再会
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『今日、セイディ嬢の婚約者になる騎士様が神殿にいらっしゃるからな』
それから数日後。セイディが神殿にやってくると、朝一番に神官長にそう告げられた。その所為だろうか、セイディは朝からそわそわとしてしまっていた。理由などない。そもそも、婚約ということ自体が初めてなのだ。緊張するなという方が、無理。騎士が来るのは午後一時くらいだと聞いているのに、落ち着けない。そんな自分に対して心の中で苦笑を浮かべながら、セイディは掃除を行いながら「ふぅ」と息を吐く。気が付けば、時計の針は十二時三十分を指している。あと、少し。
(やっぱり、どんなお方なのか気になっちゃうのよね……。良い関係を、築けたらいいのだけれど)
そう思いながら神殿内を掃除していれば、後ろから誰かに声を掛けられた気がした。そちらに視線を向ければ、そこでは良い笑みを浮かべたアリアがいる。
「セイディ、神官長が呼んでるよ」
振り向いたセイディに、アリアはそう声をかけてくるとセイディから箒を奪い取ってくる。これは、彼女なりの「代わるからいっておいで」ということだろう。それを察し、セイディは「……ありがとう」とだけ告げ神官長の執務室に向かう。きっと、婚約者となる人とは神官長の執務室で対面することになるだろう。そう思い歩いていれば、不意にジャレッドとすれ違う。彼はセイディを見て何処か不満そうな表情を浮かべていた。それを無視し、セイディは神官長の執務室をノックする。
「神官長、セイディです」
ゆっくりとそう声をかければ、部屋の中から「入ってこい」という神官長の声が聞こえてきた。そのため、恐る恐る扉を開く。すると、執務室の中にはいつも通りの神官長。そして――あの日、ヤーノルド神殿の前に立ち尽くしていた男性が、いた。
「……あの時、の」
かみしめるようにセイディがそう声をかければ、その男性は「この間会った子ね」と言ってにっこりと笑う。その騎士服はこの間と同じ。これが、王立騎士団の制服なのだろう。
「リオ様。セイディを、知っているのですか?」
神官長が騎士にそう声をかける。どうやら、この騎士の名前は「リオ」というらしい。そんなことを考えながら二人の会話を聞いていれば、リオは「この間、ばったりと会っただけですよ」と言いながら手をぶんぶんと横に振る。そう、セイディとリオはこの間偶然会っただけ。会話という会話もしていないし、名前も知らなかった。でも、脳裏には何故か焼き付いていた人。
「改めまして。私はリオ・オーディッツと言います。王立騎士団に所属している騎士です。ちなみに、本部の所属。これからよろしくね」
「あっ、セイディと、申します」
リオが自己紹介をしてくるので、セイディは慌ててぺこりと頭を下げてそう言う。家名は、名乗る必要がないと思った。そもそも、没落した貴族の家名など、名乗るだけ不名誉なのだ。そのため、没落貴族は家名を名乗らないことが多い。
「そう、セイディね。正直、どんな子と婚約することになるのか不安だったから、貴女で安心したわ」
「どういう意味、でしょうか?」
「いえ、大した意味はないわよ。ただ、貴女とならばいい関係を築けそうだっていう勘かしら」
そう言ってウインクを飛ばしてくるリオに、セイディは少し引いてしまう。リオの言葉遣いと仕草は、とても女性らしい。それは、女性であるセイディよりも、ずっと。女子力が、高そうだな。そんな感想を抱いていれば、リオは視線をセイディから神官長に移動させていた。
「神官長。私はちょっとセイディと二人きりでお話がしたいと思っています。……良いでしょうか?」
いきなり、二人で会話なんて絶対に間が持たない! そんなことを思ってしまうセイディを他所に、神官長は「どうぞ。ついでに、神殿内を案内させますので」と言って笑う。せめて、セイディ自身の意見を訊いて。そう思ってしまうが、決まってしまったものは仕方がない。諦めよう。人間、諦めも肝心だ。
「そうね、お願いできると幸いです。セイディ、私しばらくここに滞在するからいろいろと教えて頂戴」
「は、はぃ」
結構、ぐいぐいとくる人だな。セイディがそう思っていれば、リオは「じゃあ、行きましょうか」と言って執務室を出て行ってしまう。その上、かなりマイペースな人らしい。そう思いながら、セイディは神官長にぺこりと頭を下げてリオを追いかけていく。この場合、優先するべきは神官長ではなくリオだ。
(なんというか、そこまで悪い人ではないのだろうけれど……いろいろな意味で、やって行けるか不安ね……)
そう思ってしまったのは、当然のことだろう。セイディはそう思いながら、リオよりも少し後ろを歩く。リオの歩く速度がそこまで早くないのは、大方セイディを気遣ってくれているからだろう。それは、容易に想像が出来た。