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鬱陶しい人

「セイディ!」


 その声を背後から聞いた時、セイディの眉間には露骨にしわが寄った。この声の主を、セイディはよく知っている。この神殿で「唯一」と言ってもいいほど、好きになれない人。忘れたい人。


「どうかなさいましたか、ジャレッド様」


 その声に反応し、出来る限りの笑みを浮かべて振り返る。そうすると、そこには予想通りこの神殿の次期神官長であるジャレッド・ヤーノルドがいた。彼は相変わらず豪奢な衣装に身を包んでおり、態度は偉そうだ。……もう少し、節約して謙虚になればいいのに。そう思うが、その言葉を口に出したが最後鬱陶しいので言わない。それに、今は彼に関わるよりもこれからのことを考えたい。突然婚姻が決まったようなものなのだ。だから、お前に割く時間はない。それが、セイディの本音。


「セイディ、婚姻するというのは本当か?」


 ……どうして、お前がそれを知っている。そんな感情からピクリと動いたセイディの眉間に気が付くこともなく、ジャレッドは「婚姻なんて止めておけ」と続ける。その言葉を聞いて、セイディは心の中でため息をついた。つくことしか出来なかった。


「どうせろくな奴じゃないだろう。それに、お前が愛されるとは思えない。……ならば、このヤーノルド神殿に一生尽くした方が、有意義に決まっている」


 そんなことを言うジャレッドに、セイディは怒りを露わにしてしまいそうだった。確かに、セイディはこの神殿に一生を尽くしても構わないと思っていた。が、婚姻する相手を「ろくな奴じゃない」と決めつけるのは腹が立つし、「愛されると思えない」などと言われるのも、腹が立つ。それに、彼はセイディをこの神殿に縛り付けるためにセイディの婚姻を反対しているのだ。……さらに、腹が立つ。


「そもそも、没落貴族であるセイディが、そんな有能な男と婚姻できるわけがない」

「……すみません、急いでいるので」


 完全な嘘だった。別に急いでなどいないし、この後は婚姻相手について想いを馳せるくらいの予定しかない。今日の仕事は終わっているし、帰る時間はまだ少し先。だから、本当に急ぐ必要がない。でも、ジャレッドから一刻も早く逃れたい。その一心だった。


「あっ、おい!」

「私、この婚姻については了承の意を示しましたので、ジャレッド様が気にすることでは、ありません。私が幸せになろうと不幸になろうと、ジャレッド様には関係ないじゃないですか。……失礼いたします」


 彼は一応神官長の息子で、次期神官長だ。だからこそ、礼儀は一応わきまえておいた方が良い。常々思っていることを再認識しながら、セイディはぺこりと頭を下げてその場を早足で立ち去った。……諸々、彼には思うことがあるのだ。


 一時期、神殿内ではジャレッドとセイディの婚姻話が持ち上がった。セイディはジャレッドのことを好いていなかったが、神官長が決めたことならば……と従うつもりだった。しかし、それとほぼ同時期にセイディの実家であるオフラハティ子爵家が没落。そちらに気を取られているうちに、婚姻話はうやむやになってしまったのだ。


 だが、今ならばそれでよかったと本気で思っている。ジャレッドは浪費家であり、次期神官長という身分を使い威張り散らしているだけだ。そんな彼を夫にした場合、自分の苦労は計り知れなかっただろう。


(そもそも、彼は何を勘違いしているのか自分に好意があると思っていらっしゃるのよね……。私、ジャレッド様に好意を抱いたことなど一度もないのに)


 確かに、聖女たちの中にはジャレッドにすり寄っている者もいる。が、セイディはすり寄ったことなど一度もない。そもそも、疎んじて避けてきたくらいなのだ。そんな彼がセイディに執着する理由は一つ。……セイディの、強力な聖女の力目当てだ。


(勘違い男って、相手にするだけ面倒なのよね。……私が婚姻する相手は、せめてまともな感性を持っているお方が良いわ)


 そう思っても、大臣たちが婚姻相手を決めるため自分の意思など関係ないのだが。そう思いながら、セイディは露骨にため息をついた。その後、自らに与えられた休憩室に足を踏み入れ、ソファーに倒れ込むように寝転がる。……婚姻。自らには縁がないであろうと思っていた言葉に、戸惑う。


(けど、やっぱりどういうお方なのか気になっちゃうわよね……。騎士様の可能性が高いっていう情報しか、ないのだもの)


 そう考えていると、急激に眠気が襲ってくる。……少しだけならば、眠ってもいいだろう。それに、何かがあれば同僚が起こしに来てくれる。そう判断し、セイディは目を瞑った。……とにかく、まともな人と婚姻したい。それしか、考えられなかった。

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