4怪
彦根城内の廊下を政之進が歩いていると、同じく井伊家家臣の加藤とばったり出会った。
政之進はこの人物があまり好きではなかった。昔ながらの考え方が強く、石高で人の価値を決めるような態度をとる。また配分されている領地が隣り合っているからか何かと孕石家をライバル視している。
こうやって出会うと何かしらの因縁をつけてきたり悪口を言ってきたりするので正直かかわりあいたくないと思っていた。
こちらには何も用がないので会釈だけして通り過ぎようとすると案の定、加藤が話しかけてきた。
「いや~政之進殿。
お聞きしましたよ、下女と仲睦ましくされておられるようですね~。
遊び相手にするにも下女は止めておかれたらいかがですかな~?」
「申し訳ありませんが、下女という名の知り合いがおりませんので何の事かわかりませんね。
くだらないウワサ話ばかり聞いてないで、ご領地の農民のお話でもお聞きになられたらどうですか?
今年は不作で年貢の徴収が厳しいそうですよ。」
「そんなもの農民の怠惰に過ぎません。
我々がやれと言えばやり、年貢を出せと言えば出せばよいのですよ~。
それが農民の仕事ですからね。」
「では、加藤殿のお仕事は何ですか?
ゴロゴロ寝転んで、ウワサ話を信じて人をおとしいれる事ですか?
もっとしっかりしないと鍬で首を落とされるかもしれませんよ。」
「ぐっ・・ぬぅ・・
我々武士は支配者です。汗水たらして頑張る必要などないのですよ。」
「人の上に立つものは広い視野を持ち、先導者でなければなりません。
後手に回ってると信頼を失い、失脚する事になります。
そもそも私を含めて武士は先祖が汗水たらして頑張ったから今があるのですよ。
そこにあぐらをかいて好き放題すれば敵が増えるだけですよ。」
政之進はいつも思っていた。人を馬鹿にするような発言をするくせに少し言い返されると何も言えなくなるほど教養もないのになぜわざわざケンカを売りに来るのだろうか?と。
いつも言い負かされるのだから、今も会釈を返して通り過ぎればよかったのだ。
『人の上に立つ者』にはそれなりの資質と教養が必要だ。
資質とは家柄や外見的な話ではなく、人を引き付ける魅力やこの人になら付いていきたい・言う事を聞いてもいいと思える人柄だったりを指すだろう。
私にそれがあるとは言えないし、周りを見渡してもそれを持っているといえる人物に未だあった事もない。理想論かもしれないが本当に人の上に立ちたいと思うなら、まずは声を聴き応える事が必要なのではないかと思う。
まさに加藤殿はそのどれも持っていないし、どれもしようとすらしていない。
彼の領地の農民が一揆を起こす可能性は高いが、自分の領地の人間も巻き込まないでもらいたいと思ってしまう私もまた『人の上に立つ者』には向かないのかもしれない。そう思いながら、何も言わない加藤殿をその場に残して廊下を進んだ。