ジャレッドの言葉
「……そうか、アパートが燃えたのか」
「はい。なので、しばらく神殿の方で寝泊まりさせていただいても、構わないでしょうか?」
その後、セイディは一旦ヤーノルド神殿の方に戻ってきた。すっかりと日は暮れてしまい、星々が煌めく時間帯に移っている。自分の絶望的な状況とは裏腹に綺麗に輝く星たちにある意味の憎たらしさを覚えるものの、セイディはその感情を振り払い神官長の元にやってきていた。
「あぁ、それは別に構わない。なんだったら、客間も用意させるが……」
「いえ、仕事部屋のほうで構いません。新しい住居を探すまでの間ですので」
仕事部屋には一通りの物が揃っている。ソファーで眠っていても特に不便はないだろうし、なんだったら徹夜で仕事や勉強が出来るある意味快適な空間かもしれない。……ジャレッドがいなかったら、という大前提があるのだが。
「ちなみにだが、燃えた原因は分かっているのか?」
「はい。放火の可能性が高いということでして……」
「……それは」
神官長は頭を掻きながら微妙な表情を浮かべる。そんな神官長を見つめ、セイディは「しばらく、お世話になります」と言って頭を下げた。そうすれば、神官長は「いや、いつまでいてくれてもこちらは構わないのだが……」と言葉を返してくれる。言葉に詰まったのは、それをセイディが嫌がると分かっていたからだろう。その証拠に、苦笑を浮かべている。
「ジャレッドが、嫌なのだろう? まぁ、その気持ちは分かるがな」
「……申し訳ございません」
「いや、セイディ嬢に文句はない。文句があるのは、あの息子に対してだ」
そう言って、神官長は「はあ」とため息を零す。その表情は何処か疲れ切っているようにも見える。そんな神官長を心の奥底で労いながら、セイディは神官長の執務室を出て行った。とりあえず、仕事部屋に戻ろう。そう考えたのだ。
(っていうか、放火は重罪。……それに、どうしてあのアパートだったのかしら? 愉快犯の仕業……じゃなさそうだし)
脳内で必死にそんなことを考えていれば、思わず「はぁ」というため息が零れた。あの後、セイディは慌てて鎮火の作業の手伝いに入った。そのおかげか、それから十分後には無事炎は消えてくれた。……まぁ、もう住めるような状態ではなかったので、いろいろと諦めはついたのだが。正直、中途半端に残っていたら未練があったかもしれない。その点では、全焼だったことに感謝している。
「セイディ!」
セイディがそんなことを考えながら神殿の廊下を歩いていると、不意に後ろから声をかけられる。その声を聞いた時、セイディの心が嫌な気持ちに支配された。……何故、あの男がここにいるのだろうか。そりゃあ、ここがあの男の住居なので、いてもおかしくはない。が、何故この時間まで行動しているのだ。普段ならば、さっさと自室に引っ込んでいるのに。
「どうかなさいましたか、ジャレッド様?」
振り向きながらそういえば、セイディの背後には予想通りジャレッドがいた。ジャレッドは何処か勝ち誇ったような笑みを浮かべ、「お前、今日からここに住むんだってな」と言ってくる。……一体、何処でその情報を手に入れてきたのだろうか。一瞬そう思うが、彼に関してはそんなことを考えても無駄である。何処からともなく、情報を仕入れてくる。それが、ジャレッド・ヤーノルドという男だ。人間、諦めることも大切である。
「ここに住むということは、これから僕に従ってもらうからな。なんといっても、僕は次期神官長だ」
「……そういうことは、神官長の立場を受け継いでからおっしゃってください」
確かに、神官長にはその権限があるかもしれない。しかし、ジャレッドはまだ次期神官長である。生憎、そんな権限を彼は持ち合わせていない。冷たい目でそう言葉を返せば、ジャレッドは「……僕の言うことが、聞けないのか?」と問いかけてくる。なので、セイディは静かに頷いた。そもそも、彼の言うことを聞いてやる義理がない。神官長ならばまだしも、ジャレッドに従うつもりはない。
「ここに住まわせてもらいながら、僕に逆らうのだな……!」
そう言ってジャレッドはセイディのことを睨みつけてくる。が、何処か迫力がない。それはまるで、強者を前にして強がっている弱者のようで。そのため、セイディは冷たい視線を投げつけながら「住みたくて住んでいるわけでは、ないので」と言葉を返しておく。出来ることならば、ここは一番頼りたくない場所だったのだ。神官長に迷惑をかけるのは嫌だったし、何度も言っているがジャレッドに絡まれるのが嫌なのだ。
「本当に、可愛げのない女だな。……そんな状態だと、婚姻できないぞ?」
「生憎と言っていいのか、私には婚約者がおります。なので、その点はご心配なく」
「こ、婚約を破棄される可能性があるだろう……!」
大体、ジャレッドはセイディが婚約を解消されるのを望んでいるのだろう。そう思いながら、セイディは「そうなったとしても、ジャレッド様とは婚姻しませんよ」とだけ返しておく。何があっても、絶対に、ぜーったいにジャレッドだけはごめんだ。セイディは確かにそう思っている。
「お、お前は、何処までも僕のことをバカにする気だな……!」
そうやって、すぐに怒るところも好きじゃない。そんなことを考えながら、セイディがジャレッドを見つめていると、ジャレッドはセイディの方に近づいてくる。その後、手首をいきなり掴んできた。その手に驚けば、ジャレッドはセイディに顔を近づけてきて。
「……いずれは、あの騎士よりも僕の方が良いって言わせてやる!」
「……ジャレッド様が欲しいのは、私の力ですよね?」
「当り前だろう!」
やっぱり。心の中でそう零しながら、セイディはただ虚無な目でジャレッドのことを見つめていた。そうすれば、ジャレッドは「本当にかわいくない女だ」と言葉を漏らしていた。それには、セイディも同意した。セイディだって、自分が可愛げのないことくらいは理解しているのだ。
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