡すから、それをお見舞いついでに久我にもってってやれ。」
先生はそういって大量のプリントを渡す。そしてメモ帳を取り出すと住所をさらさらと書き込み、ちぎって渡してきた。
「ほら、これが久我が入院してる病院の住所。」
「え…?」
今なんていったの?入院してるって、どういうこと?
先生は私の動揺なんて全く気づかず、
「いやー、よかったよかった。久我と仲いいひとが来てくれて。正直困ってたんだよなー。」
と笑っている。
「え、久我くん、入院してたんですか?」
「あれ、知らなかったのか?てっきり知ってるものかと思ったんだが。今久我は入院してるぞ。たしか難病がどうこうで。昔から患っていたって聞いてたから、もう白坂もしってて俺のところに来たものかと思ったぞ。」
「え、ああ。そうなんですね、、。ありがとうございました、早速行ってきます。」
「おう。気を付けていけよ。」
私は加速する不安と動揺を悟られないように足早に職員室をさる。ユウキ君が、入院。それも昔から。もしかして、それとユウキ君が誰とも仲良くしようとしないのは関係があるんじゃないか。なにか嫌な予感がする。私はすぐに病院に向かった。
*11
私は病院で面会の受付をした。恋人だというと受付の人はすぐに病室を教えてくれたが、かわりに私の心がずきりと傷んだ。まあ、そのうち頑張ってそういう関係にするんで許して、とわけのわからない言い訳を自分の心にして、病室へ向かう。こんな大きな病院始めてきたから、どこにどの病室があるのかいまいちつかみにくい。たどたどしい足取りでなんとか病室の前についた。深く息を吸い込んでドアに手を掛け、開ける前に息を吐き出してとまる。本当にいいのだろうか。こんなことをしたら彼は迷惑だと思うだろう。私に入院のことを教えなかったのも難病のことを教えなかったのもなにか理由があるんだろう、きっと。私は今、その思惑を蔑ろにしてることになる。私は迷う。でも、私はドアを開けることにする。事情をしりたい。本音をしりたい。ユウキ君を、しりたい。後悔したとしても。それが私の本音で、エゴだ。私は決意をして、ガッとドアを横にスライドさせる。
私の姿をみとめた彼は唖然としていた。驚愕と呆れ、それから私の見間違えじゃなければ、わずかに喜んでたようにも見える。そういうことにする。
私はなるべく明るく振る舞う。
「やっほ、来ちゃった。」
彼は額に手を当てて、大きくため息をつく。
「今度あの学校のレビューにプライバシーが一切守られない最低な高校ですって書き込むことにしたよ、君のせいでね。」
「私のせいじゃないよー、先生が教えてくれたんだから全面的に先生のせいだよー。プリント届ける必要があるからって。」
「どうせ君が知りたいってお願いしたんだろ。」
「へへー。さあ、どうでしょう。」
私はそこで話を区切る。
「ねぇ、難病ってなに?なんで入院してるの?」
「さすがにここまできてなんでもないよで隠しとおすのは無理そうだね。言ってもいいけど、聞く?」
彼は再度大きくため息をつく。私は頷く。
「まあ、難病は難病だよ。何万人に一人、治らない、みたいな。まあそれで、寿命ももう長くないんだ。もってあと1、2年らしいよ。それでも薬を飲めばそれまでは普通に生活できるんだけど、今回はちょっとこの前の定期検査で異常が見つかったらしくて。すこし手術が必要だったから入院した。」
「え、、。」
淡々と言う彼と引き換えに、私は絶句する。寿命があと1、2年?治らない?私が言葉をつまらせてると、ユウキ君は深く息をはいた。
「ほら、やっぱりそんな顔をする。あのときと同じだ。やめてよ。僕は君にそんな顔をしてほしくないから黙ってたんだ。メッセージだってわざわざ無視したのに。それで君が僕を嫌いになってくれれば、関わらなくなってくれればよかったんだよ。そうすれば君はそんな顔しないですんだし、僕は君のそんな顔をみないですんだ。君も僕も、傷ついて傷つけられて、後悔をすることはなかったんだ。」
ユウキ君は申し訳なさそうにいう。その顔はどこか歪んでいた。反射的に私は叫ぶ。
「それは、違う!私はたしかに今はすごく悲しいけど、ユウキ君に無言でいなくなられたときはもっと悲しかった!それに悲しいと思ってる分だけ私はユウキ君から素敵な時間をもらった!ユウキ君はそんなことないって言うかもだけど、私はユウキ君が仲良くしてくれたおかげでたくさん救われた。だから、後悔なんしてない!」
私が捲し立てるように言うと彼は驚いたような顔で瞬きをする。それから「まさに合縁奇縁だね」と笑った。
「じゃあ僕は今から君を慰めてその顔をやめさせるのが正解なのかな?こういうとき人付き合いというものをしてこなかった僕は君になんて声をかけるべきかわからないのが申し訳ないね。無理なものは無理だろうし君が友達のためにそこまで泣ける人だと知ってるから泣くなとはいえないけどさ。思う存分共感してくれて、泣いてくれて、疲れたらさ、今度はその友達のために笑ってほしいな。僕は君の笑った顔の方が好きだから。」
彼にそう言われて、私はそこでようやく瞳に溜めていた大粒の水を溢しながら泣いた。声だけは頑張って殺したけど、頬はもう大分水で濡れていた。それを彼は優しく見守っていた。
ようやく涙がおさまってきた。そんな私をみて彼は言う
「どう?お喋りできそう?」
「うん。まだ少し消化しきれてないけど、たぶん大丈夫。」
「そう。それはよかった。残りはぼちぼち頑張って消化してね。」
「そうする。それで、もしかして、ユウキ君が人と関わらない理由ってその病気が理由?」
「うん、まあそうだね。ほぼそんな感じ。だって、死ぬとわかってる友達なんて、悲しいだけだろ。」
「まあ、確かに悲しいけど…」
そんな卑屈な言い方しないでほしい。
「でしょ。僕は君みたいな例外を除いて誰かを悲しませるのは嫌だからね。」
「ふーん。私を悲しませるのは嫌じゃないんだー。」
「君の場合は自業自得でしょ。僕は忠告したよ。」
「そうだけどさー。あーあ、そうならそうと言ってくれればもっとユウキ君との時間作ったのに。」
「そうやって気を遣われるのも嫌だったしね。それに、僕は前にも言ったけどそもそもの性格として友達とわいわい遊ぶより一人で本読む方が好きなんだよ。」
ユウキ君は「だから気にしないで。僕のエゴで伝えなかっただけ。」と笑った。
「ユウキ君はそう言うけどさー。やっぱり気にするもんは気にしちゃうよー。え、東京に行くとか大丈夫だったの?食事とかなにも考えずに提案してたけど、よかった?」
「いや、食事もだけど、遠出のやつとかもほんとはよくないね。」
「え、まじですか、、。本当にゴメン。」
「本当だよ、全く。東京でぶっ倒れて君の罪悪感煽ってやろうかと思ったもん。」
ユウキ君は縁起でもないブラックジョークを口にしてから、「でも。」と言った。
「でも、ここだけの話。あの日君と東京に行った日も含めて、君といるときはちょっとだけ。ちょっとだけだけど、いつも迷惑よりも嬉しいとか楽しいが勝ってたんだ。」
彼のいう「ちょっと」がどのくらいか私にはわからないけど、照れたようにはにかみながら言うユウキ君を見て、私はだいぶほっとした。
「そろそろ面会終わりなんじゃない?」
「あ、ほんとだ。もうこんな時間。」
私は時計をみて驚く。
「ホントはね。もっと話したいことあったんだよ。新しいクラスになったんだよ、とか相変わらず校長の話は中身ないくせに長かったよ、とか。」
「うん。」
「でももう話す時間ないみたい。」
「じゃあ、メッセージを送ってよ。今度は返すからさ。」
「ホント?約束だよ」
「わかった。約束する。」
私はそれを聞いて満足する。
「ほんと、お大事にね。あと…」
私は伝えるかどうか迷ってた言葉を伝えることにする。
「あと、もしユウキになにかあったとき私に話してほしい。ほしかった。今までたくさんユウキ君にもらった分、私もユウキ君に返したかった。助けになりたかった。」
「うん。」
「だから、次は、私を信頼して、話してほしい。知ってる?人と人との繋がりって凄いんだよ?」
彼は私の目をみたので、私も彼の目を見る。彼は少しだけ、まだ迷っているようだった。
「安心していいよ。ユウキ君の予想通り、私のメンタルは十分に強いから。」
それを聞くとユウキ君も表情を柔らかく緩めた。
「ほんと、君には勝てないな。よく覚えてたね、その会話。そうだね。じゃあ、次からは君を頼ってみるよ。」
それを聞いて私は嬉しくなる。
「じゃあ今度こそバイバイ」
私が挨拶して部屋を出ようとすると彼は
「またね」と言ってくれた。
それだけで私は救われたような気がした。
病室を出たら知らない美人さんに話しかけられた。
「すいません、ユウキのお見舞いですか?」
「あ、はい。そうです。お姉さまですか?」
「よくわかりましたねってそれもそうか。ユウキのお見舞いにくる人で私くらいの年齢だと普通それ1択か。今日はわざわざお見舞いにきてくれてありがとうね。」
「あ、いえ!こちらこそ突然押し掛けてすいません。迷惑だったじゃないでしょうか?」
「まさか!そんなことないよ。全然。ユウキも絶対喜んでる。」
うんうん、とユウキ君のお姉さんはうなずく。
「と、こ、ろ、で~」
ユウキ君のお姉さんはニヤリと笑う
「ユウキとはいつから付き合ってるの?あのこ、自分からそんな話しないから、全然知らなかったわ。」
「?!」
顔が急にぼっと火照るのがわかる。
「付き合って、ないです、、。」
「おかしいな~。受付の人から彼女が面会中だって聞いたんだけど。」
笑いながらお姉さんは言う。
「それはちょっと、勢いというかなんというか、、ごめんなさい」
「あー違う違う!謝ってほしくていったんじゃないって。からかっただけよ。でも、ユウキなんかでいいの?」
私が好意を抱いていることは速攻でばれたらしい。まああんなにあからさまに動揺したりしたらそりゃばれないほうが不思議か。
「違います。ユウキ君がいいんです。」
私はもうどうにでもなれと思って言いきる。
「そっか。あなたみたいなかわいくて優しいこに好かれるなんて、ユウキも思いの外すみにおけないね~。」
からかうようにいいながら、目の奥に暖かさを滲ませて言うお姉さんの姿はどこかユウキ君と重なって、やっぱり兄弟だなって思う。
「まあ、もしほんとに付き合ってなくても安心しな。ユウキはたぶんあなたのこと好きだから。知ってる?うちの弟、本読むペースが最近落ちててさ。どうしたん?って聞いたら『うるさい友達から突然脅迫文がきそうでこわいからスマホに意識が散って読書に集中できない』って。笑ってそんなこと言うんだから最初は意味わかんなかったけど、今日たのしそうに話してるの聞いてわかった。ユウキは好きな人を見つけたんだなって。ユウキが楽しそうに笑ったのみたの、いつぶりだろう。だから、安心していいのよ。」
私はそれを聞いて胸が熱くなる。そっか、そうやって意識して貰えるくらいには、私は大きな存在になれてたらしい。些細なことなのかもしれないけど、私は心の中でガッツポーズ。ああ、それを知ってもなお永遠に告白する勇気が出ない自分が情けない。
最後にお姉さんにお礼を言う。
「ほんとに、ありがとうございました。お話しできて嬉しかったです。」
「いいって。私が話したくて勝手に話しかけたんだから。むしろ迷惑じゃなかった?」
「いえいえ!全然そんなことないです!ぜひまた機会があればお話したいです。」
「お、本当?嬉しいこと言ってくれるね~。」
笑顔で手を振ってくれるお姉さんにペコペコ頭を下げながら私は病室をあとにした。帰りはちょうど学校帰りの高校生と被ってしまった。すべりこめた電車は混雑こそしてなかったものの、学生同士の喋り声が実際より少し多くの人を感じさせた。その中で一人ぼっちの私はどこか少し寂しさを感じる気がして、特に理由もなくスマホに目をおとした。ちょうど、ピロン♪とだれかからメッセージが届く。
「今日はお見舞いありがと。」
メッセージはユウキ君からで、久しぶりの彼からの通知に、短文でもなぜかひどく嬉しかった。私はすぐにメッセージを返す。
「いえいえ~。こちらこそ。急に押し掛けて、迷惑じゃなかった?」
「迷惑って言ったところではたして君は反省するの?あー、超迷惑だったわ。本当、僕じゃなきゃ絶対そう思ってたね。」
「ユウキ君はどう思ったの?」
「さあね。」
「教えてくれてもいいじゃん、減るもんじゃないんだし。ケチ。」
メッセージのやりとりはいつの間にか寂しさをかきけしていて、そのせいで私は電車を乗り過ごしてしまった。まったくもう。
*12
「ゆづ、昨日ユウキ君のお見舞いいってたでしょ。」
「え?」
放課後突然そらにそう言われてビックリする。その事は誰にもいってないんだけど。なんで知ってるんだろう。そんな私の意図を察したのか
「あ、ごめんね!違うならいいの。私が勝手にそう思っただけ。だからもしホントだったとしても私以外誰も知らない。」
「そうなんだ、まあそらならいいや。いったよ。でも、なんでわかったの?」
「うちの担任の先生、『だれか久我のお見舞いに行くやついないか』っていつも言ってるんだけど、今日は言わなかったし、その前日のタイミングでゆづ『先帰っていいよ』っていって私たちバラバラに帰ったでしょ、だから。」
「あー。」
確かにそれだけ情報があればすぐに推測できそうだ。
「まあ隠すようなことじゃないしね。うん、行ったよー、お見舞い。久々にユウキ君にあえて嬉しかった」
私はピースサインを作る。
「ちなみに、なんで図書委員君、あー、いや。久我くんは一週間も休んでたの?」
「あー、うーん、色々あったっぽい。」
「ふーん。なるほどね。のぞみは?」
「のぞみんは今日は彼氏とデートっていって先帰った。」
「あー、たまに忘れるけど、あいつ彼氏持ちなんだよねー。あーあ、これで男がいないのは私だけか~」
「私もべつにまだ付き合ってる訳じゃ、、、。それに、そらは可愛いし、話すの上手だからすぐにいい彼氏ができるよ。」
てか、逆になんでいないのか不思議まである。そらは「はいはい。お世辞でも嬉しいよ。」って言って笑ってるけど、実際たぶん私があった人のなかで一番可愛いと言っても過言じゃないし、話すのも聞くのも上手で、お喋りしてて楽しい。良縁にさえ恵まれたらたぶんすぐに彼氏できると思う。
そうして二人で雑談を続けながら、ぼちぼち帰り始める。
「あ、私、ここで降りるね。」
いつもはスルーしてる駅で私が降りることにそらはとくに疑問を覚えることなく「お見舞いいってらっしゃい」と私を見送ってくれた。この子、察しがよすぎる、、恥ずかしい!
病院で部屋番号と名前を言って面会の許可を貰い、昨日とは違って覚えた道を歩く。
ガチャリと景気よく音を立てたドアの向こうで、ユウキ君は相変わらず本を読んでいた。ドアの音に気づいてちらりとこちらに目をやり、そっこーで本に目を落とす。
「おいおいおーい。なんで今こっちに視線を向けたのに本を閉じるどころか再度視線を本に戻してるのさ。」
「あれ?来てたんだ。いらっしゃい。」
白々しくそういいながらようやく本を閉じる
「まったくもう。この私がわざわざお見舞いに来てあげてるのに、ありがたいとか思わないの?」
「この僕がわざわざ本を閉じて君の方を見てあげたのに、ありがたいとか思わないの?」
「不遜ー!」
私の言葉に冗談冗談、と笑いながら「お見舞いありがとう」と微笑む。
「体調はどう?」
「だいぶいいよ。予定どおり明日退院できるっぽい。」
「そう。それはよかった。」
「まあよく考えたら退院してても入院してても、一日の暇な時間を読書に当てるのは変わらないからさして変わらない気がする。」
「不健康だよ、退院したらもっと出掛けなきゃ。」
「君、僕が病人ってわすれてない?」
「普通の私生活を送る分には平気ってきいたよ」
「ごめんね、僕の普通には出掛けることは含まれてないんだ。」
「大丈夫!私が見守ってあげるから。」
「なんかさも僕が出掛けるとき必ず君がいるみたいな言い方だね。」
「え、逆に他にどういう意味が考えられるの?」
「ごめんね、僕の普通には友達と遊ぶことも含まれてないんだ。」
「え、それは大変!その辞書間違ってるよ。私が書き直してあげる。」
「遠慮しとくよ。君の書いた辞書なんて、嫌な予感しかしない。」
その言葉に私は「酷いこと言うね。」と笑い、ユウキ君は「事実だよ。」とわざとらしく顔をしかめた。
「で、今日はなにしにきたの?君が純粋な優しさでお見舞いにきたとは思えないんだけど。」
「うわ、ひどい。純粋な優しさでお見舞いに来てあげたのに。」
「冗談だよ。来てくれて嬉しいよ。ありがと。」
ユウキ君はそういって温かく笑った。不意打ちはずるいと思う。不覚にもドキッとした。
「うんうん。素直でよろしい。入院生活はもう慣れた?明日退院だっけ。やっぱり退屈?」
顔が緩まないようにしながら私は話を変える。
「そうだね、明日退院。退屈?んー、、。君にとってはそうかも。僕とかはほら、一人で本読むのが好きだから全然そんなことないけど。」
「あー、なるほどね、たしかに私は退屈って思っちゃうかも。寂しい…はユウキ君はなおさら感じないかな。」
「そだね。幸い、唯一の騒がしい友達がなんだかんだの優しさでお見舞いに来てくれてるし。」
「騒がしいは余計だったよね?そんなんだから友達にたいして唯一ってフレーズを遣わなきゃいけなくなるんだよ?」
私は頭を小突く。ユウキ君は関係ないだろ、と笑った。
「もう。お見舞いに来なければよかった。」
「来なければよかったって。僕はべつに頼んでないだろ」
「え?そういうこと言っちゃうんだ。へぇー。」
「あー、悪かったって。冗談。謝るからそんな目でみないでくれ。僕は君みたいな可愛い人にお見舞いに来てもらって幸せですよ。」
「うんうん。言わされてる感が気になるけど揺るしてあげる。」
その後しばらく他愛ない雑談をしてから
「じゃあ、私そろそろ帰るね。くれぐれもお大事に。」
と病室をでようとする。
「あー、もうそんな時間か。そっちこそ、帰り道気をつけて。」
「うん。じゃあねー」
手を振る私にユウキ君は「またね」と手を振りかえしてくれた。些細なことだけど嬉しくて、次にユウキ君と会うのがまたすこし楽しみになった。
*13
学校はいつだってだるいけど、今日は少しだけ、ほんのすこーしだけ楽しみだったかもしれない。昨日、無事退院したユウキ君が「明日借りた本返したいんだけど、どこか暇な時間ある?」とメッセージを送ってきた。え、なんだかんだ初めてじゃない?一緒に会う約束をユウキくんから取り付けるのって。んー、なんか感動的。とりあえず私は放課後一緒に帰らないか、と提案。OKが出たので放課後に図書室で待ち合わせとなった。それが理由かはわからないけど、どうやら私はいつもより少し上機嫌だったらしい。のぞみとそらに、今日なんか楽しそうと言われた。
「このあと愛しの彼にあえるからかなー?」
「そんなんじゃないって。気のせいだよ。」
実際は多分ちっとも気のせいじゃないけど。もうすっかり野次馬と化したのぞみをそらにつれてって貰い、私は三年生になって初めて図書室へ足を運ぶ。月曜日の図書室は相変わらず閉館日で、だから図書室の前にいるのが誰なのか、顔をみなくともわかった。
「おまたせ、ユウキ君。久しぶり~。」
「やあ。一昨日ぶりだね。久しぶりの意味知ってる?」
「そうだけどさー。学校でユウキ君と会うのは久しぶりじゃない?やっぱりユウキ君は学校の図書室にいてなんぼかなって。」
「人を図書室に住み着く生き霊かなんかだと思ってる?そりゃたしかに図書室は好きだけど、それは本を読むのに適した環境だからってだけだから。」
「へー、そうなんだ。私はてっきり図書室に住み着く生き霊かなんかだと思ってた。」
「僕が生き霊かなんかの類いなら、白坂さんのことをとっくに呪ってるね。本が好きになる呪いとか。」
「なにそれ」
私はケラケラと笑う。
「まあいいや。はい、これ。借りてた本。すごく面白かったよ。ありがとう。」
「でしょ?これは普段本読まない私でも何回も読み直すくらいの本だからね。ホントにおすすめ。」
別に私が褒められたわけでは全くないが、おすすめした本が褒められると私もなんか嬉しくなる。私たちはそのまま話が盛り上がって、しばらくその本の感想を言い合う。気づいたら数十分くらいたってて、ようやく「そろそろ帰るか」という話になる。
「一緒に帰るの久しぶりだね~。」
「そうだね、君に付きまとわれるのもずいぶん久しぶりに感じるよ。」
「ねえ、せっかく可愛いくて優しい私が一緒に帰ってあげてるのに、付きまとわれるって表現するのやめて?私が悪者みたいじゃん。そんなんだから私に付きまとわれるんだよ。」
「今の発言が矛盾してることに気づいた方がいいよ。せっかくの可愛さと優しさが台無しだ。」
「聞こえなーい。あー、友達と一緒に帰るのは楽しいなー。」
私はわざとらしくそういって歩き出す。ユウキ君も苦笑しながらちょっとまってよと私を追う。
「最初に一緒に帰ったのはいつだっけ?」
「君の探し物を手伝った日だよ。あのときはまさかここまでの付き合いになるとは微塵も思わなかったよ。」
「私はユウキ君とは仲良くなれると思ってたよ。」
「僕は君とは仲良くなれないだろうなと思ってたよ。なにせ初めて話す人にいきなり『ユウキ君って思ったより社会性あるよね』なんて言う人だ。積極的に人と仲良くなろうとする点といい、僕とは全然気が合わなそうだったからね。」
まあ覚えてないだろうな。実は何回か話してるなんて。実はココアまでご馳走になってるなんて。言えば思い出してくれるかもしれないけど、それは反則な気がしたからまあ黙っていよう。それにしても、初対面の人に失礼な態度って点ではユウキ君もなかなかだと思うんだけどなあ。
「まあ、結果としてこうして仲良くやってるじゃん。だから私の勝ちということで。」
「たしかに、これはさすがに仲良くなったといわざるを得ないね。今回は負けを認めてあげるよ。」
「でしょ。そして、仲良くなったと認めてくれるならそろそろ名前で呼んでくれてもいいよ。いっつもユウキ君、私のこと君って呼ぶじゃん。なんか他人行儀じゃない?それとも、まだ私の名前覚えてないとかいわないよね?次その台詞聞いたら私、驚きのあまり卒倒するよ?」
ユウキ君は「さすがに覚えてるよ。」と苦笑いした。
「白坂柚月、でしょ。まさかまだあのときの会話根に持ってるなんて。僕が君のことを君って呼ぶのは単純に癖だよ。僕は今まで基本誰かを呼称するとき、いつも君って言ってたからね。心の中ではわりと早い段階で名字で呼んでたよ。」
私は思わず笑ってしまう。
「心の中でってなに。じゃあそう呼んでよ~。」
「君がそう呼んでほしいならそうするよ。白坂さんって呼ぶね。」
「えー、だめ。名前がいい。ゆづって呼んで。私もユウキって呼ぶから。」
「んー、まあ別に呼び方なんてなんでもいいけど。じゃあユヅって呼ぶから。」
お、思いの外あっさりOKが出た。なんか、あんまりユウキから名前で呼ばれるの想像できないかも。
「ちょっと呼んでみて。」
「やだよ。なんでそんな付き合いたてのカップルみたいなことしなきゃいけないのさ。必要になれば別に普通に呼ぶよ。」
「いいじゃん。減るもんでもないし。」
「えー。まあいいけどさぁ、、、。」
彼は「恥ずかしいんだけど。」とボソッと嘆いたあと、「ユヅ。」と声に出した。優しそうな唇が柔らかく動く。あー、なんだろうこれ。思ったより恥ずかしいんだけど??
「あれ、どうしたの?ユヅ、顔赤いよ、大丈夫?」本気で心配してそうな鈍感な彼の質問に私はなにか言葉で返事する代わりに一回ユウキを軽く叩いた。
「???」
混乱するユウキに私は「もう、バカ!」と罵倒の言葉を浴びせた。
「なんで恥ずかしいことをさせられた側じゃなくてさせた側が怒ってるの?」
「知らない!もうお腹いっぱいだからしばらく呼ばなくていいよ。」
「よく思うけどユヅはやっぱり理不尽だよね。僕今進行形でなんで怒られてるのかわからないんだけど。」
ユウキは心底不思議そうな顔をしている。恥ずかしくないのかな?私ばっかり負けてる気がする。今度やり返してやろ。私はこっそりどうでもいいことを決める。
「私は別に理不尽じゃないよ~。ユウキが鈍いんだよー。」
「まあ鈍いのは否定できないかも」
ユウキはそういって屈託なく笑う。気づいたらもう駅前で、いつもと同じ道をいつもと同じ早さで歩いてるはずなのに、ユウキと二人で帰るときだけ少し早く駅についてるような感覚があるのは相変わらずだ。いや、もしかすると前より重症化してるかもしれない。私たちは駅のホームはほぼ無人で、どうやら電車はついさっき行ってしまったようで、しばらく待ちそうだった。仕方なく近くのベンチにならんで腰を下ろし、次の電車がくるまで他愛のない雑談を繰り広げる。雑談はブレーキ音に盛大に邪魔されるまで続いた。
「あ、ようやく来た。」
「それな~。私もう待ちくたびれたよ。」
よいしょっと立ち上がると「お婆ちゃんじゃん」とユウキにからかわれた。
「はあー?超失礼。レディに向かってなんてこというの?これだからユウキは。」
「悪かったって。」
面白そうに笑うユウキに私はベーと舌を出す。
そういえば、最近ユウキが笑うのをみるのが増えた気がする。というか、今までが見なさすぎたのか。どちらにしても、私的には嬉しい。
「ユウキ、最近変わったよね。今まではずっと無愛想だったのに、笑うようになったりとか。」
「…ほんと?今まで無愛想だった自覚も、最近笑うようになった自覚もないんだけど。」
「自覚なかったの?まじか。」
どうやらユウキは本気で自覚がないようで、首をかしげてる。
「まあ、たしかに今まで人と付き合うの避けてたし、感情を表に出す機会は少なかったかも。それに、ユヅがそう言うならそうなんだろうね。だとしたらユヅのせいだよ。ありがと。」
感情豊かになっても相変わらず素直にはならないユウキは、私のおかげっていってくれてもいいのにわざわざ私のせいと表現しながらお礼を言う。
「それはどういたしまして。もう、素直に感謝するなら感謝してくれればいいのに。」
「さあね。別に感謝はしてないかもよ。」
「大丈夫、ユウキがありがとうって言ったならそれはありがとうって意味だから。」
「ふーん。」
あたりだったのか、ユウキはつまらなそうにそう返事した。それが面白くて私はつい少し笑っちゃう。素直じゃないなー、まったく。
「なに笑ってんのさ。」
「いや、別に。」
「ユヅこそ、最近笑うようになったんじゃない?主に嫌な意味で。」
「それはユウキのせいだよ~。ありがと。」
「ユヅのありがとうにはありがとうって意味はなさそうだね。」
「あるよー、あるある。」
実際、ユウキと笑ってる時が一番楽しいよ、感謝してる。なんて言えるはずもなく、「ほんとだよー?」とだけ私は伝えた。素直じゃないのは私も一緒だった。
*14
「じゃ、駅ついたから。僕はこれで。」
「うん、また明日。」
ユヅが手を振るのにたいして僕も「また明日」と手を振り返す。そうしたあとで、僕はわずかに自分に驚いた。いつのまに自然に「また」って言葉を人に使うようになったんだろう。今までは意識的にそういう言葉を避けていたのに。人と仲良くなることを避けている僕にとって「また」なんて言葉は使いたくない言葉の1つだった。また、なんて会いたくないから。また、なんて会える保証はないから。ふとユヅの言葉を思い出す。『最近変わったよね』か。まあ、たしかに正直その心当たりがないわけではない。僕はユヅに当てられて、確実に変わっている。その変化に良し悪しをつけれるほど僕はまだ自分の病気と性格にわりきった考え方をしてないけど、ただ、楽しいな、とは思う。ユヅだったらそれならいいじゃん、と笑いそうだな。僕は一人苦笑しながら暗い帰り道を歩いた。
「ただいま。」
「お!お帰り!」
帰宅すると姉貴がテンション高めで出迎えてくれた。そしてこういうときは大抵めんどくさい。僕に話したいことがあるということだ。そしてここ最近の姉貴の僕に対する興味なんて1つだ。
「どうだった?久々のユヅちゃんとの帰宅は。」
「なんで一緒に返ってること前提なの?」
「あんたが悪いんだよー?私の前で『借りた本返さなきゃ』なんて言うから。あんたは図書室とか図書館で本借りないから、誰か個人から借りたんだろうけど、そんなに仲いい人は一人しかいない。」
「まあ、そこまでは認めるとして、なんで一緒に帰ったと思うの?」
「そりゃあ、ああいう子は友達多いからお昼は友達と過ごしそうだし。クラスは違うっぽいから必然的に放課後かな?って。なにより、一番二人きりの時間が確保できるしね」
姉貴は親指をたてて、グッドサインを示してみせる。謎の推理力に頭がいたくなった。
「で、どうだった?」
「どうだったってなに?普通に本返して普通に話ながら一緒に帰っただけだけど。」
「はあ?あんたねー。早く告白しなよー。男でしょ。」
「姉貴のほうが男だろ。」
僕がそう呟くと姉貴は拳を固めてこちらを睨む。
「なにかいった?」
「いーえなんでも。」
あー、かわいそうな僕。恐ろしい姉貴に睨まれて萎縮する僕の図はさながら蛇に睨まれた蛙だ。
「それに、彼女はきっと僕のことをたくさんいる友達の一人としか見てないよ。」
「ふーん。」
姉貴は僕の言葉を聞くとなにか言いたそうな顔をしつつも黙ってしまった。その顔にはそんなことない、って書いてある。でも僕はやっぱりたくさんの友達の一人なんだろうなと思う。誰とでも-それこそこんな僕とも仲良くしようとしてくれるのが彼女の美点の1つなんだろう。だから僕が特別って訳じゃない。あー、なんだろ。改めて考えてたらなんか悲しくなってきたな。僕は姉貴との雑談のせいで無駄に味わった苦味を、いくつかの薬と共に水で飲み込む。姉貴はそれを横目で見ながら「ま、頑張りなよ」と手を振った。
ここ最近、本を読む時間が減った気がする。原因はわかりきっているので戻そうと思えば戻せるけど、不思議なことになぜか僕はこのままでいいと思っているらしい。読み終わった本をパタンと僕は閉じる。ここでいつもならその本を本棚に戻し、新しい本を見繕うところだけど、僕は本を本棚に戻したあと、スマホを開ける。やはり何通か、ユヅからメッセージが届いていた。
「やー、面白かったでしょあの本!」
「私の唯一の読書痕跡(笑)」
そんな感じの内容が、謎のスタンプとともに送られてくる。直接話すのと違って、機械を通した無機質なメッセージのやりとりの筈なのに、ユヅのメッセージは抑揚がつたわるから不思議だ。
「普通に面白かった。ユヅにしてはいい仕事したね、褒めてあげる。」
「うわ、上から目線腹立つ」
「お礼にユヅにも僕のおすすめの本貸してあげようか?」
「えー、ほんと?読みたい!」
へー、意外だ。てっきり断られるとおもってた。
「あれ、断らないんだ。てっきり『わたし本嫌いだからやだ』って言うとおもってた。」
「たしかにそうだけどさー。友達にお薦めされた本は読むよー。読まずに全部本は無理って一括りに否定するのも違うじゃん?」
なるほど。ユヅらしい、素敵な考え方だ。
「いつでも貸せるけど、いつがいいとかある?なんなら明日貸せるけど。」
「特にないよ~。ユウキの都合のいいときで。」
「了解。じゃあ明日持ってくわ。」
そこでユヅは変なスタンプ(おそらくありがとうの意を含む)を送ってきた。僕はそれをみてからスマホを再び閉じて、今度こそ次読む本を見繕った。ユヅが好きそうな本もついでに探したら、おもったより時間がかかってしまった。これじゃ次の一冊は寝るまでには読みきれそうにない。
自慢じゃないけど、人と関わらないようにしてきた三年間はしっかり効力を働かせていて、ここ数年で好き好んで僕に話しかける人なんて、ユヅぐらいだった。だから朝、「おはよー」と学校で僕に話しかけてきた人が、最初、僕に話しかけているのだとおもわなかった。
「おーい。お、は、よ、う。ユウキ君。」
2度目のおはようで僕はようやくそれが僕に向けての挨拶だと理解し、開いていた本を閉じる。
「あぁ、えーっと、僕に言ってる?」
「それ以外誰がいるの。」
「まあそうだね。この場合僕は最初におはようって返事してから誰?って訝しがるのが正解?それとも、最初に誰?って訊いて正体をはっきりさせた上でおはようって返すのが正解?」
「ふむふむ、ユヅから聞いてた通り、なかなか話してみたら面白そうだね。」
僕の質問は無視して一人でうなずく女性に僕は全く見覚えはなかったけど、「ユヅから聞いてた通り」って言葉を使うからにはユヅの友達なんだろう。
「まあいいや、おはよう。」
僕はとりあえず挨拶だけ返してから、本を開き始める。
「えー、ちょいちょいちょい。まってよ!」
それを見るや否や彼女は僕に苦情をいれる。
「ひどいよー、せっかくだしもっと話そー?まだ朝のホームルームまで時間あるんだし」
「せっかくたけど遠慮しとくよ。まだ朝のホームルームまで時間があることだし、昨日読み終わらなかった本を読むことにするよ。」
「いいじゃん。ユヅと私で態度ちがくなーい?同じように仲良くしてよ~。」
彼女は粘り強く僕に話しかける。というか、僕にそうまでして話しかけても誰も得しないと思うんだけど。
「一つ。ユヅにも最初僕は同じ態度で接してた。もう一つ。僕は例外を除いて誰とも仲良くするつもりはない。」
僕は指をたてて二つの事実を告げる。が、彼女にはそれより驚きのことがあったらしい。
「え、今ユヅのことユヅっていった?なになに?もうそんなに仲良くなってるの?!え、もしかして知らないうちに付き合ってたりとか?」
「なんでそんなに飛躍するのさ。僕が彼女のことをユヅって呼ぶのはそう呼んでって言われたから。別に君が想像しているような仲じゃないよ。」
なんかこのままだと彼女が話をどんどん広げていきそうな気がする。どうにかしたいがどうにもする術を持ち合わせていない僕はただただ困惑した。
「えー、まだ付き合ってないのー?早く付き合っちゃい…イテッ!」
唐突に頭にチョップを受けた彼女は後ろを振り替える。そこにはもう一人、女性がたっていた。こっちの人はみたことある気がする。
「こら、のぞみ、なにやってんの?」
チョップをした人が、咎めるようにもう一人に話しかける。
「げ、そら。いつの間に。おはよう。」
「おはよう、じゃないでしょ。そうやってでしゃばって。ユヅに怒られても知らないよー?」
「違うよー。私は恋のキューピッドになろうとおもっただけ。」
目の前で繰り広げられる一種の茶番についていけなくなった僕は頭がいたくなってきた。
「ごめんね、のぞみがいろいろと迷惑かけて。のぞみはちょっとゴシップに土足で突っ込む悪癖があるんだよね。根は悪い人じゃないから、機会があれば仲良くなってほしい。」
気づいたらもう一人(話の流れてきにたぶんのぞみって名前らしい)は教室からいなくなっていた。もはや同じクラスですらなかったらしい。目の前の申し訳なさそうな人はさすがに同じクラスだと思う。見覚えもあったし。
「いや、別に気にしてないよ。」
実際、全く気にしてない。困惑したのは事実だが、特に害を被ったわけでもないし。強いて言えば読書できなかったことくらいか。
「ほんと?よかった。」
彼女は安堵したようで胸を撫で下ろす。そしてじゃあ。と立ち去ろうとする。少しだけ迷ってから、僕は立ち去ろうとする彼女に声をかけた。
「そうだね、そののぞみさんとやらにいっといてよ。仲良くしてあげてもいいよって。」
そういうとそらさんはしばし驚いたように瞬きをした後で、ぷっと吹き出して「OK」と返事をしてから、今度こそ自席に戻った。読書時間は、確保できそうになかった。
*15
「ちょっとー。私のときとずいぶん様子がちがくない?」
放課後、本を渡すために図書室であったユヅに、開口一番そう言われた。
「…なんの話?」
全然心当たりはない。というか、脈絡が無さすぎてほんとにわからない。
「のぞみとかそらとの話ー。そらの話だとなんでも君、のぞみに「仲良くしてもいい」っていったらしいじゃない。私のときはあんなに仲良くしないスタイルを貫いたくせに。」
あぁ、そのことか。口を尖らせてるユヅは、どうやら拗ねているようだった。少し可愛い。
「自業自得だよ。」
たぶん、僕はユヅと一緒にいるうちに考え方が変わったんだと思う。君が僕なんかに興味を持ってくれた日から。君が僕と一緒に出掛けてくれた日から。君がお見舞いにきた日から。ユヅが僕なんかに『救われた』って言ってくれたあの日から。いい方向に、なんだろうな。ユヅは僕の意図がわからないようで、「なんで私のせいなのー?!」と食い付く。
「まあ気が向いたら教えるよ。」
「なにそれ。」
ユヅはまだ不満をいいたそうだったが、それより早く僕は話題を転換させることにした。
「それよりほら。本、貸すよ。あの本が好きなら、これも絶対面白いと思ってくれると思う。」僕はバックから一冊、昨日見繕った本を取り出す。
「おー、ありがとー。」
ユヅはそれを受けとると、大事そうにバックにしまう。果たして感想を聞くのはいつになることやら。僕は彼女の読書スピードを知らないけど、だいぶ先になりそうだなぁと思った。
「読むの時間かかっちゃうかもだけど、大丈夫?」
僕の心を見透かしたようにユヅは確認をする。
「大丈夫、そうかもしれないと思って再読はもう済ましてるから。それに、適当に読み流されて早く返されるよりは真剣に読んでくれてめちゃくちゃ時間かけてくれたほうが、僕も本も冥利につきるってものさ。」
「ふふん、同じ手は食わないよー。冥利につきるは、『その立場にいる人としてこれ以上ない恩恵を受けること』でしょ。」
「同じ手?なんの話?」
「忘れたの?ほら東京で一緒にスパゲッティをたべたとき。あのときに一回使ったじゃん、ユウキ。」
「あー、あのときか!」
そういえばそんな会話もした気がする。たしか、ユヅが美味しいスパゲッティを死ぬほどべた褒めして、それにたいして言ったんだったか。あんまり覚えてないけど。
「ひどーい、人のことバカにしといてもう忘れたの?」
冗談めかして言うユヅに僕は「この場合むしろ僕じゃなくて君が特殊だとおもうんだけど。」と返す。
「前からたまに感心してたけど、ユヅはよく少し前の会話とか記憶してるよね。」
「あー、たしかに私、人との会話をよく覚えてるかも。なんでだろ。」
なんでだろう。それだけユヅは相手の話に耳を傾けているということか。もしそうなら、流石だな、と思う。
「まーいーや。どう?冥利につきるの意味は。正解?」
肝心の本人はそんなことどうでもいいみたいだけど。
「そんな堅苦しい辞書的な文は知らないけど、意味としてはそれで正解だと思うよ。」
「いえーい。」
ユヅは嬉しそうに手でVサインをつくる。
「ちゃんと調べたんだよね。あのあと、冥利につきるの意味を。まあ、これくらい知ってたけどね。」
「へぇー、どの口が言うんですかー?」
僕の冷たい視線を鮮やかに躱しながらユヅは大きく脱線していた話を戻す。
「ともかく、そういうことなら遠慮なく借りるね!今から読むの楽しみだよー、ありがと。」
「感想期待してる。」
「うん!」
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。」
僕らは夕暮れに照らされながら、並んで歩き始めた。
*幕間
そうやって平穏に夏休みまで過ごした。僕はほぼ毎日放課後に図書室に足を運んでいるので、そこにたまにユヅが顔を出して一緒に帰ろーと僕の読書を遮ったり、テスト前に僕がユヅに勉強を教えたり、急にのぞみさんが表れて嵐のように去っていったり、細かいことはいろいろあったけど、それ以外特になにもなく過ごした。だから、もしかしたら僕は意外なことに油断していたのかもしれない。もう少しユヅと一緒にいれると思っていた。しかし、病は、意図も容易く僕の意識を奪って…
*幕間
そうやって平穏に夏休みまで過ごした。ユウキはほぼ毎日放課後に図書室に足を運んでいるので、私は暇な日などにたまに顔を出して一緒に帰ろーと誘ったり、テスト前に私の懇願によってわさざ勉強を教えてもらったり、細かいことはいろいろあったけど、それ以外特になにもなく過ごした。私も、ユウキも。だから、もしかしたら私は油断していたのかもしれない。もう少しユウキと一緒にいれると思っていた。しかし、病は、意図も容易く彼の意識を奪って…
*16
こんなに緊張したのは初めてかもしれない。何て言ったって夏祭りですよ、夏祭り。夏の醍醐味。そしてロマン詰まる完璧なシチュエーション。これにユウキを誘ったときはホンットに心臓やばかった。破裂してもおかしくなかったとは思う。半ばのぞみのせいだけど、結果論としてはユウキは意外なことに二つ返事でOKを出してくれたので感謝してあげてる。というか、ホントに意外。断られるか、乗り気じゃないような感じだと思ってたけど案外言ってみたら「お、いいね。いこう。」って。珍しく乗り気だった。ただ、その分今週は大変だった。だってユウキ、「でも君受験生だよね?1日フリーな日をつくるのはいいと思うけど、その分他の日にいつも以上に勉強しなきゃじゃない?」なんていうから「それもそうだね。」って相づちうったらいつのまにかユウキと二人で勉強することが決まっていて、しかもユウキは、いつもの五倍は厳しかったんだもん。そりゃあユウキとあえて頭もよくなって花火もいけて、一石三鳥くらいあったかもだけど、全世界のご多分にもれず勉強嫌いな私にとって、今週を乗りきるのはほんと辛かった。でも大丈夫。乗りきったなら、あとは今日を楽しむだけ!
「ユヅ、朝からすっとニヤニヤしてる。しかも浴衣なんて着ちゃって。今日はデートでもいくの?」
「え?!嘘?!まじー?ヤバイどうしよう、自覚なかった、、。気を付けよ。」
母の言葉に驚きつつ私は鏡をみる。いつも以上にしっかり決めたメイクは多少私に自信をくれた。今日、告白する!正直、ユウキが私のことをどう思ってるかはわからない。でも、少なくとも悪いようには思っていないはず。ならチャンスは今日しかない。私は頬を叩いて再度気合いを入れ直す。母は「まあ、頑張りな。」と応援してくれたあとで、「いってらっしゃい」と見送ってくれた。
待ち合わせ場所にはユウキの最寄り駅を使った。単純に夏祭りの会場が近かったしね。ユウキの提案でお互い早くきすぎないようちゃんと時間通りにこようってことだったので、ちゃんと待ち合わせの時間の三十分前についた。
「あのさぁ」
ベンチでしばらく待っていると、ふいに目の前からユウキの声がした。
「僕、早くきすぎないよう時間通りにこようって提案して、昨日しっかりユヅからOKもらってるとおもうんだけど。」
「そういうユウキだって、まだ十分前だよ。」
「十分前は早すぎじゃないでしょ。僕の場合は歩いて最寄り駅にいくだけだからね。多少調節できるけど、君の場合、もういるってことは一本前の電車で既についてるってことでしょ?三十分前からいるじゃん。」
呆れたようにユウキはため息をつく。
「えへへ。まあまあ。ところで私、二十分も暑いなかで待たされたから、なにかアイスが食べたいなぁ、、。」
「買えば?僕は一銭も出すつもりないから。ちなみにその表現は不適切だよ。二十分も暑いなか勝手に待ったからに変えといた方がいい。」
「えー、けち。」
「あれ、これ、間違いなく僕悪くないよね?」
「まあ細かいことは気にしないー。ほら、電車来たから、いくよ?」
楽しみすぎて早く来たことだけは悟られないようにしながら、私はユウキを電車に急かす。電車内は確実にいつもより混んでいて、服装や会話から、みんな夏祭りにいくようだった。電車に乗ってすぐ、窓側にいるユウキは私を窓側に寄せ、私を庇うように動く。嬉しすぎる。そういった何気ない優しい気遣いが、私の心臓をドキドキさせる。やば、この距離感、私の心臓の音がユウキに聞こえそうで怖い。心臓の音が他人に聞こえるなんてオーバーな、そういうのはフィクションの話でしょ?って思ってたけど、実際こんなにバクバクするのか。だったら話は別だ。全然ユウキに聞かれてる説はある。
「混んでるね」
ユウキが呟く。
「うん、みんな夏祭りにいくっぽいよね。」
「人多いとはぐれそうでこわいね。はぐれないように気を付けよ。」
そういう会話をしてたら気づいたら電車は目的の駅に着いていた。駅と会場は近いらしく、耳を澄ませばすでにわずかだが祭り囃子が聞こえた。ちょっとあるけば、すぐに会場につく。中は人で溢れていた。
「私、わたあめたべたーい。」
「いいね。じゃあ最初はわたあめ買う方針でいい?」
「えー、いや、焼きとうもろこしもいいな。あ、チョコバナナ忘れてた!りんご飴も捨てがたい…」
私が悩んでいるとユウキは「はいはい」と苦笑いする。
「ちゃんと行きたいところ全部よるから。最初はとりあえずどこにするか決めよ。」
「うん!じゃあ最初はわたあめにしよう!」
「というか、ユヅが候補にあげたの、食べ物ばっかだね。」
「ねー、その言い方やめて。私が食い意地張ってるみたいじゃん!」
私の抗議にユウキは悪戯っぽく笑った。
「んー、楽しかった~。」
私の発言にユウキも「うん、そうだね。」と同意した。
「え、今ユウキ、楽しかったって肯定した?珍しい。いつもは『一人で本読んでた方が楽しい』とかいって断固認めなかったのに。」
「実は今の発言は君に気を遣った言葉であって、ほんとは今こうしている間も家に帰って本を読みたいと思ってるんだ。」
「残念でしたー、もう私はユウキが楽しかったって認めた発言の方しか信じませ~ん。さ、そんなことより、最後のおおとりの花火を見に行こ!」
私は上機嫌にユウキの手を引っ張る。
「そんなに焦らなくても花火はまだ時間あるから逃げないよ」
引っ張られながら苦笑してそうこぼすユウキを無視して、私は絶好のスポットを探す。
「あ、あそことかどう?」
ユウキがふいに指差した場所はまだ人も少なく、場所もなかなかにいい場所だった。
「やるじゃん、褒めてあげる。」
「そりゃどーも。」
それから花火が始まるまでは特にすることもなく、雑談をしながら時間を待った。
「それにしても暑いね。やっぱり冷たい飲み物の一つでも買っとけばよかったな。」
「そういうと思ってね。ほら。」
ユウキはどこからともなくラムネを二本取り出し、一本を私に渡してくれた。
「これが君がわざわざ一本前の電車で来て作った20分の貸しの成果だよ。」
「うわー、神じゃん。気がきくー、ありがと。」
私は早速貰ったラムネを開ける。プシュッと音を立てたラムネを喉に流し込む。いやー、最高。ユウキも隣でもう一本のラムネを開封し、飲んでいる。
「やっぱりもう夏だねー。」
「何を当たり前のことを、って言いたいところだけど、何となくわかるからやめておくよ。」
それから二人で花火が染める予定の夜空を見ながらずっと話していた。
「あ、あと30秒!」
「ほんとだ。カウントダウンでもする?」
「いいね。」
私たちは二人で花火があがるまでを数え始める。
「「30、29、28…」」
思えば、ここまで短いようで長い道のりだった。
「「20、19、18…」」
ときどき、ふと思う。よく私たちは巡り会えたなって。
だから…
「「10、9、8…」」
合縁奇縁。それがやっぱり私たちに、どうしようもなくぴったりだと思った。
「「3、2、1…0!」
赤い火の玉が高く高く跳ねあがり、弾けた。鮮烈な色が、花の形に空を染める。背中を押された気がした。よし、伝える、想いを!
私はユウキの方をみて、そして固まる。ユウキは私が振り替えるのとほぼ同時に、胸を押さえて倒れこんだ。
*17
「先生!ユウキは…」
ユウキの母親と思われる人が医者にしがみつく。
「一命は取り留めましたが、意識が戻らなくて。いつ回復するかも、現状では不明でして…」
「そんな…」
「いいよお母さん。いつかはこうなるって、覚悟はしてたでしょ。」
お姉さんが諭すようにそう声をかける。ユウキの母親はただ黙って泣くしかないようだった。病室への立ち入りが許可され、母親とお姉さんが病室へ入る。しばらくして二人がでてきて、お姉さんが私に「あなたもユウキに声をかけてあげて」と言ってくれた。私は病室に入る。
「ねぇ、ユウキ?」
私は恐る恐る声をかける。当たり前だけど返事はなくて、私は塞き止めていた涙がついにとめられなくなるのを感じた。
「あのねユウキ。私、本当はユウキのこと、だいぶ前から意識してたんだよ。ユウキは覚えてないけど、ユウキに奢って貰ったココア、美味しかった。」
ポタポタと溢れている涙が、頬に道を作るのに時間はかからなかった。
「探し物を手伝ってくれたときだって、私、頑張って明るく振る舞ってたのに、こっちの心を見透かしたみたいに心配しちゃってさ。見つけてくれてありがとうって、何回いっていも言いたりない。」
「知ってる?私、ユウキが可愛いっていってくれる度に、優しいっていってくれる度に、すごく舞い上がったんだよ?ユウキの言葉はいつだってひねくれてるけど、嘘はなかった。」
「勉強を教えてってお願いしたのだって、本当は半分くらいは仲良くなるための下心だって、ユウキには見抜かれてたかな?」
「初めてユウキが私を友達だって認めてくれたときだって、跳ね上がるくらい嬉しかった。でも、あんなに頑張ったんだから私の気持ちに気づいてくれてもよかったんだよなんて、我が儘だよね。」
「一緒に東京に遊びにいったとき、私が『一緒に出掛けるのに限る』っていったらユウキは『本を読んでいたかった』なんて素っ気なく言ってたけど、私聞こえちゃってたんだよ?小声で『君とじゃなきゃね』って呟いたの。」
「ユウキが学校に顔を出さなくなってどれくらい不安に思ったと思う?先生から初めて大きな病気をもってるって聞いてどれくらい心配したと思う?」
「ユウキが私といるのを迷惑よりも嬉しいとか楽しいって思ってくれてるって言ってくれたとき、すごく安心したんだよ。」
「ユウキの優しいところが好き。気遣いできるところが好き。ひねくれてるくせに裏表のないところが、ちょっと素直じゃないところが、全部が好き、、、。」
「もっと一緒にいたいよ…」
ひとしきり泣いた後、私は立ち上がった。
「思う存分共感してくれて、泣いてくれて、疲れたらさ。」
ユウキの声がする。
「今度はその友達のために笑ってほしいな。僕は君の笑った顔が好きだから。」
私は涙をぬぐって、病室を後にした。
*18
僕は臆病だ。いつだって他人を気にしてる。誰かと仲良くなりたい。それくらい、僕だって少しは思う。でも、もし僕なんかが人と仲良くなったら。仲良くなってくれた人は僕の病気を知ったとき、きっと悲しむだろう。せっかく繋がった縁を悲しいとかそういうので、後悔してほしくないな。そう思った僕は人と関わるのをやめた。なんて、やっぱり言い訳でしかないんだろうけど。
昔の僕はここまで悲観的でなかったと思う。少なくとも、友達がいて、その友達に自分から話しかけにいく程度には。特に内村くんとは仲がよくて、趣味があったから本の話とかもたくさんしたし、愚痴とか、つまらない冗談とか、たくさんのことを話した。当時の彼は僕の病気を知らなかった。別に隠してたつもりなんかなくて、ただ単に言う機会がなかったってだけ。一度、内村くんは僕にこう聞いた。
「毎日薬飲んでない?なんの薬なの?」
彼からしたら他愛のない、素朴な疑問だったんだと思う。いや、僕からしても他愛のない素朴な疑問なんだけどさ。だから隠すつもりもなかった僕はいつも通り、普通に答えた。
「あぁ、これは持病の薬。飲まないと死んじゃうんだ。」
最初、彼はそれを冗談の一種だと思ったらしかった。まあ、たしかに冗談のように聞こえる答えだったと今なら思う。
「死んじゃうの?大変じゃん。」
彼は笑ってそういった。それを僕は彼が本気でわかってくれた上で、今まで通りに接してくれているんだと思った。このときから、僕らは致命的なすれ違いをした。
内村くんが僕の病気をちゃんと理解したのは、僕と彼が仲良くなってから少なくとも一年くらいはたってたと思う。
「定期検査で以上が見つかっちゃってさー、手術が必要らしいんだよねー。」
何の気なしに言った僕の言葉に、内村くんは驚いたようだった。
「あれ?伝わってない?ほら、僕持病があるって前話したじゃん?その持病の手術。」
「え、、、。それ、本当だったのか?その手術とかで、治るのか?」
「治らないよ。言ったことなかったっけ?僕の病気は今のところ治らないらしいよ。まあ普通に生活できるだけ今の医術はすごいよねー。」
「なんだよそれ!!」
突然内村くんは叫んだ。それは今までに聞いたことのない種類の声だった。怒りと悲しみとが混じったような、そんな声。
「俺たちずっと一緒だって話したじゃん!なんで話してくれなかったんだよ?!」
「え、前に薬の話したとき一回話したじゃん。」
「それだけだろ。それにあの時は冗談だと思って、、。」
ここでようやく僕は勘違いがあったことを理解する。
「ああ、そうだったの?ごめん。てっきり知った上でいつも通り振る舞ってくれてるのかと思った。」
「…ユウキが思ってるほど、俺は強くねーよ。」
そう嘆く内村くんの顔は見事なまでに苦痛で歪んでいて、目に溜まった涙は今にも溢れそうだった。そこでようやく僕は彼が傷ついたことを理解した。そして理解することで僕も傷ついた。いや、僕も彼と同じように傷ついた、と表現することはおこがましいかもしれない。彼の苦痛は僕がつけた傷で、僕の苦痛は結局は自分がつけたものだから。
「こんなことなら初めから、、、」
そこで嗚咽で言葉が途切れる。そのまま「ごめん。少し1人にして。」と言ってどこかへいってしまった。でも、鈍感な僕でもここで言いたいことくらいわかる。
『こんなことなら初めから関わらなければ良かった。』
今さらながら僕は気づいた。僕は人と関わってはいけなかったのだ。僕なんかが誰かと親しくなれば、その人は絶対傷つく。親しくなればなるほどに。そして僕は親しくなった人が傷つくのをみて勝手に傷つく。なにが悲しくてそんなことをしなければいけないのか。僕は大きい病院のある町に引っ越すことになった。引っ越す前日、内村くんは「また絶対会おうな。」と言ってくれた。でも、僕はそれを気を遣ってくれての発言だと知っている。
この日以降、僕は誰とも仲良くしようとしない。
だから、僕がその人と繋がりを持ってしまったのはただの偶然だった。物を失くしたらしかった彼女の手伝いをした。ただそれだけ。でも、彼女はそうじゃないらしかった。「こうして出会ったのも何かの縁」。多くの人に使い古されたこの言葉を、君は僕に言った。でも、彼女はその言葉を安っぽい意味じゃなくて、きっと繋がりを大切にする彼女らしくもっと言葉通りの裏表のない意味で使ったんだと今なら思う。でも、僕はその時の僕は彼女を大多数の人と一緒にくくっていて、彼女と仲良くなる気なんて毛頭なかった。
迷惑。君の第一印象はそれだった。いや、この場合の迷惑っていうのは本当に僕のエゴの話で、僕のいう「仲良くなる気なんてなかった」っていうのは決して仲良くなりたくないっていう意味じゃないから、仲良くなりたい気持ちを押さえて君を避けるようにしたのに、君が僕に関わりに来るから自分の気持ちの矛盾が痛い。こんな自分勝手な理由で、君のことを迷惑だと思った。結果が予想できることは時に酷だと思う。仲良くなったって、きっと僕の秘密を知れば傷ついて傷つけられて、君も僕も後悔するっていう落ちが見えちゃうから。
思ったより話やすかった。思ったより優しかった。思ったより強かった。会う度、話す度にそう思った。でも、仲良くなりたいと強く思うほどに仲良くなりたくないという気持ちも強くなった。僕は君を僕なんかのせいで傷つけたくなかった。人と繋がることに負の感情を抱いてほしくなかった。矛盾した二つの感情の鬩ぎ合いは、大きくなる一方だった。
「私と友達になってよ。」そう恥ずかしそうに白坂さんは言った。僕は驚いた。驚いて、笑った。だって、白坂さんはもうとっくに僕のことを勝手に友達だと認定してると思ってたから。今思えば君らしいと思うよ。ああ、そうだ、言い訳を一つさせてほしい。あのとき笑ったのは嬉しかったっていうのも理由の一つなんだ。嘘、強がった。理由の一つどころか、大半を占めてるっていうのが本当のところ。友達。広義で考えれば誰にでも使えそうな、ふわふわした言葉だと思ってたけど、白坂さんの言う友達はずいぶん素敵そうだ。
改めて思ったより強かったって思ったね。白坂さんが僕のお見舞いに来てくれたとき、ほんとにどうしようか困った。僕はまだあのとき傷つく白坂さんを見る心の準備をしてなかったからさ。お互いに傷ついて、後悔して、おしまいだと思った。内村くんのときみたいに。でも白坂さんは違った。当然傷ついたみたいだったけど、後悔なんて微塵もしてなくて、僕に救われた、とか、僕と一緒にいて良かった、とか、温かい言葉を叫んでくれた。今まで悩んでいたのが馬鹿みたいに思える。最後は白坂さんが笑ってくれてよかった。白坂さんは僕に救われたっていってくれるけど、僕はその何倍も白坂さんに救われたんだよ。
ユヅに最近笑うようになったって言われたとき、実は全く心当たりがなかった訳じゃないんだ。姉貴にも「あんた、最近よく笑うよね」とか言われたし、なんなら自分でも少しは思ってたしね。それは本当にユヅのお陰だ。ありがとう。
いくら鈍感な僕でもあそこまでしてくれたらわかる。きっと君は、僕に好意を抱いてくれてたんだって。だから夏祭りに誘ってくれたとき、きっとものすごく勇気をふりしぼってくれた君にかわって、今度は僕が勇気を出す番だと思った。「好きです。付き合ってください。」シンプルな言葉だけど、君にはこれが一番だと思った。せっかくだから花火のタイミングで告白しようと思った。だからあとは花火を待つだけだった。
伝えようと思った。想いを。伝えようと思った。感謝を。伝えようと思った。伝えたかった。
*18.5
走馬灯っていうのかな。さっきからずっと僕が思い出してるこの光景は。人の記憶力は意外とすごいもので、死にそうな今、二つ大事なことを思い出した。一つ目は、内村くんとのこと。最初、僕は「こんなことなら初めから」の先を聞いていない。だから勝手に「初めから関わらなければ良かった。」と置換した。けど、今になって思い出した。彼はそういう人じゃない。引っ越す前日の記憶。彼は僕に言葉の続きを教えてくれていた。
「最初からもっと仲良くしとけば良かった。そしたら、短い時間でも、長い時間と同じくらいの思い出を作ることができたのに。」
僕は当時、彼が気を遣って言葉を発してるとしか思ってなかった。だから、そんなとんでもないクソやろうな僕は、死んで、走馬灯をみて、ようやくこんな大事なことを思い出したのさ。果たして、彼は許してくれるだろうか。二つ目はユヅとの記憶だ。初めてあったときのこと。多分、ユヅは覚えてない。僕だって走馬灯でようやく思い出したんだ。初めてあったのは冬休み前じゃない。もっと前だ。梅雨明けだったかな。図書室でユヅは他の友達と愚痴をこぼしていた。べつに盗み聞きするつもりはなかったんだけど、会話が聞こえてきた。会話の端々からユヅの考え方が滲んでいて、この人はきっと僕なんかと違って素敵な人なんだろうな、と思った。だからココアを置いた。僕と正反対の素敵な人を慰めるために。いつかこの人が、幸せになれるような繋がりを持てるように。
*19
「白坂、ほんとによく頑張ったな。俺な、実は最初、お前が薬剤開発に携わる仕事につきたいって言ったとき、正直きついと思ってたんだ。」
卒業式の日、私は先生に挨拶をしてまわっていた。色んな先生のところにまわって、最後に今、担任の先生と話をしている。
「あー、言っちゃいましたね先生、正直に。まあ無理もないですよ。それまで私、テストは一個を除いて万年赤点候補でしたからね。」
「しかも俺に言ってくれたのが夏休み明けだったろ。でも白坂は諦めなかった。俺も、白坂はやるときはやるって知ってたから応援することにしたんだ。」
「ありがとうございます。私が無事に薬学部に受かったのも先生のお陰です。」
「いや、俺は少しサポートしたくらいだ。大学受験に受かったのは自分の実力で勝ち取ったものだと思うぞ。」
「いえ、私一人じゃなにもできませんでした。先生方と私の両親、あと友達。みんながいて、初めて私は一人前です。」
「相変わらず白坂はいい考え方をするな。大学に入ってもその考え方を大切にしろよ。」
「ありがとうございます。では、先生もお元気で。」
「おう。白坂もな。」
頭を下げ、私は校門の方へ踵を返す。昇降口前で部活の顧問とかに挨拶をしに行ってる二人と合流する予定だ。
「あ、りさりんだ。」
私は少し奥に友達がいるのを見つける。
「おーい。りさりーん。」
「その声は、ユヅか。卒業おめでとー。」
「そっちこそ卒業おめでと。」
「ふっ、この私が卒業しているとでも?」
「あー、ごめん。そりゃそうだよね。来年も頑張って!」
「おいおいおーい!嘘、嘘だよ。なに納得してんの?」
「あはは。ジョークジョーク。」
そうやって二人で話していたら他の友達が続々と集まってきた。わいわい盛り上がっているうちに、危うく二人を待たせてるのを忘れるところをすんでのところで回避し、皆に
「別の友達待たせちゃってるから、私はこれで帰るね」
とつげる。皆に見送って貰いながら私は再度校門へと足を運ぶ。
「おそーい。」
「ごめんごめん」
のぞみとそらに怒られながら私は靴を履き昇降口の外に出る。
「いやー、これで私たちも卒業かー。感慨深いね。」
「私はあの万年赤点だったユヅが棒有名大学薬学部に行けたことの方が感慨深いわ。金でもつんだの?」
「うるさいうるさい。行けたからなんでもいいのー。」
「うわ、もう私たちJKを名乗れないの?やば。」
「それなー。あ、写真撮ろ。写真。」
キャッキャとはしゃぎながら私たちは最後の高校生活を満喫した。
「あ、ちょっと待って!」
私は一つ、大きな忘れ物を思い出す。
「忘れ物!先帰ってて!」
そう言って私は駆け足で学校の中に再び入り込んだ。
私は息をすってドアをノックする。
「はい、どうしました?」
ドアを明けながら司書の先生が出てくる。彼女は私の顔を覚えてくれていたようで、目が合うと「あらあら」と微笑んでくれた。
「こんなものしか出せないけど。」
といいながら、先生はお茶とお菓子を出してくれた。
「あ、いえいえ、お構いなく。」
「遠慮しないの。こういうのは貰っておくのが一番いいのよ。」
「じゃあありがたくいただきます。」
私はお茶を啜る。温かかった。
「あなたもありがとね。わざわざこんな老人のところに挨拶に来てくれて。」
「いえいえ。私が話したくて来てるんです。むしろこちらが感謝したいくらいです。先生の話、いつも面白いですよ。」
「若い人にそう言ってもらえると嬉しいわ。」
そう言って司書の先生は微笑んだ。
「ユヅキさんはどこの大学に?」
「私は――大学の薬学部に。」
「まあ。それはずいぶんとすごいところに。勉強頑張ったんじゃない?」
「頑張りましたよー、ほんと。」
「医療系ってことは、理由はやっぱりユウキ君?」
「あはは、わかっちゃいますよね。ええ、まあそうです。」
ユウキは倒れた。治療法も治療薬もない、難病で。先生は言った。「新たにこの病気に効果的な新薬が開発されたりしない限りは意識の回復は難しい」と。それはつまり、そういう新薬が開発されれば意識が回復する可能性はあると言うことだ。そう思った私はそういう薬が誰かによって研究されていないか調べた。そういうことをしてるうちに、私が薬に興味をもった。私が作ればいいじゃん。そう思ったときには突っ走っていた。後悔は全然してない。
「私はたしかにユウキの病気を治したくて創薬に関係する進路に進みましたが、べつにその限りじゃなくてもいいんです。他の病気でも、少しでも多くの人が幸せになってほしいんです。私の場合、その過程として新薬開発を選んだって感じです。」
「優しい考え方ね。」
「ありがとうございます。」
私たちはその後もしばらく談笑してから最後にもう一度挨拶をしてわかれた。
帰り際、私はユウキの病院を訪ねることにした。卒業したことを伝えに行こう。大学に合格したことを伝えに行こう。ユウキがいない間にいろいろあったこと、全部伝えよう。
あの日から本当に色々あった。でもいつだってユウキとの日々は忘れなかった。忘れたい過去、じゃなくて、いつまでも覚えておきたい想い出、として。悲しい想い出として、じゃなくて、幸せな想い出、として。そうして途中で花屋によって、お見舞い用の花を何本か購入してから病室まで来た。ここに来るのも久しぶりだ。私は病院で面会の受け付けをすます。ユウキの病室は変わったようだった。私は教えてもらった病室へ行く。やっぱり緊張する。病室へ入る前、一度大きく深呼吸する。それからガチャリとドアを開けた。
*20
僕が目を覚ました場所は周りが白くて明るい場所で、ここが天国とかそう呼ばれてる場所か、と思った。だけどだんだん明るさに目がなれてきて、意識がはっきりする頃にはここが病室であることがわかって、なんだ、まだ死んでなかったのか、と他人事のように思った。身体を起こそうとして、自分の身体が重いことがわかる。
「ユウキ?!」
現状を把握しようとしてたら、すぐ近くから姉貴の声が響いた。
「病み上がりなんだけど。急に大声出さないで貰える?」
僕がそう言うと姉貴は
「元気そうじゃん。」
と呆れたように声を出す。その目には涙がたまっていた。
「僕、どうして生きてるの?死んだと思ったんだけど。なんなら走馬灯だってみた気がする。」
「奇跡的に新薬が開発されて、実験的に無償で投与してもらったの。結果、運のいいことに治ったってこと。ちなみに私、あの女の子の連絡先とか知らないから、まだ彼女はなにも知らないよ。」
ナースコールをしながら姉貴はそういう。すぐに看護師の人が来て僕の意識のあることにびっくりし、それからわりとたくさんの人がきた。
「じゃあ、これから異常がないか検査しますね。」
一人の医者がそう言って、僕は運ばれていく。なんか輸送されてる野菜になった気分。そこから僕はみっちり精密検査にかけられた。
それからまさか一日で終わらないと思ってなかった。明日の午前も少しなんか検査するらしい。めんどくさいけど、こればっかりは自分のためでもあるししょうがない。とにかく今日は眠い。寝よう。決意とほぼ同時に、僕は眠りに落ちていた。
次の日の午前の検査は問題なく終了した。そうしてようやく解放された僕は小さく伸びをする。さて、どうしようかな。まあ、なによりまずはユヅに報告だろう。僕は連絡をしようとスマホを手に持った。でも、ちらりと見えた窓の外の景色から、それも必要なさそうだと判断した。さて。ユヅにあったら何から伝えればいいのやら。僕は一番伝えたいことを忘れないように記憶しながらユヅが病室を開けるのを待った。
*21
「やっほ」
「?!!」
衝撃のあまり私は手に持っていたお見舞い用の花を落としてしまった。今、私の間違いじゃなければユウキが起き上がってて、話しかけてきた気がする。
「はは、まるで幽霊でもみたようだね。生憎、僕は生きてるよ。」
「…」
「この場合、僕は幽霊とゾンビ、どっちが近いんだろうね。」
「……」
「まあ生霊になって君に本が好きになる呪いをかけるっていう目論見は失敗したわけだ。」
「……った」
「うん。」
「よかったぁ。」
私はユウキの前まで行って泣き崩れる。
「ひどが、どれだけ、心配したと。」
「うん。」
「バカ、バカ、バカ!寂しかったし、悲しかった。」
「うん。」
「……おかえり。」
「ただいま。」
それからしまたばらく私は泣いた。
「なんでユウキは生きてるの?」
「病気は治ったの?」
「なんで連絡くれなかったの?」
しばらくしてようやく落ち着いて、私はユウキを質問責めにする。
「詳しい話は僕の昏睡してたわけだし、当然知らないけど、姉貴から聞いた話だと、奇跡的に3ヶ月くらい前に僕の病気の新薬が開発されたらしくてね。で、実験としてためしに僕とか、他の同じ病気の人で同意をしてくれた人たちに無償で提供して、実験的に効果を見る、みたいなので。まあ要するに一言でいえば運が良かったんだ。ちなみに君に連絡を入れられなかったのは、僕の意識が回復したのがつい昨日なんだ。で、昨日から今日のさっきまでは異常がないかとかの検査だったし。姉貴はユヅの連絡先とか知らないし。だから今日、ようやく一息ついて、ユヅに報告しようとしたらちょうどきた。ってこと。だから病気はもう治ったらしいよ。」
「なるほどね。奇跡ってあるんだね。やっぱり神様もユウキみたいな優しい人を殺すのは忍びないって思ったんじゃない?」
「さあ?どうかな。君がそう言ってくれるのは嬉しいけど。」
何はともあれ、こんな嬉しいことはない。何を話そうか。話したいことはたくさんある。私が話したいことを迷っていると「あ、そうそう」とユウキがこっちに向き直った。
「これ、ほんとは夏祭りのとき言おうと思ってたんだけどさ。」
ユウキが私の目をみながら一呼吸おく。
「好きです、付き合ってください。」
+α 僕たちの他愛ない会話
*図書室の雑談
「好きな本はなに?」
「たくさんあるけど、君が知ってそうなのでいくと夏目漱石の『こころ』かな」
「やっぱり本好きなの?」
「そりゃあね。少なくともこうやってお喋りするよりかははるかに。」
「意地悪なこというねー。んー、漫画とかアニメとかは?」
「嫌いじゃないけど好きでもない。」
「あー、はいはいはい。漫画とかも面白いよ。」
「ふーん。」
「あ、あとさ!少し思ったんだけど、なんでユウキ君は友達を作ろうとしないの?」
「…いやいや、作ろうとはしてるよ。ただ、話すのが下手で人見知りだからできないだけ。」
「嘘、ユウキ君、絶対わざと避けてるでしょー。」
「そんなことないよ。君の思い違いだよ。」
「まあいいけどさー。ところで、さっきからめっちゃ気になってたんだけど、なんで私のこと毎回『君』って呼ぶの?」
「べつに理由なんかないよ。僕、君の名前知らないし。」
「はあ?信じらんない!同じクラスでしょ?クラスメイトの名前も覚えてないの?」
「ごめんね。僕がクラスメイトで唯一名前覚えてるのは久我優輝だけなんだ。」
「それつまり誰の名前も覚えてないってことじゃん。もー、白坂柚月、それが私の名前。覚えといてね。」
「ふーん。気が向いたらね。」
*電車の雑談①
「ユウキ君、学期末のテストどうだった?」
「普通。」
「ウソだー。学年12位が普通なら、私みたいな馬鹿はどうやって形容すればいいのさ。」
「…僕の順位をなんで知ってるの?」
「たまたま覚えてたんだよ。クラスに頭のいい人がいるー、と思って。」
「ふーん。」
「ユウキ君は今から『ふーん。』って言うの禁止ね。話が止まるから。」
「拒否権は?」
「あるわけないじゃん。」
「…」
「そんなことよりほら、楽しい話しよ。冬休みなにか予定あるの?」
「読書。」
「さっすが。つまり、基本いつでも暇ってことね。」
「君の価値観と僕の価値観は違うようだ。僕が読書をすることは重要な娯楽さ。決して暇ではない。」
「あーはいはい。じゃあ、もし本を読まなきゃ暇ってことねって言い直すね。」
「まあそうなるね。その確認が意味を持つ日がくるかどうかは別として。」
「まあまあ。未来のことなんて誰にもわからないからね。」
「…そうだね。本当に。ところで君、将来やりたいこととかあるの?」
「別に私、今のところ将来やりたいこととかないんだよねー。」
「そうなんだ。まあ将来はやりたいことができるといいね。」
「そうだねー。ユウキ君は?」
「ないかな。」「…今のところは。」
「やっぱりー?みんなそんなもんだよねー。」
「どうだろうね。」
*電車の雑談②
「あ、ねえねえ、なんで電車ってガタンゴトンって音立てるか知ってる?」
「あれはレールの金属が夏に熱膨張を起こしてもレールがずれないようにあえてレールとレールの間に隙間を作ってるからガタンゴトンってなるんだよ。」
「なんで知ってるのさ。つまんないなあ。そんなんだから友達いないんだよ。友達いないと寂しいよー。」
「なんで知ってたらダメなのさ。それと、僕の博識と友達がいないことになんの関係があるんだよ。」
「ふ、それがわからないうちは一生君は一流にはなれないね。」
「うん、一生僕は三流で構わないからね。」
「のり悪いなー。目指そうよ、一流。目指そうよ、世界トップ。」
「僕が世界トップになるときは僕以外の人類が死滅したときだけだよ。」
「じゃみんな殺す?」
「急にサイコパスじゃん。一緒にいると鳥肌がでるんだけど、帰っていい?」
「帰ってもいいけど、最後の晩餐だけでも一緒に食べようよ。」
「あ、僕はもう死ぬことが決定したんだね。遺書だけ用意させてくれないかな?」
「遺産相続は私に全部頼む。」
「遺産が借金でもいいなら全然いいよ。」
「ごめん、今のはなかった話にしよう。」
「その著しく早い手のひら返し、嫌いじゃないよ。…あ、ついたんじゃない?」
*学校での雑談
「あ、ヤッホー、ユウキ君。元気してたー?」
「おかしいな、幻聴がする。今日は早退しようかな。」
「ひど!シンプルに傷つくわー。私も早退しようかな。」
「そうなんだ、お大事に。じゃあね。」
「あ、まってまって、おーい!…行っちゃった。」
「おはよう!いい朝だね。」
「君が僕の読書を邪魔しなければなおさらだったね。」
「私がいるからいい朝なんだよ。」
「君は自分のことを太陽かなにかだと勘違いしてる?」
「それくらい明るい性格だってことは自負しております。」
「僕は実はヴァンパイアで、太陽浴びると死ぬからどこか行ってくれない?」
「いいじゃん。私と一緒に太陽を克服しよー!あ、友達が呼んでる。またあとでねー」
「…またくるつもりなのか…」
「やあやあやあ。久しぶり。元気してたかい。」
「僕が知ってる限り、1日話さなかっただけで久しぶりって言葉を使うのは不適切だと思うんだ。」
「あ、そう、それだよ!昨日まる1日無視されるとは思わなかったよ。」
「うん、それだよね。昨日まる1日無視されてなお話しかけてくるとは思わなかったよ。」
「ひどいよねー。私がわざわざ話しかけてあげてるのに。」
「僕もわざわざ良心の呵責に苛まれながら無視してあげたのにまだ話しかけてくるなんて、君はよっぽど物好きか、そうじゃなきゃ鈍感な馬鹿だよ。」
「ユウキ君にだけは鈍感って言われたくないですぅー。」
「とりあえずもう一回言うけど、僕とは関わらない方がいいよ。というか、関わらないでくれない?」
「えー、無理ー。昨日1日無視されたんだからもう十分でしょ。」
「まあ、無視したことは悪かったと思ってるよ。ごめんね。」
「ユウキ君は相変わらず変なところで真面目だよね。」
「…そう?」
*図書室、帰り道の雑談
「友達になったってことは私はもう問題なくユウキくんと一緒に帰っていいってことだよね。帰ろ。」
「うん、いいよ。いいんだけど、ただ君の場合、友達になるならないに関係なくほぼ強制的に一緒に帰らせたりしたよね?」
「いや?私はユウキくんが着いてきてくれるっていうからありがたくお言葉に甘えただけだよー。」
「はいはい。どういたしまして。」
「やー、優しいねーユウキくんは。」
「その優しさにつけこんでる自覚は?」
「ある。」
「…嘘でもないって言って欲しかった。いや、まあべつにいいんだけどさ。」
「さすが。優しい。」
「褒めてもなにもでないよ?」
「とか言って。嬉しいくせに。」
「まあ褒められて悪い気はしないよね。じゃあそんなちょろい僕からジュースを一本奢って上げよう。ほら。」
「え!うわ、嬉しい!ありがとう。」
「どういたしまして。……ぷはー、美味しい。」
「うん、美味しい。」
「それにしても、まさか君から友達になりたいって言葉が聞けるとは思わなかったよ。」
「やめて!次言ったら殴るから。だいたい、元をたどれば全部ユウキくんのせいだから。」
「全部…?過失割合僕重すぎない?」
「妥当だよ。」
「横暴だ!」
「人生とはそういうものです。」
「つらいな。」
*電車の雑談③
「そういえばユウキくんはテストどうだったの?」
「知らないよ。めんどくさいから確認してない。」
「うわ、そうやって僕頭いいですアピールするんだ。」
「今のどこが頭いいですアピールなの?あと、この話振ったの君だよね?」
「えー、順位確認しなくても大丈夫なくらい僕は頭いいですって意味でしょ?ちなみに異論は認めません。」
「いちいちそんなので被害妄想してたら君は今ごろ妄想の世界で死んでるよ?」
「妄想の世界だからね。私は無敵なんだ。ちなみにユウキくんは8位だったよ。」
「なるほどね。あと、僕の順位知ってたならなんで僕に順位を聞いたのかな?」
「ふふふ、世の中には知らない方がいいことがたくさんあるんだよ。」
「そのたくさんの中に今の僕の疑問は含まれてなさそうだけどね。」
「まあどう考えるかは人それぞれだよー。そういえば見た?先生のリアクション。私が急激に成績上がってたから、すごくビックリしてた。あれは傑作だわー。私だってやればできるんですぅー。」
「残念ながら見てないけど、たしかにあの先生の驚く顔は想像に容易いね。いや、なんか爽快。」
「ユウキくんも私と一緒に自慢しよ。急激に成績を伸ばした一人の女子生徒と、彼女に勉強を教えた男子生徒みたいな。感動的すぎて映画ができるよ。」
「いいね。長編ドキュメンタリーだね。傑作間違いなしだ。」
「全米を泣かせようね。…あ、ついた。」
「ほんとだ。じゃあ、またね。」
「…?!またね!!」
「ふふ、またね、だって。嬉しい。」
*レストランの雑談
「全部美味しそうじゃない?」
「わかる。全部美味しそう。」
「だよねー。でもその割にユウキくんはすぐ決めてたよね。」
「うん、どうせ全部美味しそうなら、きっと全部美味しいんだから今の気分で決めようと思って。」
「なるほど、それでアラビアータ気分だったと。」
「そういうこと。」
「なるほどね。だけど私のアーリオ・オーリオ・ペペロンチーノも負けてないよ。」
「なんの張り合いだよ。というか、まず君のじゃないでしょ。」
「細かいことは気にしたら負けなのだよ、わかるかい?」
「なるほどね。つまり、今から食べるのが楽しみってことだね。」
「間違いないね。」
*ショッピングセンターの雑談
「それにしてもホントに大きいね。なんでもある。」
「ほんとそれ。もう歩くだけで無限に新しい店があるね。」
「大丈夫?歩き疲れてない?どこかで休憩でもする?」
「私は大丈夫だよー。ユウキくんこそ、大丈夫?」
「うん、大丈夫。あー、でも、お手洗いによってもいい?」
「あー、うん。もちろん。」
「」
「」
「お待たせ。」
「あれ?なんか買ったの?」
「え?なんでそう思うの?」
「バックが心なしか膨らんでるように見えるからさー。」
「んー、気のせいだよ。」
「そっか。じゃあいこっか。」
*駅のホームの雑談
「ユウキはさ、好きな人とかいないの?恋人的な意味で。」
「いると思ったの?」
「人と関わらないようにするって言ったって、片想いとかはわんちゃんしたりするかなって。どうなの?」
「さあね、どうだろ。」
「どうだろうってなに。まあいいや。じゃあ、好きなタイプとかは?」
「好きなタイプ、か。想像したこともなかったな。難しい。ユヅは?」
「私はユウキみたいな人だよ。」
「はいはい。冗談でもそう言ってくれると嬉しいよ」
「…冗談じゃないのに」
「なんか言った?」
「ううん、なんでも。え、じゃあさ。ユウキから見て、私は可愛いと思う?」
「は?うーん、普通に可愛いと思うよ?」
「えへへ、ありがと。ちなみにね、私もユウキのこと、かっこいいと思うよ。お世辞じゃないからね。」
「…ありがと」
「あ、照れたね。ユウキでも照れることあるんだねー。」
「うるさいうるさい。というか、それは僕は君にある程度は好かれてるって…」
「あ、電車来たね。てか、ブレーキ音うるさ!なにも聞こえないわ。今なにか言った?」
「…いや、なにも。ほんとうるさいよね。まあ、ようやく電車きたし、乗るか。」
エピローグ
三月の風は仄かな涼しさを含んでいて、もう決して寒いとは言えない気温を馴染ませるように僕らの肌を撫でた。なんて感傷的なことを考えてたら膨れっ面な彼女から不満そうな声が漏れた。
「ちょっとー、聞いてる?」
「聞いてるよ。その二つの服のどっちが似合うか、でしょ。去年も言ったけど、僕にお洒落のセンスはコンマ1程も備わってないと思うから、主観で選ぶけど、後悔しないでね。」
「主観だからいいんじゃん。私はユウキが私に似合うと思ってくれた服を着たいのー。」
「ふーん、そういうものかね。じゃあ選ぶけど、右。」
「へぇー。ちなみになんで?」
「…右を試着してたときのユヅが可愛かったから。」
僕が顔を赤くしながらそういうと、ユヅはニヤニヤしながら、「ふーん、じゃあ右にしよー。」と左に持ってた服をもとの場所に戻した。そういえば、ユヅと東京のショッピングモールに来てからもう一年もたつのか。そう思うと感慨深いな、と思った。
「それにしても、ユウキと東京に遊びに来たあのときからもう一年もたつんだね。感慨深いわー。」
「…ユヅってテレパスでも使えるの?それ、僕が三秒前に頭のなかで回想したんだけど。ごちゃごちゃするから僕の回想直後に同じシーン回想しないでくれる?」
「知らんわ!でも、やっぱりユウキも思い出すよねー、あのときのこと。」
「うん。さすがにね。ちょうどほぼ一年前だったしね。あのときはなにしたっけ?」
僕は記憶をたどる。ユヅも同じようにあのときのことを思い出してるようだった。
「色々したよねー。手を繋いで二人で歩きながら買い物をして、最後にライトアップされたモールを背景にユウキが私に告白を」
「ほぼ捏造で記憶構成されてるじゃん。狼少年もビックリな嘘の量だったよ?」
あのときはまだびびりな僕は隠し事をしてたから、たぶん告白なんて絶対しなかったと思う。というか、一年後、まさか病が直った僕がユヅと付き合ってて、デートをしてるなんて想像もできなかった。
「じゃあ、真実にすればいいじゃん。」
ほんの少し恥ずかしそうにしながらユヅはそういった。つまり、やってほしいってことかな?自分の解釈があってるか著しく不安だが、あとで鈍感とユヅに怒られたくないので、というか正直僕がしたいので、僕は恐る恐るユヅの手を握る。ユヅは嬉しそうに顔を破顔させると、強く僕の手を握り返してきた。無事に上機嫌になったユヅは「そういえば」と切り出す。
「そういえば、ユウキって付き合う前より付き合う後のほうが、なにをするにも恥ずかしがるよね。前は『僕の羞恥心はぶっ壊れてます☆』って感じでめっちゃ私のこと可愛いとかなんとか言ってたくせに。」
「だってそれは」
理由を言いかけて、思ったより恥ずかしいと自覚したので急ブレーキをかける。
「え、なんでやめちゃうの?理由言おうよ。プリーズ」
当然それを許さないユヅは言ってと懇願する。僕は観念して理由を話す。
「だってそれは、最近可愛いってユヅに向かっていうと、そんな可愛い人が今は僕の彼女なんだなって思っちゃって嬉しくて、、、それになんていうか、今まで以上に、、あー、だめ、待ってごめん。こっちの理由は言えない。」
「…思ったより恥ずかしい理由だったからもうお腹いっぱい。しかも後半もそこまでいわれたら想像できちゃうから!やば、恥ずかしいやら嬉しいやらで爆発しそう。責任とって。」
「100%君のせいだからね?僕はブレーキかけたよ?」
「うーん、じゃあ私がしっかり責任をとってあげるよ。」
ユヅはさっと周りを見渡して人がいないことを確認すると、僕の頬に柔らかいものを押し付けた。
「ユヅ、顔赤いんじゃない?」
「ユウキこそ。」
僕たちはしばらく互いの顔を眺めてからぷっと吹き出した。気づいたら日は沈みかけてて、施設は暗闇から人を守るようにライトアップされた。そうして照らされた道を僕らは歩いた。
「ユヅ」
僕は僕の彼女の名前を呼ぶ。
「うん」
「好きだよ。」
「嬉しい。私も、大好きだよ。」
二人を包む三月の風が、心地よかった。