神殿案内
少しだけタイトルを変えてみました(o*。_。)oペコッ
それからしばらく、セイディはリオのことを連れて神殿内を歩き回った。もちろん、順序をしっかりと立てて案内はしている。しかし、神殿は入り組んだ造りのことが多く、結局同じ場所を通ってしまうことも多々あるのだ。セイディがそのことに対し苦笑を浮かべ謝罪をすれば、リオは「いえいえ」と言ってくれた。その笑みは、やはりとても美しかった。
「こちらが、一応絶景スポット……みたいな感じの場所、です」
神殿内を案内していた際に、通りかかったのでセイディはリオにとある場所を紹介した。ヤーノルド神殿が建つ土地は、少しだけ他の土地よりも小高くなっている。そのため、神殿の裏手ではヤーノルド伯爵領の自然を一望できるのだ。セイディは、この場所が密かに好きだった。
「……綺麗ね。セイディは、いつもここに来るの?」
「まぁ、思うことがあった時は、ですけれどね。普段は、そこまで」
様々なことを考えるとき、セイディはここに来ることが多かった。一応ここは神殿の内部なので、他の聖女たちもここでこの景色を眺めることがある。そのため、他の聖女の邪魔にならないようにとセイディは少しだけ遠慮していた。……そもそも、「最強の聖女」と呼ばれていたとしても、そこまで高飛車に振る舞うことは出来ない。
(高飛車に振る舞えば、レイラと一緒になるわ。……私は、今後も慎ましく質素に生きていくのよ)
生き別れた異母妹に思いを馳せながら、セイディはただまっすぐに景色を見つめた。その後、ちらりとリオの様子を窺えば、リオは何故か景色ではなくセイディの顔をじーっと見つめていた。その視線に気が付いた時、セイディの頬は赤くなってしまう。……あまり、男性にじろじろと見られることに、慣れていない。はっきりと言えば、セイディは恋愛面に関してはとても脆いのだ。
「セイディは、とても綺麗な顔をしているわよね」
そして、リオは何の前触れもなくそう告げてきた。だから、セイディは首を横にぶんぶんと振り「私なんて、全然……」ということしか出来ない。まだ子爵令嬢だった頃。周囲の男性はレイラのことばかりを褒め称えた。レイラはとても可愛らしく、男性ウケが良い容姿をしていたためだ。その分同性には毛嫌いされていたが、彼女は見た目麗しい男性さえ側にいればいいという考えを持っていた。……まぁ、今彼女がどういう風に暮らしているのかは知る由もないのだが。父と母と、慎ましく暮らしてくれていれば、いいのだが。
「私なんて、というのは止めた方が良いわよ。……謙遜の一つだったとしても、それが本当になっちゃうもの。言霊っていうものが、この世には存在するのよ」
「……そう、ですね」
リオの言葉に、セイディは静かに納得する。自分の境遇を悲観するような言葉を出すことは、元々好きではない。しかし、どうしても。容姿に関しては、自信が持てなかった。周囲の男性に、まともな人がほぼいなかったことが原因だろうか。
「ところで、セイディ。一つだけ訊きたいのだけれど、貴女は『王国最強の聖女』でしょう?」
「……そう、勝手に呼ばれていますね」
その呼び名は、決してセイディが自ら広めたものではない。いつの間にか、そう呼ばれていただけだ。そういう意味を込めてリオに言葉を返せば、リオは「聖女の力はね、遺伝しやすいのよ」と続けてくる。その言葉の先が分からないほど、セイディは鈍感ではなかった。きっとリオは、セイディの母について問いかけているのだろう。それも、義母ではなく実母のことを。
「でも、聞くところによると貴女ほど力の強い聖女は、この王国の歴史には載っていなかったわ。……聖女が生まれた際、そのことは必ず王家に報告しなくちゃいけない。……貴女のお母様は、一体どんなお方だったの?」
それは、言葉こそオブラートに包んでいるものの、セイディの実母の正体を疑っているのだろう。それは、セイディにも容易に想像が出来た。でも、答えることは出来ない。決して、答えないわけではない。――答えられないのだ。
「分かりま、せん」
セイディは、リオの問いかけに静かに首を横に振ってそう答えた。セイディには、実母の記憶が一切ない。それはまるで、「そこだけ記憶を切り取られたかのように」。いくらセイディの幼い頃に亡くなっているとはいえ、少しくらいは覚えているのが普通だろう。だが、セイディにはそれさえもない。実母の顔も、名前も、性格も。何も、思い出せないのだ。
「私の実家では、私の母……つまり、先妻のお話は禁句でした。なので、私には分かりません」
「……少しも?」
「はい。私の記憶の中に、実母はいないのです」
ただ静かに首を横に振りながらセイディはそう続ける。それを見て、リオは諦めてくれたのだろう。「……そう」と言葉を返してくれた。なんだか、空気が重苦しくなってしまったな。そんなセイディの考えと、リオの考えはどうやら一致していたらしい。リオは「じゃあ、次に行きましょうか」と言ってくれた。それは大方、セイディのことを気遣ってくれたのだろう。
「……貴女には、いろいろと複雑な事情があるのね」
「まぁ、そうだと思います」
「ごめんなさいね、深入りしてしまって」
リオはそう言って笑いかけてくる。そのため、セイディは「いえ、特に気にしてはいません」と言葉を返した。本当に、気にしていないのだ。それに、リオは自らの婚約者。ならば、深入りしてもおかしくはない。それに、それを咎めるほど、セイディの心は狭くない。
そんなことを考えながら、セイディはリオと共にゆっくりと歩を進めた。いつもと変わり映えのしない神殿。それでも、リオと歩くと少しだけ違う景色が見えるような気がしたのは、きっと気のせいではないだろう。
引き続きよろしくお願いいたします……!