新しい日常
「おはよう、セイディ」
「……おはようございます、リオさん」
リオがヤーノルド神殿にやってきた翌日。朝、神殿にやってきたセイディのことをリオは満面の笑みで出迎えた。本日のセイディは高い位置で濃い茶色の髪を高い位置で結っており、何処か大人っぽい容姿である。そんなセイディを見つめ、リオは「その髪型も、よく似合っているわね」と言ってくれた。
「リオさんは、客間に滞在されているのですよね?」
「まぁ、そうね。この神殿、結構居心地がいいもの」
そう言いながら、リオはセイディに笑いかけてくれる。そのため、セイディはホッと一息をついた。当初はリオとの関係に不安を感じていたが、一晩ゆっくりとしたこともあり結構考えがまとまってきた。リオとならば、確実にいい関係を築ける。そう、思えたのだ。
「セイディの今日の予定は?」
「いつも通りの仕事、ですけれど……」
「そう。神官長にね、セイディに神殿内を案内してもらえって言われたのよ。だから、出来れば貴女の時間を少し私にくれないかしら?」
戸惑うセイディを他所に、リオはそんなことを言ってくる。その言葉に少し驚くものの、神官長が許可を出しているのならば良いだろう。この神殿で一番偉いのは、権力を持っているのは神官長である。だからこそ、誰も神官長に逆らいはしない。
「神官長が、そうおっしゃっているのならば……」
「ありがとう」
セイディがそんな前向きな返事をすれば、リオは笑みを深めてお礼を言ってくれる。そのため、セイディは不思議な気持ちになっていた。お礼を言われるなど、普通のことのはずなのに。なのに、リオに言われると何処かむず痒い。そんな気持ちを誤魔化すかのように、セイディは「荷物、部屋に置いてくるので待っていてください」とだけ告げ、足早に仕事部屋に向かう。
「じゃあ、とりあえずここで待機しているわ」
「……分かりました。出来るだけ早く、戻ってきます」
背中にかけられたその言葉に、セイディは振り返りそんな言葉を残して仕事部屋に向かう。ヤーノルド神殿では、聖女一人一人にこじんまりとした仕事部屋が与えられている。ちなみに、この神殿の聖女のリーダーを務めているセイディは、最も広い部屋を貰っていた。そして、ヤーノルド神殿の聖女のリーダーの決め方は、単純明快。最も力の強い聖女が、リーダーを務めるのだ。
(リオさんとならば、いい関係を築けると思うけれど……)
それでも、微かな不安が脳裏をよぎるのは、婚約者とどう関わっていいか分からないからだろうか。そんなことを思いながら、セイディは自身の仕事部屋の扉を開ける。その後、持ってきた荷物をいつもの場所にしまい込み、部屋のカーテンを開ける。眩しい太陽の光を部屋に入れ、それに満足した後、セイディは早足でリオの元に戻ることにした。もちろん、部屋にカギをかけることは忘れない。
「リオさん。お待たせしました」
それからしばらく歩いて、リオの待つ場所に戻る。リオは壁にかけられている絵画を見つめているようであり、セイディが声をかければハッとしてセイディの方に視線を向けてくれた。
「早かったのね」
「えぇ、荷物を置くだけでしたから」
リオの言葉にそれだけを返し、「まずは、何処に行ってみますか?」とセイディは声をかける。ヤーノルド神殿はそこそこ広い。様々な設備も整っている。そのため、目的もなく案内をするのは効率的とは言えないのだ。
「そうねぇ……。とりあえず、適当にぐるっと一周してみようかしら。もちろん、効率的に」
「承知いたしました。では、生活で使いそうな場所から案内しますね。……大体の設備は、客間に揃っていますけれど」
「そう言えばそうよね。客間だけで完結出来ちゃうもの」
セイディの言葉に、リオはそんな言葉を返してくる。ヤーノルド神殿は、ここら辺で最も力を持つ神殿である。だからだろう、王国の重鎮たちがやってきたりすることもあるのだ。その重鎮たちに不便をさせないようにと、最近神殿の客間に一通りの設備を作っていた。
「じゃあ、行きましょうか」
「そうね」
リオにぎこちない笑みを向け、セイディはそう声をかける。そうすれば、リオはそれはそれは美しい笑みでセイディに返事をくれた。その笑みは、自分のようなぎこちない笑みではない。それにセイディは少しだけ微妙な気持ちになってしまう。自分は、上手く笑えていない。だから、その笑みがとても眩しく映ってしまう。
「……セイディ?」
「いえ、何でもありません」
声をかけられ、セイディは首を横に振りながら返答をした。そう、何もないのだ。たとえ、自らが上手く笑えていなくても関係ない。ただ、少し羨ましいだけなのだ。その美しい笑みが。その、眩しい笑みが。
(私は、上手く笑えている?)
やはり、心の中には棘のようなものが刺さっているのだろう。それを実感しながら、セイディは一旦深呼吸をする。……今になって、心の中に刺さった棘のようなものが疼く。それはいったい――どうして? いや、理由なんてずっと昔に分かっているのだ。自分の心の奥底の気持ちに、本当は気が付いているのだ。