13怪
とある月の明るい夜。
家臣の一人が廊下を歩いていた。
屋敷の中庭にある井戸のそばを通りかかった時だった。
井戸の傍らに誰かが座っているのを目にした家臣の男が
「おい、そこで何を・・・・」
白い衣に濡れた長い髪をした女が
「一枚、に~まい、さんまい、よんまい、ご~まい、ろくまい、ななまい、はちまい、きゅうまい・・・・一枚足りない・・・」
そう言って家臣の方を振り向いた。数日前に打ち首となったはずのお菊の顔が見えて家臣の男は恐怖からその場から大きな声を上げて走り出して逃げて行った。
それから数日間、毎夜のように夜中一人で歩いている者の前にお菊の亡霊が現れるようになった。
捕まえようと意気込んでいた者もいたが上手く現れなかったり、追いかけて行って戻ってこなかったものも出始めた事から屋敷にいる者すべてにその恐怖が広がり出した。
誰が言い始めたかわからないが『濡れ衣で処刑されたお菊が孕石家を呪っている』という話も広がっている。そうした話におびえた家臣や下女たちが逃げ出したりもしていた。
-加藤家屋敷-
「殿、孕石家の者が話をさせてほしいと来ております、いかがしましょうか?」
加藤はまだお菊の亡霊騒ぎを聞いていなかったので、政之進に愛想をつかした者が鞍替えをしに来たのだと思い、ほくそ笑んで
「いいだろう、会いに行こう。」
そう言って意気揚々と面会の部屋へと入った。青白い顔をした男が三人座っている。緊張しているのかと加藤は思ったがそんな様子でもないように感じる。
「話とは何だ?」
加藤が話しかけると少し年長の男が
「実は孕石家が呪わております。先日、家宝のお皿を割ったとして処刑されたお菊という名の下女の亡霊が毎夜あらわれるようになり、どんどんと人が逃げて行っております。
近いうちに孕石家から人がいなくなるのではないかと危惧しております。」
「・・・な、何か呪われるような事でもあったのか?
お皿を割ったのがいけなかったのだろう?」
「いえ、お皿を割ったのが濡れ衣だったのではないかという話も出てきております。
実際に強硬的にお菊が皿を割ったことにしようとした家臣が数名ゆくえ知れずになっております。
お菊に呪われて死んだのではないかと言われております。
我々は直接関係していなかったのですがやはり怖くなり、他の家に仕官したいと思ったのですが土地勘のない場所に移る事も出来ず加藤様にお願いに参りました。」
「な・・・なるほどな。
おぬしらの言いたい事も理解した。しかし、政之進殿が何と言われるかな?」
「政之進様はお菊の亡霊が出始めた頃から少しおかしくなっておられます。
これも呪いではないかと・・・・・」
「そ、そうか・・・・・。
まあ、しばらくは我が屋敷でゆっくりと致せ。おぬしらも相当に疲れているようだからな。」
「ありがとうございます。」
三人が別室に案内されていくのを見ながら加藤は背筋に汗が流れているのを感じた。
お菊をおとしいれたのは紛れもない自分だ。呪われる可能性は誰よりも高い。
早く対処しなければと加藤は彦根城に向かって走り出した。