ちょっとした里帰り、決まりました
「えぇっと、それは、どういうこと?」
その日、セイディはのんびりとお茶をしていた。お茶をするだけの日々など、つまらない。そう思う気持ちはあるものの、休憩は時々ほしくなるのだ。そのため、この日は自ら好んでお茶をしていた。まぁ、エミは婚活だと言って出て行ってしまったので、実質一人でつまらない時間を過ごしていたに近いのだが。
そんな時、不意にロジーナがセイディにとある提案をしてきたのだ。それは――リオとのお出掛けだった。
「いえ、リオ様がヤーノルド伯爵領に向かうそうですので、セイディ様も一緒にどうかと思いまして」
ロジーナは目を瞑りながら、そんな言葉をくれる。……ヤーノルド伯爵領。それは、セイディがついこの間まで従事していたヤーノルド神殿がある場所だ。……正直、あまり行きたくはない。いや、何が嫌かと言えば答えは一つしかない。ジャレッドに会うのが、嫌だった。ただ、それだけ。
「……あまり、行きたくありませんか?」
セイディの表情が曇ったのを見てか、ロジーナはそう問いかけてくる。……気を、遣わせてしまったらしい。それに気が付き、セイディは「いいえ、そういうわけじゃ、ないの」と言う。
(……リオさんとのお出掛けって言うのは、興味があるのだけれど)
それに、セイディだって婚約者とのお出掛けに興味がないわけではないのだ。だから、行きたい気持ちはある。ただ、本当に行き先がちょっと……と言うだけである。が、セイディの気持ちを優先してもらうわけにはいかない。そう思い、セイディは「リオさんさえ、良ければ」と言って苦笑を浮かべる。
「リオ様でしたら、許可を下さると思いますよ」
セイディの言葉に対し、ロジーナはそんな言葉をくれた。セイディはロジーナのことをそれとなく信頼している。むしろ、侍女たちの中で一番信頼していると言っても過言ではないのだ。まぁ、それは一番一緒にいる時間が長いというのも、関係しているのだろう。
「では、リオ様にお伝えしておきますね」
そう言って、ロジーナが頭を下げた時だった。不意に後ろから「その必要はないわよ」という声が聞こえてくる。それに驚きセイディがそちらに視線を向ければ、そこには騎士服に身を包んだリオがいた。彼は「話、聞こえちゃったのよ」と言ってほんの少し笑う。
「……けれど、セイディはいいの?」
が、すぐにリオは顔をしかめながらそう告げてくる。その「いいの?」に込められた意味を、セイディはよくわかった。多分、セイディがジャレッドに会いたくないとリオも理解してくれている。それが分かるからこそ、セイディは「構いません」と返事をした。
「……まぁ、これはちょっとした里帰りみたいなもの、ですから」
そう、ジャレッドに会うと決まったわけじゃない。ちょっと懐かしい場所に行って、懐かしい気持ちに浸るだけだ。そういう意味を込めてセイディがはにかめば、リオは「……だったら、良いのだけれど」と言う。その後、「明後日だけれど、大丈夫?」と続けて問いかけてきた。
「結構、急ですね」
「えぇ、ちょっとあっちで事件があったらしくてね。補強要因で呼ばれたの」
肩をすくめながらリオはそう言う。しかし、その言葉を聞いてセイディは思ってしまった。仕事なのに、自分がついて行ってもいいのだろうか、と。その考えは顔に出ていたらしく、リオは「構わないわよ」とセイディの心を読んだような言葉を告げてくる。
「それに、貴女聖女だもの。一緒に行っても誰も文句は言わないわ」
「……そういえば、私、聖女でしたね」
オーディッツ男爵家の屋敷に来てから、セイディは聖女の仕事に当たっていない。そのため、自分が聖女だったということを忘れてしまっていた。
決して、場を茶化すためにそう言った訳ではない。なのに、リオはクスっと声を上げて笑っていた。よくよく見れば、ロジーナも肩を震わせている。……全く、不本意である。
「笑わないでください」
少しムッとしたようにセイディがそう声をかければ、ロジーナは「も、申し訳、ございません……」と言うものの、その声は笑いからか震えている。ロジーナもセイディがこの程度で怒るような女性ではないと、分かっているのだ。だからこそ、こんな態度が取れる。
「……いや、セイディってそれを素でやっているの?」
「……悪いですか」
リオの問いかけに、セイディはさらにムッとしてしまった。それに気が付いたためか、リオは「ごめんなさいね」と謝罪をしてくる。けれど、その表情は相変わらず笑っている。……相当、ツボに入ったらしい。
「じゃあ、明後日の朝七時に屋敷を出るわよ」
「はい」
「私はちょっと仕事に出てくるから、ゆっくりとしていたらいいわよ」
それだけの言葉を残して、リオはさっさと場を立ち去っていく。その後ろ姿を見つめながら、セイディは内心で思う。
(……いや、私ってそんなに面白いかしら?)
と。自覚がないというのは、なんと幸せなことだろうか。セイディの心の中を覗ければ、誰もがそう思うだろう。まぁ、そんなことセイディには関係ないのだが。
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