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微妙な嫌がらせ

 あの日、セイディはマルレーネに負けないと誓った。そして、その誓いに反応するようにマルレーネは二日に一度もペースで、オーディッツ家の屋敷を訪れるようになっていた。


 マルレーネの行動は露骨なものだ。リオがいれば、リオに引っ付く。その後、隙を見てセイディを貶す。リオがいなければ、まっすぐにセイディの元にやってきて、嫌がらせをする。


 それだけを聞けば、セイディがどんなに酷い目に遭っているのかと思うだろう。しかし、セイディは特に酷い目になどあっていなくて。ただ、マルレーネの嫌がらせへの反応に困っていた。


「あ、貴女、相変わらず暗いお顔ね!」

「……私、元々こういう顔なので」


 その理由は単純。マルレーネの嫌がらせのレパートリーが大したものではないためだ。元々、マルレーネはリオに近づく女性を初対面で追い払うことしかしていなかったのだろう。こうやってライバルと実際に長く関わることがなかった。彼女は第一印象ではかなりきつく見えるものの、中身は何処となく臆病なのだ。それが分かるからこそ、セイディはマルレーネの嫌がらせになんと反応をすればいいかが、分からなかった。


(本当に、どう反応しよう)


 マルレーネが扇を取り出し、露骨にセイディを嘲笑するような表情を見せてくる。が、彼女の口から紡がれる悪口は、大したものではない。辛気臭い顔。服装が質素。貴族の令嬢として恥ずかしくないのか。大体言われた言葉は、こんな感じだろうか。


 辛気臭い顔と言われても、元からこういう顔なのでどうすることも出来ない。服装が質素だと言われても、これは主にエミやリオが選んでくれたものだと真実を告げれば、彼女は黙ってしまった。それに、貴族の令嬢として恥ずかしくないのかと言われても、セイディは没落貴族の娘である。現在は貴族の令嬢ではない。


「……あの」

「な、何よ!」


 もう、止めませんか?


 そう、セイディは言おうとした。だが、言えなかった。あまりにも、マルレーネが悔しそうに震えていたから。きっと、セイディがダメージを受けていないことが想像以上にショックなのだろう。


(そもそも、嫌がらせをするのならばもっと方法があるでしょう……)


 私物を盗難することは出来なくても、水をかけたり、露骨にぶつかって転ばせたり。そういうことならば、マルレーネにも出来るはずだ。少なくとも、セイディは異母妹にそういう嫌がらせを受けてきた。水をかけられたのは冬ならば地獄だったし、転ぶといろいろと面倒でもあった。


 そのため、そういう嫌がらせを覚悟していたのだが……どうにも、マルレーネには度胸がないらしい。大方、初対面の場で強く出ることで、相手を威圧していたのだろう。今ならば、それがよくわかる。


「……マルレーネ様」


 だから、セイディはマルレーネの目をまっすぐに見つめる。そうすれば、彼女はわなわなと唇を震わせていた。多分だが、セイディに情けをかけられたと思っているのだろう。


「私、これくらいの嫌がらせじゃ折れませんよ」


 目を瞑って、ため息をつきながらそう言う。異母妹や継母の壮絶な嫌がらせと、無関心だった実父。彼女たちに比べれば、マルレーネの嫌がらせなど足元にも及ばない。それに、セイディは異母妹や継母の嫌がらせでも心は折れなかった。そんなセイディが、この程度の嫌がらせで心が折れるわけがないのだ。


「だ、だけど……!」

「もう、止めましょう」


 しんと静まり返った場で、セイディの澄み切った声が、マルレーネに届く。その声を聞いたためか、マルレーネは「嫌よ! 嫌!」と叫ぶと、ドレスを翻しながら何処かに走り去ってしまった。きっと、逃げたのだろう。それを理解しながら、セイディは「……恋って、人を愚かにするのね」と零してしまった。


「はぁ」


 それから、ため息をつく。そうしていれば、ふとその場にハンカチが落ちているのが視界に入った。その金色のハンカチに刺繍されているのは、ペルル子爵家の家紋。……どうやら、マルレーネが落としていったらしい。


(今ならばまだ、すぐそこにいるかもしれないわ)


 もしも見つからなかったら、エミに手渡して届けてもらおう。そう判断し、セイディはマルレーネが立ち去った方向に足を向ける。


「マルレーネ様は……」


 オーディッツ家の庭を通り抜け、道に出る。すると、すぐにマルレーネの姿は見つけられた。だからこそ、セイディはマルレーネの方に駆け足で近づいていく。が。


(……誰?)


 マルレーネのすぐそばには、見知らぬ数人の青年がいた。彼らは何かをマルレーネに言っており、マルレーネは青年たちの顔を見ることなく俯いている。……何かが、あったのかもしれない。


 そう思いながらマルレーネたちのいる方向に近づけば、話し声がしっかりと聞こえてきた。


「おい! どうしてくれるんだよ!」

「し、知らない、わ……!」


 どうやら、マルレーネが青年たちに因縁か何かを付けられているらしい。それを理解したからこそ、セイディはハンカチをポケットにしまい――そのまま、マルレーネたちの方に歩を進めた。


『お人好し』


 リオのそんな声が脳内で反復したものの、それには気が付かないフリをした。

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