2怪
『政之進様の話を聞いたか?』
『ずいぶんと下女と親しくされているそうだな。』
『まったく当主としての自覚をもって欲しいものだ。』
屋敷内ではそんな話も聞こえてくるほどに、孕石家当主の政之進と下女のお菊の仲睦ましい様子がうかがえた。
武家の当主と下女の恋など認められるような風潮はなかったために『政之進様は当主の器でない』という家臣もいた。
当然、政之進の行動を理解して支持する者もいたが少数だった。
そんな周囲の声も当たり前のごとく当事者二人に届いていた。
「あの、政之進様。
私と共にいる事で政之進様にご迷惑をおかけしているのではありませんか?」
お菊が問うと政之進は笑顔で
「言いたい者達に言わせておけばよい。
武士だからとか農民出身だからと言ったことは、生まれの問題だ。生まれてくる場所は誰にも選ぶ事はできないし、生まれでその人の魅力が決まるわけでもない。
いつか、武士が商人や農民を支配するような体制も終わるだろう。そうなった時に本当に才のある者が上に立つ時が来たとして、果たして今の武士のどれだけがすんなりと受け入れられるだろうか?
結局は力が強かったから、他の者達の上に立てているだけなのだ。中には人徳もあり才覚でのしあがった者もいただろうが、それも今は昔の話だ。
今の武士は先祖の偉業に甘えているだけなのではないかと思う。
私は私でお菊はお菊だ。
どう思われようと私はお菊と共にいたいと思うし、お菊が嫌でなければこれまで通りの状態で良いと思ってる。
それではダメか?」
「いえ、私はそのように言っていただけるのはありがたいのですが、家臣の方達からの評判もありますし。」
「狭いのだ、彼らの視野は。
皆と同じでいれば、安心できるかもしれない。
皆と同じでいれば孤独を感じずにいられるかもしれない。
でも、皆と同じでは誰かの大切な人にはなれないのではないかと思うのだ。誰かの特別になりたいのであれば、他の者より一歩も二歩も踏み出さねばならないと私は思っている。
だから・・・その・・・。まぁ、そういう事だ。」
政之進はその先を言う度胸がなかった。
伝えたい事は山ほどあっても伝えられない程に口下手だったからだ。お菊も顔を赤らめてはいたが、政之進の言葉の先を聞こうとはしなかった。
お互いに言いたい事と聞きたい事はきっと一緒なのにこの時の二人にはまだ一歩を踏み出す勇気が持てなかったのだった。