けがをした騎士
セイディが勢いでリオに想いを告げてしまってから、数日が経った。
あれ以来、セイディは上手くリオとかかわることが出来ていない。自分が恋に踊らされるタイプだとは想像していなかったためなのか、自分の変化に自分自身ついていけていないのだ。
(……はぁ)
その日、セイディは私立の騎士団の寄宿舎の一室で、ぼんやりとしていた。
リオは朝から諸々仕事に追われており、ドタバタとしている。対するセイディは、することが何もなかった。
やることと言えば、時折騎士の人たちがセイディの様子を見に来てくれるので、会話をするくらいだろうか。あとは、騎士たちがけがをしたと聞けば治癒をする。それしか、することがない。
リオは外に出てもいいと言ってくれたが、生憎と言っていいのかそういう気分ではなかった。それに、外に出てしまえばジャレッドとまた鉢合わせてしまう可能性がある。セイディは彼を冷たくあしらうことにためらいはないが、鉢合わせないのが一番だと判断した。また面倒なことになって、リオに迷惑をかけるのは嫌だった。
そんなことを考えていると、不意に部屋の扉がノックされ、「セイディさん!」と声をかけられる。
そのため「はい」と返事をすれば、扉が勢いよく開き騎士の一人が顔を見せた。彼はセイディと同い年だと言い、そこそこ話す間柄となっている。そんな彼は額に流れる汗をぬぐいながら、「少し、いいですか?」と問いかけてきた。
「どうなさいましたか?」
ゆっくりとそう言葉を返せば、「ちょっと、けが人が出てしまいまして……」と焦ったような表情を浮かべる。
つまり、騎士はセイディに治癒してほしいと言っているのだ。それがわかり、セイディは「わかりました」と言って立ち上がり、騎士に続いて歩いていく。
「……本当に、すみません、セイディさんの手を煩わせてしまって……」
「いえ、それが私の仕事ですから」
実際、聖女の仕事のほとんどはけが人の治療である。そんな、謝られるようなことではない。そういう意味を込めてセイディが笑えば、彼は少しだけ頬を赤くしていた。が、すぐに首を横に振ると「こっちです」と言って寄宿舎にある医務室に入ってく。
医務室の中は、さすがはというべきか薬品のにおいがしていた。中には常駐の医師がおり、彼はセイディのことを見つめると「悪いですねぇ」と眉を下げていた。
「いえ、どうなさいましたか?」
小首をかしげながらそう問いかければ、医師は「……ちょっと、やけどを負ってしまいまして」と言いながら寝台に横たわる一人の騎士を見つめる。彼はどうやら右腕をやけどしているらしく、ひどい傷だった。
「……やけど、ですか」
「はい。彼は火災の現場に突入してしまって……。というのも、逃げ遅れた子供を助けようとしたんです」
「そうです、か」
火災には嫌な思い出がある。そう思いながらも、セイディはゆっくりと彼に近づき光の魔力を注いでいく。
やけどの傷はかなり深いらしく、なかなか治癒できない。けれど、根気強く光の魔力を注いでいけば騎士の顔が少しだけ楽になったような気がした。
「申し訳ございません、もう少し、かかりそうです」
「いえ、治療してくださるだけでもありがたいので」
セイディの言葉に、医師はそれだけを返し、ほかの騎士たちを追っ払う。彼らには彼らの仕事があるらしく、特に異を唱えることもなく皆去っていく。ただ、やけどをした騎士のことを心配そうに見つめるだけだ。
「……最近、多いのですよ」
騎士が全員立ち去った後。治癒を続けるセイディに対し、医師はふとそんな言葉を零した。
「多い、ですか?」
「はい、火災というか不審火と言いますか。幸いにも今のところ死者は出ていませんが、いつ死者が出るかと思うと気が気ではなくて……」
その言葉に、セイディは眉を下げる。セイディが住む場所を失ったのも、火災が原因だった。
「事件性もありまして、そのために王立の騎士団から助っ人を呼んだ形です。……早く犯人が捕まると、いいのですが」
医師はそこで会話を打ち切った。
それとほぼ同時に、セイディが治癒していた騎士のやけどがある程度治る。多少は傷跡が残ってしまうだろうが、ここら辺は時間が一番重要になるだろう。
「後は、お任せしてもよろしいでしょうか?」
騎士のやけどの跡を見つめ、セイディはそう問う。そうすれば、医師は「承知いたしました。ありがとうございました」と言って頭を下げてくる。だから、セイディは「いえ」と言って医務室を出て行った。
(……事件、か)
確かに、リオも事件があったということは言っていた。そのための助っ人として呼ばれたとも。
(何となく、嫌な予感がするけれど……気のせい、よね)
胸の中でざわめく嫌な予感は、何を示しているのか。
それがわからない中セイディが部屋に戻ろうと歩くと、前からリオが歩いてきた。彼は真剣な面持ちであり、セイディのことを見つけると「……ちょっと、いいかしら?」と声をかけてくる。
(……リオ、さん?)
その表情は、何処となくぎこちない。そんな彼に少しだけ疑問を抱くものの、断る意味もなかったので、セイディは「はい」と言ってリオの後に続いた。