7怪
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫よ。加藤様が全部うまくやってくださるし、お給料が倍になるんだよ?
嫌なら抜けてもいいよ。でも、加藤様がなんて言うかな?」
「わ、わかったよ・・・・」
自分の命と天秤にかけるとこの計画から逃れるすべは下女にはなかった。
5人の下女が集まり、上等な箱に納められているお皿を1枚割り、そしてその場から逃げた。
彼女たちはわかっていない。これから自分たちがどうなるのか、そしてお菊に待ち受ける不幸な運命を・・
「お菊、あそこの座敷の掃除をお願いしてもいい?
大事な物が保管されてるらしいんだけど、私たちは違う仕事があるから。」
「そこの部屋ですね、わかりました。」
お菊は何の疑いも持つ事なく割れている皿のある部屋へと向かった。
お菊が部屋に入るとすぐに割れたお皿が目に入った。割れているお皿が政之進が家宝だと言っていたお皿である事がわかると、どうするべきかとお菊は迷った。
とにかく人を呼んでお皿が割れている事を知らせようとしたその時だった。
大きな悲鳴が聞こえ、お菊が振り返ると掃除してくるように言った下女と他に下女4人が並んでいた。
悲鳴を聞きつけて人が集まってきた。
その中に孕石家に仕える家臣の一人が「何事だ?」とすごい剣幕で走ってきた。
その家臣に向かって、掃除を頼んできた下女が
「お菊にこの部屋の掃除を頼んだんですけど、言い忘れた事があって伝えに来たらお菊があのお皿を割っていたんです。」
「えっ?ち、違います。
私が来た時にはもう割れていたんです。」
「どういうことだ?」
家臣が問いただすと下女の一人が
「私たち全員がお菊が割っているのを見ています。
お菊が嘘をついて言い逃れようとしてるんです。」
「そうよ」「そうよ」と周りの下女たちもはやし立て始めた。
家臣の男が「この者を縄で縛って牢屋にいれよ。」
駆けつけていた他の家臣たちがお菊を取り押さえた。
「お待ちください、本当に私じゃないんです。
政之進様に、政之進様とお話しさせてください。」
お菊が必死に言うと、下女の一人が
「政之進様のお気に入りだからって、今回の事はどうしようもないわよ。」
この話を聞いた家臣が
「そうか・・・お前がそうか。」
家臣はどこか悪意のある笑顔を浮かべて、
「残念ながら、政之進様はいまは城に行かれておられてご不在だ。
どちらにしても、これだけの目撃者がいて言い逃れしようなどと厚かましいにもほどがある。
牢屋に入れて縛っておけ。あと、急いで政之進様に家宝のお皿が割られたと伝えよ。」
強引にお菊は牢屋へと連れていかれた。
お菊はこの時、まだ理解していなかった。
政之進様と話せれば自分の潔白は認めてもらえると思っていた。
だが、そう簡単な話ではなかったのだ。
5人の下女が結託して皿を割った濡れ衣をお菊にかぶせてきた。さらに、この時に一番最初に対応した家臣が武士と下女の恋など言語道断といった考え方で、政之進が当主である事にも反対的な立場の者だったからだ。政之進の落ち度をついて当主の座から引き下ろす絶好の機会ととらえられていた。
家臣の思惑・下女の思惑、そして下女たちを唆した加藤の思惑などが複雑に絡み合い、事態を悪い方に悪い方に転がしていったのだ。